3 影との再会
部屋の隅の影は、みるみるローブを被った人間の姿になり、ローブの下から目を光らせた。ヴァジエーニ王は息を切らしながら言葉を紡いだ。
「私は思い上がっていたんだよ。みなが優しく接してくれるので、すっかり満たされてしまって……。本当は、体の痛みや死別の寂しさ、漠然とした不安――そういったものが私の胸の中にもあったのに、蓋をして、向き合わないままにしていたら、あのような影ができてしまった。あれは私の、言わば分身だ。私が授けた護身の呪いの気配を辿って、一番毒の弱かった君を狙ったんだ。あんまり強い毒を持った人を狙うと、自分自身が危うくなるからね」
ヴァジエーニ王はセレティ妃の手を借りて体を起こした。背中にクッションを置き、体を預ける。
「あの子は――あの影は、何度呼んでも私のところへ帰ってきてはくれなかった。あろうことかルナを死なせて私の目前に曝し、私が傷付くところを見たかったなんて……。本当にルナには申し訳ないことをした」
ルナは王と王妃を守るように、二人の前に立った。
窓明かりの届かない部屋の片隅で、黒いローブを纏った人型の『影』は、懐かしいものでも見るように口角を上げた。あの影は間違いなく、森でルナを襲い、木に括り付けた張本人だ。あのときと同じように、体の中の毒が沸き立った。ルナが対峙したのはただの影ではない。ヴァジエーニ王の影だったのだ。並々ならぬ強大な力、どこか聞き馴染みのある声。全てヴァジエーニ王に繋がっていたのだ。
ルナは影の方へ進み出た。部屋の隅に立ち尽くしたままの影は、ルナの動きをじっと目で追っていた。
『ルナ、来てくれたんだね。僕のことを覚えているかい?』
影の口元が淀みなく動いた。
「ああ、覚えているよ。お前を忘れたことはなかった」
『覚えていてくれたんだね。とても嬉しいよ。でも僕は、君のことを諦めたわけじゃない』
影の男はあのときと同じように、背後から細い蔦を五、六本伸ばした。本格的にルナを縛り上げる前の、ほんの戯れに過ぎない。武器や防具を持たないルナは、やはり蔦に巻かれて身動きが取れなくなった。
『今度は失敗しないからね。確実に首を狙う』
「もう、よしなさい」
寝台からヴァジエーニ王が霞んだ声を出した。
「その子を殺しても、何にもならない。私のところへ、戻っておいで」
影はローブの下の目をきつく光らせてヴァジエーニ王を睨んだ。
『僕は君の言うことなんか聞かないよ』
影はルナの体に巻いた蔦を操り、ルナを部屋の隅の暗がりまで引き摺った。ルナは息遣いを感じるほど近い距離で影と顔を合わせた。ヴァジエーニ王の分身と言う割に、ローブの下の頬は少年のように瑞々しかった。最初に襲われたときとは違い、彼は時間を掛けてゆっくりと蔦を巻いていった。
「お前――」
体がきつく締められていくのを感じながら、ルナは目の前の影に囁いた。
「そんなに孤独を感じていたのなら、どうして私の小屋まで来なかった?」
ルナはヴァジエーニ王やセレティ妃には決して聞こえないよう、微かな声で影に訊ねた。
「私の小屋まで来てくれたら、話を聞いたり一緒に寂しさを分かち合うことだってできたのに」
影はそっと笑って、やはりルナだけに届く小声で返事をした。
『確かに、ルナならそうしてくれたんだろうね。そうしてもらえたら、僕も少しは安心したのかもしれない。でもね、やっぱり駄目なんだよ。だってルナは、僕のそばに、ずっといてくれるわけではないだろう?』
彼の若い瞳の輝きを見ると、ルナは一度冷めた目頭が、また熱くなるのを感じた。
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