編集プロダクション・ファルスの事件記事~ハーレム占い師のインチキを暴け!~
芦原瑞祥
序幕
第1話 隠されたSOS
始まりは、蒸し暑い七月下旬の金曜日の夕方、隣町で神主をしている坂口
「龍平兄さん! 仕事中にすみませんけど」
会社の玄関から司の切羽詰まった声がするので、織田
「社長は徹夜で疲れたって、会議室で寝てるけど……て、すごい汗じゃん!」
織田が声をかけると「自転車猛ダッシュで来たんだよ。今から行くって言っといたのに」と司が、汗を拭きながら途方に暮れた表情をする。
「その件なら、小生が代わりに聞くよう言いつかっています。あ、織田さんも一緒にいいですか」
後ろから編集の津島敦が顔を出し、司に中へ入るよう促す。
津島は、社長の大学時代からの親友であり経営上の片腕だ。有能な人なのは間違いないが、話し言葉の一人称が「小生」だったり、七月の暑さにも負けず肩まである長髪をおろしていたりと、少々変わり者だ。そんな彼をみんなは親しみを込めて「小生さん」と呼んでいる。
司には社長席に座ってもらい、津島と織田は自分のコロつき椅子を引っ張ってきて向かいに腰掛けた。
「小生さん、織田さん、ありがとうございます。……この手紙を見ていただきたいのですけど」
ハンカチで額の汗をぬぐっていた司が、デイパックから白い長三封筒を取り出す。
「これは、うちの神社の
司が表情を険しくして、封筒から出した便せんの折り目をのばす。
「愛美さんは、先週の日曜日にどこかへ出かけたきり、帰ってきていません。その夜、『事情があって帰らないけど、心配しないでほしい』という電話はありましたが、以降の音沙汰はなしです。携帯も電源が切ってあるし、会社も『食中毒にかかったのでしばらく休みます』という電話のあと、欠勤しています。真面目な子だったので、事件に巻き込まれたのかと心配した母親が、警察に相談したり、友人に行方を尋ねたりしていましたが、まったく所在はわからなかった」
司が便せんを二人に向けて置く。
「そこへ、この手紙が来たんです」
白い縦罫のみの事務用で、封筒と同じく、二十代の女性の手紙にしてはそっけない。織田は首をのばして便せんを覗き込んだ。丸くかわいらしい字は、筆圧が高いのか、ところどころインクがにじんでいた。
お母さんへ
たった数日会わなくても寂しいです
すっかり心配をかけてごめんなさい
けれども、あたしは元気なので大丈夫
天国のウッシー、もうすぐ命日ですね
ジャージー牛乳を供えてあげてください
念入りに供養するため神社の司お兄ちゃ
んに、よろしく頼んでください。
あたしも供養をします。こっちはホ
ントに無事だから気に病まないで
二十五にもなって心配かけてごめんね
いつも、お母さんには感謝しています
留守はもう少し続きますが、お元気で
愛美
わかったようなわからないような、変な文章だ。「心配をかけた謝罪」「死んだペットの供養のお願い」「まだ帰れない」大まかにはこれらが盛り込まれているが、どうも文のつながりが悪く、ちぐはぐな印象を受ける。
「ウッシーっていうのは彼女の愛猫なんですけど、死んだのはつい最近で、まだ命日じゃないんです。それに、こんなときにわざわざ供養を頼むなんて、変でしょう? 何か秘密のメッセージが隠されていると思うんです。名指しで僕のことが書かれているから、お母さんが相談に来られたんですけど、どういう意味かわからなくて。……いかがですか」
織田が考え込んでいると、隣の津島が「ああ」とつぶやいた。もうわかったのかと、再度手紙を俯瞰してみる。素人が考えることなのだから、単純なはずだ。
「あ!」
そのわかりやすすぎるメッセージに、織田は拍子抜けした。
「折り句ですね」
津島がうなずく。一人取り残された司が、説明を求めるように津島と織田の顔をかわるがわる覗き込む。津島が、手紙を司の方に向けて言った。
「小学生の教科書にも出てくる、初歩的な言葉遊びですよ。司さん、気が動転していたんですね。……手紙の頭文字を、横に読んでごらんなさい。漢字はひらがなに直してくださいよ」
司が声に出して読む。
「た・す・け・て・じ・ね・ん・あ・ん・に・い・る」
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