幼馴染(同い年)・新実優香2

 優香が拓哉に耳かきをしてから数日後。

 あれから優香は拓哉に会うと、今まで以上に上機嫌な姿を見せるようになった。それと対照的に、拓哉はこの数日間ある事に悩まされている。

 ――この前されなかった方の耳かきがしたい……!

 優香に耳かきをされ、その気持ち良さに寝てしまった。その事はまだいい。

 しかし寝てしまった事で反対側の耳かきはされずにその日は終わり、さらに優香からそっちの耳かきは自分がするまでは絶対にしないようにと釘を刺されていた。

「しかも俺が起きた時はアイツも膝枕したまんま寝てたし……」


 あの耳かきの後、目を覚ました彼は頭の下にある優香の太ももの柔らかい感触と匂いに、寝てしまう直前まで自身が彼女に耳かきされていたのを思い出して一人赤面していた。それから少しして、膝枕しているはずの優香の寝息が上から聞こえてくる事に気付いたのだ。

 ――なんでお前が寝てんだよ……涎まで垂らしてるし。

 どこか幸せそうな寝顔をしている優香に、拓哉は呆れながらも体を起こして彼女を起こす。

「おい、起きろ優香」

「ふぁ……?」

 起こされた優香は寝惚けながら拓哉の顔を見ていたが、しばらくするとハッとして涎を拭いた。

「お、起きたんだっ」

「起きたんだ、じゃねぇよ。その涎が俺に落ちてたらどうすんだ」

「あ、あはは……」

 彼女は苦笑いを返して誤魔化すと、一つ咳払いをしてから耳かきに使った道具の片付けをする。

「やー、まさか私まで寝ちゃうとは思わなかったよ」

 そう言って笑う優香は耳かきをする前の、普段と同じような雰囲気を纏っていた。

「なぁ。俺が寝たのって、優香に耳かきされてだよな?」

「当たり前じゃん。ふふんっ、それだけ私に耳かきされたのが気持ち良かったんでしょー♪」

 胸を張って得意気に言う彼女に、拓哉は言い返したい気持ちを堪えて優香に問いかける。

「耳かきしたのって片方だけか?」

 そう言いながら彼は耳かきした方の耳を指さす。

「うん、そうだよ。反対側もやろうかと思ったんだけど、動かして起こしちゃったら悪いかなって」

 彼女の気遣いに拓哉は内心驚く。

「……で、今から反対側するのか?」

「あー……私もしたいんだけど、そろそろ帰らなくちゃ」

 外はもう日がほとんど落ちて暗くなっている。

「え、いや、片方の耳しかやってないぞ!?」

「それはそうなんだけど……ごめんね? あ、それでなんだけど、その今日やらなかった方の耳かきは、私がまた今度するまでしないで欲しいなー……なんて」

「はぁ!?」

 最初は優香の方からしないかと言って始めた耳かき。それを彼が寝てしまった事とそれに対する彼女の気遣いがあったからとは言え、片方だけで今日は終わりと言うその言葉に、拓哉は驚愕するしかない。

 そんな彼に、優香は「じゃあまた今度ね!」と残して帰って行ってしまったのだった。


 そうして、あの日から拓哉は彼女が耳かきしに来るのを待っているのだが、優香は一向に耳かきをしに来る気配がない。

 ならば自分で耳かきをしようと、彼は何度か綿棒を手にする。しかし何故かその度に残念そうな表情の優香が脳裏に浮かび、結局耳かきが出来ずに諦めてしまうという状況が続いていた。

「……早くアイツ来ねぇかな」

 何気なく発した独り言。だがそれに拓哉自身が頭を抱えてしまう。

 ――いやいや何言ってんだ!? これじゃあ、俺がアイツに耳かきされるのを待ってるみたいじゃねぇか!?

 全くもってその通りなのだが。

「はぁ……勉強しよ……」




     ◇




 その翌日。

「やっほーっ♪」

 遂に――

「来た……」

「ん? どうしたの?」

「どうしたってお前なぁ……!」

 ようやく姿を見せた優香に、拓哉は待ちわびたと言わんばかりに立ち上がる。初めはキョトンとしていた優香だったが、彼の様子を見てすぐに何故そうなっているのか分かってニヤリと笑う。

「おやおや~? そんなに私に耳かきして欲しかったの~?」

「は、はぁ? んな訳ない、だろ……」

 拓哉は分かりやすく目を逸らす。その際、前回されなかった方の耳が優香の目に映る。

 ――こ、これって拓哉は私に耳かきして欲しいって事だよね!? しかもやってない方が綺麗になってないって事は、私のお願いを聞いて待っててくれたんだ……!

