後編 朝 (最終回)

 ルナは手伝いを申し出たノクスとともに、朝の薬草採集に出掛けた。もう、どくだみの花は終わり、岩場の前にはヤマゴボウが入道雲のようにもくもくと大きく育っていた。

「もうじきヤマゴボウにも、葡萄のような房をした実がなる。最初は葉と同じような緑色で、熟すと黒くなる。実を繋ぐ茎は真っ赤に染まって、実も一粒一粒、熟す速度が違うから、成熟の色の変化がまるで虹色に見えるのだよ。とても綺麗で私は好きだが、毒があるから採ってはいけないよ」

 ノクスは自分の顔の倍の大きさはある大きな葉を見ながら頷いた。

 二人は小屋の周りを歩きながら薬草採集を続けた。

 澄んだ朝日は樹木の末端の細い枝にまで、色付けをするように光を注いでいる。夏の深い葉の色は宝石のように艶やかだった。足元の枝葉が乾いた音を立てた。

 二人は老婆が天の道へ導かれていったあの木まで来ると、膝を折って、小さな墓石に祈りを捧げた。昨夜もレムが来たようで、新しい花が供えられていた。

「ノクス、最近、体の具合はどうだ? 悪くなったりはしないか?」

「うん、最近は調子がいいよ」

「クランテと魔脈を繋いだからか?」

 ノクスは困ったように笑いながら頷いた。

「多分ね」

 ルナも機嫌よく笑った。

「明日はエクラが町へ帰る日だから大変だぞ。ノクスにも色々手伝ってもらうから、よろしく頼むよ」

「うん」

「嬉しいよ。お前たち二人がここまで立派に育ってくれて」

「ルナが育ててくれたんだろ?」

「お前たちの頑張る姿を毎日見守ってこられたことは、私にとって光栄なことだった。本当に立派になってくれた」

「まだ当分、世話になる予定だけどね」

 ルナは笑った。

「そうだな。ここを巣立つまで、ノクスもエクラもどんな経験をするんだろうな。私は楽しみだよ」

 ノクスは何も言わず、ルナの隣で微笑んだ。

 小屋の脇まで戻って来ると、居間の出窓からエクラが身を乗り出して、二人に大きく手を振った。

「ルナ! ノクス! お帰りなさーい! もう朝ごはんできたよー!」

 ルナも手を振り返した。

「エクラ、ありがとう。すぐ行くよ」

 二人が小屋に入る前に、エクラの方が小屋から飛び出し、二人を出迎えた。

「二人とも、お帰り!」

 エクラは二人の篭を覗き込み、わぁ、と声を上げた。

「たくさん集めたのね。製薬の準備もできるだけしておいたよ」

「エクラ、ありがとう。助かるよ」

 エクラはルナとノクスの肩をぽんぽんと叩いた。

「その代わり、明日はよろしく頼むわよ。久し振りに町に帰るんだから! ミーリーちゃんに会うのも、グレイビ先生に会うのも楽しみ!」

「髪も切ってもらうのか?」

「うん! そういう約束だもん」

「綺麗にしてもらっておいで」

「はーい!」

 エクラはノクスにも言った。

「小屋のことは任せたわよ、ノクス。――これも、練習だもんね」

 ノクスもその言葉の意味を汲んで頷いた。

「頑張るよ」

 二人の弟子もそれぞれの歩調を確かめながら、お互い支え合って、修行の日々を送っていた。

「さぁ、朝食にしようか。中に入ろう」

 ルナが言うと、エクラは「はぁい!」と元気に返事をした。

 三人の一日が、今日も始まった。

 ルナは後ろを振り向き、朝日に染まった森を見つめた。


(終)

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