第54話 精霊騎士の、初めての浴衣。

 夏のある日。

 俺と幼女魔王さまとミスティは、夜のお祭り=縁日にいく約束をしていた。


 待ち合わせの時間は夕方だったんだけど、この日は約束の時間のかなり前に、幼女魔王さまとミスティが俺の部屋へとやってきた。

 そしてその服装は、いつもと大きく違っていたのだった。


「どうじゃ、似合うかの?」

「ハルト様、よろしければ感想をいただけると、嬉しいです」


 そう言うと、二人はその衣装を俺に見せつけるように、可愛くポーズをとったり、くるっと回ったりしてみせる。

 幼女魔王さまのは、薄ピンクの生地に、赤い大輪の花が咲き誇り。

 ミスティのは、水色の生地に赤い金魚が涼しそうに泳いでいた。


 似合うか似合わないかと問われれば、もちろん、

「2人ともすごく似合ってるよ。すごく新鮮だし、あと生地が薄くて見るからに涼しそうだ」


「であるか」

「えへへ、ありがとうございます」

 俺の素直なほめ言葉に、2人も素直に喜んでくれる。


「たしかこれって、【南部魔国】の、今はすたれた古い民族衣装なんだよな?」


 ボタンなどの留め具を使わずに、腰のおびだけで締めて形をキープする独特の形状と様式をした民族衣装だ。

 かなり昔、警備で行った帝都文化振興センターの展示で、ちらっと見たことがあった。


 ええっと、なんて名前だったかな?

「や……よ……ゆ……、ユーカリ?」


「惜しいのぅ。これは『浴衣ゆかた』と言うのじゃよ」

「そうそう、それだ!」


「でもすたれたというのは、少々いただけませんね。こういうお祭りのときなんかは、今でも着るんですよ?」

「え、そうなのか?」


「もちろん平素は着んがの。じゃが夏のお祭りでは、浴衣ゆかたがむしろ正装になるのじゃよ」

「そうだったのか……他国のこととはいえ、文化振興センターに書いてあることって、意外といい加減なんだな……あれは子供も校外学習で見学にくるってのに」


 帝都に帰る機会があれば、その旨、指摘してあげよう。

 ――機会があれば、だけど。


 なんと言うかまぁ、そのね?

 帝国の英雄で支持者も少なくなかった【勇者】を討伐しちゃったから、その帝国に帰れるかは、正直かなり微妙なとこなんだよな……へたすると暗殺されかねないし。


 そういうわけで、最近は帝国への帰還をあきらめて、【南部魔国】への定住を考えている俺だった。

 幼女魔王さまの命を救った恩人として、国民からの好感度はかなり高いみたいだし。


 それに新【勇者】ミスティ率いる【勇者パーティ】のメンバーとして厚遇してくれるって、幼女魔王さまも言ってくれてるしな。


 とまぁ。

 ままならない人生について少し考えしまっていると、


「ハルト様の浴衣ゆかたも用意してありますので、よかったら着てみますか?」

 ミスティが浴衣ゆかたをもう一着、取り出して見せてくれた。


 幼女魔王さまとミスティが着ているのと比べて、とても落ち着いた色合いだ。

 おそらく男物の浴衣ゆかたなんだろう。


「本当か! ぜひ着てみたい」

 もちろん俺は即答した。


 だって、他国の古い民族衣装を着る機会なんて、下手したら一生ないもんな。

 これはテンションも上がらざるをえないってなもんだ。


 そういうわけで。

 ミスティと幼女魔王さまに手取り足取り教えてもらいながら、初めての「浴衣ゆかた」を着せてもらった俺は、姿見でいつもと違う自分を、何度も何度も確認していた。


「ほぅほぅ、ほほぅ。なぁなぁ、自分で言うのもなんだけど、けっこう似合ってるんじゃないか?」


「はい、よく似合ってますよ、ハルト様」

「ハルトは【南部魔国】に多い黒髪じゃからの。まったく違和感なしなのじゃ」


 さらに、一緒に用意されていた浴衣用の「下駄げた」という履き物をはき、背中側の帯に団扇うちわを差し、手には巾着きんちゃくを持つ。


「小物までガッツリそろえてもらって、テンションがもりもり上がってきたぞ……!」

 俺は2人の好意に対して最大限の感謝をすると、意気揚々と縁日に出陣したのだった――!

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