 彼女は嬉しさを表情に出さないように堪えた。

「へぇー。じゃあ今日は漫画読むだけにして帰ろっかなー」

 それどころか、逆に拓哉を煽ってみせる。

「なっ!?」

「……にひ、冗談だよ。すぐ準備するからね」

「くそっ……」

 調子を狂わされた拓哉は、顔を赤くして大人しくするしかなかった。


「それじゃ、膝枕にどうぞ?」

 前回と同じように綿棒と耳かき棒を用意して、優香は拓哉のベッドの上に正座する。その様子は二度目の膝枕とは思えないほど落ち着いて余裕すら感じさせた。

 そんな彼女に拓哉は一瞬戸惑うものの、咳払いをして優香の膝枕に寝っ転がろうとする。と、その直前になって彼女から「あ、ちょっと待って」と声が掛かった。

「今日はこの前やらなかった方をやるって言ったけど、先に前やった方も軽く綺麗にしてあげるね」

「お、おう……」

 拓哉は前回と同じ向きで彼女の膝に頭を乗せた。優香は彼の様子に笑みを浮かべて耳を覗き込んだ。

「んー……やっぱりこっちはそんなに汚れてないね」

「だったらそっちはしなくてもいいだろ……」

「でもこの先、ずっと片方ずつの耳かきってなんか気持ち悪くて嫌でしょ? だから一応ね」

 ――この先……ずっと……????

「はいじゃあ梵天行きまーす!」

 拓哉が優香の言葉を処理しきる前に、彼の耳に梵天が入れられる。


 こちょこちょこちょ。


「うわぁっ!?」

 それは明らかにくすぐるつもりの力加減だった。

「ぷくく……うわぁって……!」

 突然の刺激に声を上げた拓哉の反応が余程面白かったのか、声を殺して笑う優香。やられた方の拓哉はその事に抗議したかったのだが、主導権を彼女に握られている現状では大人しくしているしかなかった。

「いやぁ~、前に見れなかった反応が見れて私は嬉しいよ~♪」

「前もやるつもりだったのかよ……」

「ごめんごめん、次はちゃんとするから」

 そう言って優香は拓哉の頭を軽く撫でる。


 す、ふわふわ。ふわふわふわ。


 今度は優しく、くすぐったく感じないように梵天を動かしていく。

「どう? 気持ちいいでしょ?」

「ま、まぁな」

 彼女から梵天をされるのは二度目なのだが、前回寝ていた拓哉にとっては人からされるのは初めてだ。その梵天の気持ち良さに、彼は少し照れながらも同意するしかなかった。

「ホントは、ちゃんとこっちも耳かきしてあげたいんだけどこの前やってるし、やり過ぎは耳に良くないからね」


 さっ、さっ。ふわふわ、ふわ。


 一通り耳の穴を梵天で綺麗にして優香は中を覗き込む。

「……うん、こんなもんね」

「終わったか? じゃあ反対に――」

「あぁ待った待った。慌てないの」

 彼女はそう言って動こうとする拓哉の頭を抑える。

「まだ終わってないんだから、動かない」

「でも梵天とかいうのは終わったんだろ?」

 不思議そうにする彼の言葉に優香はニィっと口元を歪ませると、そのまま拓哉の耳に顔を近付けていく。

 そして――


 ふーっ。


「――っ!?」

 突然耳に息を吹きかけられた彼は、思わず身体がビクッと反応してしまった。

 だが一度だけでは終わらない。


 ふっ、ふっ、ふーっ。


 何度かしたところで優香は顔を離す。

「ん、OK! これでこっちは全部終わり!」

「いきなり何すんだよ……」

 そう問いかける拓哉だが、突如として優香がしてきた行為に対して彼はドキドキしていた。

「何って、耳に息をふーってして綺麗にしただけだよ?」

「やるならやるって言えよ……もし俺が頭起こしてたらどうする――」

「私が拓哉の耳にちゅーしてたかもね?」

 拓哉が言い切るよりも先に優香から放たれた言葉に、彼の頬は赤くなりさらに動揺を大きくさせる。

 ――ひゃあああっ! 耳にちゅーとか勢いでも何言ってんの私!?

