第28話 ハーレム占い師の正体
引き返すため振り向くと、すぐそこに陶子の顔があった。
静かにするよう手振りで牽制され、手首をつかまれて元の部屋まで引っ張られる。
突き飛ばすように部屋に入れられた織田が振り向くと、陶子が退路をふさぐように、閉めた扉にもたれかかっていた。
「だめよ。先生の邪魔をしちゃ」
陶子の顔は険しく、口調も厳しい。
織田には理解できなかった。天野が加持と称してアシスタントの女性を抱いていることを知ってしまえば、陶子も自分と同じ反応を示すはずなのに。
「だって……おかしいじゃないですか! 夕貴さん、何されてるんですか! 魔をやっつけて町の人を守るって言ってたのに、あんな……」
興奮して、まくしたてる。
もう嫌だ。誰が何と言おうと、逃げ出してやる。愛美を連れて外へ出よう。そのためには、陶子を何とかしなくては。
「私、帰ります。そこをどいてください!」
理屈より雰囲気で押そうと、織田はあふれ出る涙を見せつけるように訴えた。
「天野先生のことについては、理由があるの」
「理由なんて、あるわけないでしょ! あんな、けがらわしいことを」
「それは誤解よ。先生は、さくらさんの理解の範疇を超えているの」
陶子が小さな声で話し始めた。
加持の効果を高めるために、天野は道教の房中術や、タントラ密教を組み合わせた術を使っている。
オルガズムに達した女性の分泌液は、多大な生命エネルギーを含む。高度な術者は、男根の先から愛液を吸引することができる。これにより、通常は閉ざされている神経回路を開き、絶大な力を発することが可能になるのだ。
「もちろん、無理やりなんてことは絶対にないの。先生のお手伝いを、自ら希望する女性だけ。今は、夕貴さんと亜矢さん」
「どうして二人も? 夕貴さんだけならともかく」
「道教では、可能な限り多くの女性を相手にするのがいいとされているの。それだけたくさんの力を得ることができるから」
真言立川流のような、セックスを交えた儀礼をともなう術があることは知っている。しかし、ほとんどは淫祀邪教として滅びたはずだ。
床に座り込んでいる愛美が、口を開けて呆然としている。
彼女も天野がやっていたことを今知ったのだから、無理もない。しかも、ここに留め置かれているということは、彼女も「お手伝い」要員候補なのだ。
「陶子さんは、平気なんですか」
織田は彼女に向かい合った。
夫を愛している彼女なら、複数の女性と交わる天野に嫌悪感を持つだろうし、自分もその対象にされたらという恐怖も感じるはずだ。
「普通の人には理解できないでしょうね。でも、先生は世の中を救う大願を持っている方だから。それに」
陶子が目を伏せた。
「先生の体に、正泰さんを降ろすことも可能だっていうし」
織田の中で何かが切れた。
「何言ってるんですか! 陶子さん、旦那さんを愛してるんでしょう? そんなの絶対だめです! 嘘に決まってます!!」
声を荒らげて、まくしたてる。
「あの人は、うまいこと言って女性に手を出すエロ坊主か、自分の作り上げた妄想の中で生きる中二病ですよ。騙されちゃだめです。今すぐここを出ていきましょう!」
それでも、陶子は硬い表情を崩さない。
味方を得ようと、織田はかがみこんで愛美の肩をゆすった。
「愛美さんも、ここにいたら夕貴さんと同じ目に遭うんだよ。早く逃げなきゃ! ほら、陶子さんに言ってあげて」
おずおずと愛美が立ち上がる。陶子は両手を広げて、扉を守ろうとした。
「だめよ、出ちゃ。早く真言を唱えて、加持のお手伝いをしないと」
「どうして! 明らかにおかしいのに、何で信じられるんですか!」
「さくらさんこそ、自分が知っている常識だけが正しいと、どうして傲慢にも主張できるの!」
陶子が叫ぶ。その剣幕に気おされて、織田は口をつぐんだ。
「天野先生は、最後の希望なの。私は、もう一度正泰さんに会いたい。外側は変わっていてもいい。どんな手を使ってでも、会いたいの。邪魔しないで」
ネコを噛む窮鼠の目だった。
織田は説得を諦め、敵意のないことがわかるよう、両手を肩の高さにあげて降参のポーズをした。
「わかりました。あの人たちのすることに異議は唱えないし、陶子さんに何も言いません。だから、私と愛美さんを帰らせてください」
ゆっくりと近づき、右手を扉へ伸ばそうとする。陶子の手がすばやく動き、それを払いのけた。
「だめ」
負けじと、織田は全身で扉へ向かい、取っ手に手をかけた。陶子が肩で押し出し、邪魔をしてくる。
「さっき先生も、不信は力を弱めるっておっしゃってたでしょう。さくらさんのせいで、加持の効き目が下がってしまう。この上、帰られてしまったら」
「愛美さん、助けて!」
織田は振り向いて、愛美に加勢を求めた。
が、彼女は二人を見比べておろおろとするだけだ。天野が戻ってこないうちに、脱出しなければ。
もう時間がない。なんとしても強行突破してやる。
織田は両手で陶子の腕をつかみ、扉から引き離そうとした。
もみ合った末、なんとか背中側に扉が来る位置を確保した。あとは、数秒でいいから彼女を引き離せばいい。織田は陶子を突き飛ばそうと、体重を前にかけた。
とたんに、足をはらわれた。両手は空振りし、そのまま前のめりに床へと投げ出される。とっさに体を丸めたが、床に打ち付けられた衝撃で頭が跳ね上がった。
ごん。
鈍い音がして、後頭部が割れたような痛みが走る。
目から火花が出る、というのは比喩ではないのだな、と思い知ったところで、織田の記憶は途切れた。
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