百合の相手が二次元だって良いじゃない!!

西順

第1話 そんなバカな事ってある?

 2020年の暑い暑い夏の日、僕、四條しじょう アキラは彼女にフラれた。


 彼女の名前は六平むさか 美比呂みひろ


 僕と美比呂は大学でも名の知れた彼氏彼女だった。


 僕は成績優秀スポーツ万能、父は社長で母は元モデルとあって、金もあれば顔も良い。


 対して美比呂もモデルをしている。今時珍しい黒髪長髪が美しく、スラリとした涼しげな印象の美人だ。美比呂とは母との付き合いで知り合った。


 僕たちは上手くやれていたと思う。それなのに夏休みのある日、デートの約束をして駅前で待ち合わせてみると、切り出されたのは「別れて欲しい」の一言だった。


「な? え? どういう事?」


 思いがけない一言に、思わず聞き返してしまった。


「好きな人ができたの」


 聞いた瞬間カッと全身の血液が沸騰するのを感じた。僕という恋人がいると言うのに、美比呂は他の男にうつつを抜かしていたと言うのだ。これが激昂せずにいられるだろうか?


 本当なら怒鳴り声を上げてその相手を問い質している所だが、ここは駅前である。理性が仕事をして、公衆の面前で女性に怒声を浴びせる醜態は免れた。


 僕は一度深呼吸をしてから誰何すいかする。


「で、相手は誰なんだ?」


 我ながらドスの効いた低い声だ。自分にこんなに低い声が出せる事に驚いた。が、美比呂はどこ吹く風で小さなショルダーバッグからスマホを取り出し画面を操作している。どうやら相手の男の写真を見せてくれるようだ。


 誰だろう? 知っている男だろうか? 美比呂が惚れる程なのだから、さぞや高スペックの男なのだろう。などと考えている内に、スマホの画面を俺に向けて見せる美比呂。


 画面に映っていたのは、アニメ画の可愛らしい美少女キャラだった。


 明るい茶髪をツインテールにした元気ハツラツな印象で、髪止めが桜とイチゴである。素人考えだが、どちらかに固めた方が良いんじゃなかろうか? あとなんか「私を見て!」アピールが強い。媚びているように見える。


 しかし美比呂ってこんなオタクな画を待ち受けにしてたのか。


「いや、違くって。これじゃなくて美比呂の好きになった相手の写真を見せてくれ」


 僕が問い返すと、美比呂は今まで僕が見た事がないデレデレの笑顔で答えた。


「だからこの子が私の愛しい桜野さくらの イチゴちゃんよ!」


 …………何を言ってるんだ美比呂は?


「え? は? 好きになったのってアニメのキャラクターなの?」


「アニメじゃないわ! ゲームよ!」


 どっちでもいいわ! 喉まで出かかったその言葉を僕は飲み込んだ。きっと美比呂は僕を試しているんだ。ゲームのキャラクター、しかも女の子を見せて僕がどんな反応をするのか、試しているんだろう? だから人前でスマホに頬擦りするのを止めてくれ。



 その後、美比呂は「もう話す事はないわ」とデートせずに帰って言ってしまった。


 しかしどうしたものか。彼女がゲームにハマってしまった。彼氏そっちのけでかなりのものだ。


 僕は帰りの電車の中で「桜野 イチゴ」と検索してみた。


 どうやら『アイドル伝説レジェンド』というスマホの音ゲーのキャラクターらしい。


 アイドル伝説はオタク界隈では有名なコンテンツらしく、だらだらとアイドル伝説に関しての情報は出てくるが、肝心の桜野イチゴの情報が出てこない。


 どうやらアイドル伝説にはアイドルが366人登場するようで、その中でも桜野イチゴはマイナーなキャラクターらしい。


 有名どころは声優がキャラクターの声を担当するようだが、桜野イチゴには担当声優が付いていないようだ。


 美比呂はこんなマイナーなキャラクターのどこが気に入ったのだろうか? 僕は家に着くまでにアイドル伝説をダウンロードしていた。


 さてどんなものなのか? と遊び始めて困惑してしまった。桜野イチゴが出てこないのだ。メインキャラ以外はガチャでキャラクターのカードを引き当てないと、そのキャラクターのストーリーを遊べない仕様になっているらしい。


 取り敢えず無料10連ガチャとやらをやってみた。桜野イチゴは直ぐに引き当てられた。と言うか10枚中5枚が桜野イチゴのカードだった。完全にクズカード扱いである。恐らくゲーマー的には「また桜野イチゴか」と捨てられる運命にあると推測出来た。


 さて、桜野イチゴのストーリーだが、いきなり両親が交通事故死する所から始まった。ヘヴィな導入である。


 桜野イチゴは長女で下に弟妹が10人いる。親、頑張り過ぎだろ。更に借金まであり、いつも借金取りに追われている。


 このままでは身体を売るか臓器を売るかという所でプレイヤー登場。ちなみにプレイヤーはマネージャーという立ち位置だ。


 人生を憂い橋の上で辞世の句ならぬ辞世の歌を歌っていた桜野イチゴに、歌の才能を感じ取ったプレイヤー。アイドルとしてデビューさせたい。と借金取りの親玉に直談判する。


「ならばまずは一ヶ月で100万円稼いでこい。でなければ弟妹たちを売り払う」


 借金のカタに弟妹を人質に取られる桜野イチゴ。弟妹を借金取りから取り戻す為、桜野イチゴとプレイヤーは、デパートの屋上やらスナックやパブをどさ回りして、100万円を稼いでいくのだ。


 …………昭和か!! 今、令和だぞ!? 良くこんなストーリーで会議通ったな? 366人もアイドルがいるからって、ちょっと色物混ぜ過ぎだろ!?


 って言うか美比呂はこのストーリーを読んで、桜野イチゴのどこに引かれたの?


『はい! イチゴ頑張ります!』


『マネージャー、今日も宜しくお願いします!』


『私は……は! イチゴは今日も元気花丸です!』


『ふふ。今日も歌が歌える。それだけでイチゴは幸せなんです』


『マネージャー、無理してません? ちゃんと休養を取らないと、身体が持ちませんよ?』


『イチゴ、いつか立派なアイドルになって、弟や妹たち、そしてマネージャーを幸せにしてみせます!』


『イチゴは、いえ、私はマネージャーの事……』


 イチゴ……健気だ。え、ヤバい。イチゴ、良いかも知れない。いや待て。俺が心動かされそうになってどうする。でもこんなイチゴを美比呂がマネージャーとなって育てているのか。


 できる女の美比呂に健気なイチゴ。二人は立ちはだかる困難を、手と手を取り合って乗り越えていく。そして育まれる愛情。そうしていつしか二人は……ヤバい。この二人、推せる!


 ダメだ! 想像すれば想像するほど、二人がお似合いのカップルになっていく。その間に入り込むなんて僕には出来ない。


 僕はいつの間にか美比呂に電話をかけていた。出てくれないかと思ったが、美比呂はあっさり出てくれた。


「美比呂、イチゴとの事、応援するよ」


「アキラ」


 なんだろう? いつもより美比呂の声が低く聴こえる。


「私のイチゴちゃんを呼び捨てにしないで!」


 凄い剣幕で怒鳴られ電話を切られてしまった。ああ、最後の最後で失敗したぁ!

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