 口走った彼女も内心では相当に動揺していたのだが。

「ん、んんっ! とにかくこっちは終わったんだから、反対向いて?」

 多少強引ではあったが、彼女は拓哉の向きを変えさせた。

「いや、お前! この向きは……っ!」

「ん~? 向きが何? あ、もしかしてやらしい事とか考えてる~?」

「かっ、考えてねぇし……」

 優香は完全にからかっているのだが、先程から動揺している拓哉は余裕がなくやられっぱなしだ。

「ホントかなぁ~? ま、いいけどね。それよりも今は耳かきの続きするよ?」

 そう言って彼女は綿棒を手に取る。

「まずは耳の穴の周りから……」


 すっ、すり、すり。


 優しく綿棒が触れた。

「ん……」

 待ちに待ったその心地良い感覚を拓哉は大人しく受け入れる。

「やっぱり、前にしなかったから外も結構汚れてるね」

「……誰のせいで」

「あはは、ごめんってば」

 彼の言葉に優香は苦笑いを返す。

「お詫びに、ちゃんと綺麗にしてあげるからね」


 すり、すり、すり。すっすっ。


「痒いとこあったらいつでも言ってね」

 優香がそう言うと、拓哉は遠慮がちに「じゃ、じゃあ……」と声をかける。

「その少し下が……」

「ここ?」

 言われた箇所を綿棒で擦ると、彼は気持ち良さそうな反応を見せた。

 ――拓哉の反応、ちょっと可愛い……♪

「も、もう大丈夫だから……!」

「そう? なら外側は――」

 穴の周りを綿棒で擦りながら、取り残した耳垢がないか確認していく。

「――うん、もう大丈夫だね。じゃあそろそろ、耳の中に綿棒入れるよ~?」

 彼女はそう言って耳の穴の入り口に綿棒を当てる。


 すり、すりすり。す、ずり。


 まだ入り口とは言え、耳垢を奥に落とさないように慎重に取っていく。

「にひっ、これは耳かきのし甲斐がありそう♪」

 嬉しそうに言う優香に拓哉は複雑な心境を抱いた。

 ――まぁ、優香が楽しいならいいけどよ……。


 すりすり……ずり、ずりずり。


 綿棒を一度耳から抜いてティッシュに耳垢を落とす。

「入り口だけでも結構取れるね」

 取った耳垢を落とし終えた優香は耳を覗き込む。

「まだまだ入り口の方に耳垢が残ってるから……」

 再び綿棒を拓哉の耳に当て、気を付けながら耳かきの手を動かす。


 ずり、ずり……さっ。すりすりずり。


 ――気持ちいいな……。

 耳垢を擦り取られる気持ち良さに、拓哉も思わず表情が緩くなっている。

「んー……入り口の辺りは大体取れた――っと、近くにちょっと大きいのあるから、それも一緒に取っちゃうね?」

 そう言って綿棒をわずかに奥へ進めていき、そのまま狙いの場所に当てた。

「痛かったら遠慮なく言っていいよ」


 ず、ずず……ずりり。


「んっ……」

 少し強めに引っ張られる感覚に拓哉の声が漏れた。優香もそれに反応して一旦手を止める。

「痛くない?」

「大丈夫」

「そう? じゃあ続けるからね」

 ゆっくりと彼女は綿棒を動かしていく。


 ずり……ず、ず、ずり。ずり。ず、すり。


 焦らずに綿棒を抜いて、彼の耳を覗き見る。

「……うん、大きいの取れたっ! 後で見せてあげるからね」

 優香は笑顔でそう口にした。

「いや、終わったらさっさと捨てろよ」

「えー? こんなに大きいの取れたの見たら嬉しくなると思うんだけどなぁ」

 取れた耳垢をティッシュへ捨てながら残念そうに言う彼女。それに対して拓哉は危うく同意しそうになった。

 ――ここでそれは分かるとか言ったら、絶対後で見せてくるに決まってる……。

「それより早くしてくれ」

 余計な事を言わないようにと、彼は続きを催促する。

「もう……じゃあ今度はもう少し奥に入れて――」


 すりずり……すっ、ず、ざっ。


「――こことか、気持ち良くない?」

「いい……」

 絶妙な力加減で綿棒が当たっているのがちょうど痒い場所であり、拓哉も素直に答えてしまった。

「じゃあもうちょっとこの辺をやって……」


 ずり、ずり、すりすり。さっ、さっ。


 的確に気持ちいい箇所を擦られる。が、唐突に彼の耳から綿棒が引き抜かれた。

「優香……?」

「あ、ごめん。ちょっと動かないで」

 不思議に思った拓哉だったが、彼女に言われた通りにする。

 それまで綿棒で取った耳垢を捨てた優香は、耳を覗きながらさっきの場所から少し隣に綿棒を当てた。

「ここにもしぶとそうなのがあるから、痛かったら言ってね」

 と、そのまま彼に声をかける。


 ず……ずりり、ずり。ずり。ずり……すり、ずっ。


 入り口の辺りほどではないが、強めに綿棒で擦られる。

「あとちょっとで……」


 ずり、すり……ずざざっ。


「よし、取れた。いやぁー、急にごめんね? 大きいの見えちゃったからさ」

 真剣な表情から一転、笑顔を浮かべる彼女。

「それは別にいいけど、そういうのは先に言えよ……」

「今度から気を付けるって! んんっ、残りはそんなに多くないからささっと取るね」


 すす、ずりすり、すり……さっ。さっ。


 一通りの場所を擦ってから、優香は綿棒を抜いて中を確認する。

「んー……――うん、いい感じかな! 痒いとことかもうない?」

「あぁ、それは大丈夫」

 拓哉の答えを聞いた優香は綿棒をティッシュの上に置くと、耳かきをする前に使った梵天付きの耳かき棒を手に取った。

「それじゃ、仕上げの梵天するね?」

「……さっきみたいなのは無しだからな」

「あはは、分かってるって」

 彼女は笑いながら梵天を入れる。


 すす、ふわふわふわ。


「ほら、くすぐったくないでしょ?」

 梵天をする手を動かしながらそう口にする優香。それでもまだ拓哉は警戒している様子だ。

「次また耳かきしてる最中に悪戯したら、それ以降はさせねぇからな」

「お、次も耳かきさせてくれるんだ?」

「始める前、優香が言ったんだろ。この先ずっと、って……」

 彼のこの言葉に、優香は嬉しそうな表情を見せた。


 ふわ、ふわふわ。すっ、さっ。


「にひひ、拓哉がそれを言ってくれるって事は、これからも耳かきしていいって事だよね?」

「うぐ……まぁ、気が向いたらな」

 ――ホント、拓哉は素直じゃないなぁ。まぁ私が言えた事じゃないけど……。

「じゃあこれからも私が耳かき出来るように、しっかり気持ち良くさせないとね」

 そう言いながら耳かき棒を数回指で弾く彼女。それからもう一度、拓哉の耳に梵天を入れる。


 ふわふわ、すっ。ふわふわふ。さっ、さっ。


 何度か耳かき棒を動かしてから再び耳から引き抜き、中を覗き込んで確認する。

「これぐらいでいいかな。はい、梵天はおしまい」

「終わったならもう起きても――」

「まだダーメ。最後にが残ってるでしょ?」

 起き上がろうとする彼を抑えるその光景はこの耳かきをする前、反対側の耳にしたのと同じであった。その事で拓哉はこれから何をされるのかを思い出す。

「……忘れてた」

「思い出してくれたところで……するよ?」

「よ、よし」

 何か覚悟を決めたような拓哉の表情に、優香は笑みを零すとゆっくりと彼の耳に唇を近付けた。


 ふー……。


「っ……!」

 優しく耳に息を吹きかけられた拓哉は、先程と同じように身体がびくりと反応してしまったが、今度は事前に言っていた事もあり僅かなものだった。

 ――んふふー、耳ふーに反応してる拓哉も可愛い♪


 ふー、ふー……ふーっ。


 そんな事を思いながら彼の耳に息を吹きかける優香。

 当のされている側である拓哉は目を瞑り、ゾクゾクとする感覚に耐えていた。

「はい、これで全部おーしまいっ!」

 ――やっと終わった……。

 彼が目を開けて横目で優香を見ると、彼女がニマニマとした表情をしていたのが見える。

「……なんだよ」

「ふふふ、べっつにー?」

 悪戯をした後のような顔で笑う優香。

「もう終わったんだろ」

 拓哉はそう言って起き上がった。

「えー、もうちょっと私の膝枕を堪能しないのー? なんなら、また寝てもいいんだよ?」

「寝てる間に何されるか分からんし遠慮するわ」

 実際に自分が寝ている間に優香が何かをするとは思っていない。だが彼女の膝枕で寝るのは恥ずかしいと思っている拓哉はそれを口実にした。

「ちょっと酷くない? 折角だから耳のマッサージもしてあげようと思ったのに」

 彼女の口から出た言葉に一瞬だけ拓哉は反応を見せる。

「ホントに終わりでいいのー?」

「ど、どうせ次も耳かきは優香がやるんだし、その時でいいだろ……」

 目を逸らしながら言う彼に、優香も「それもそっか」と口にして片付けを始めた。


「ま、拓哉が耳のマッサージされたいってのはよく分かったから、今度耳かきする時にやってあげるね」

「なっ!?」

 その言葉に驚いた拓哉が彼女に目を向けると、優香は先程と同じような顔で笑っていたのだった。

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