第50話 精霊は友達こわくない

 『オレ』は無言で【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】を振り下ろした――幼女魔王さまのほんのわずか、0,1ミリ手前に。


 そんな危機的状況だというのに、幼女魔王さまはにっこり笑っていた。

 まるで『オレ』が話を聞いてくれることを確信していたかのように、微動だにしないのだ。


「死ガ怖クはナイのカ?」

 『オレ』の問いかけに、


「もちろん死ぬのは怖いのじゃ? じゃが友達は怖くないのじゃよ」

 幼女魔王さまはあっけらかんと答えてみせる。


「角ノ無イ鬼フゼイガ、知ッタ風ニ言ウモノダ」

「原初の破壊精霊【シ・ヴァ】の前では、角があろうがなかろうが大した違いはないじゃろうて?」


「――――――」

「………………」


 【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】を突き付けたままで見つめ合うこと数秒――、


「友達カ――フン、興ガそガレタ」


 その言葉と共に、俺の中で【シ・ヴァ】の存在が、嘘のように急激に薄らぎ始めた。


 まるで最初から存在していなかったかのように、時間を巻き戻しているかのように【シ・ヴァ】の存在が【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】の刃へと戻っていく。

 それとともに、


「ぁ――がッ、く、マオう――魔王、さま」


 真っ暗な虚無の闇の中に消えそうになっていた俺の意識が、再び明るい世界へと顔を出す――。


「やれやれ、やっと意識を取り戻したみたいじゃの。ハルト、お帰りなさいなのじゃ」


「ただいま……魔王さま……」


「む? どうしたのじゃ、そのようなほうけた顔をして」


「……だってまだ信じられないんだ、まさか【シ・ヴァ】と友達になるなんて。そんな突拍子もない発想、俺には全くなかったから――」


「ふふん、こんなことで驚くとは。ハルトもまだまだ様々なことへの理解が足りんようじゃの」

 幼女魔王さまがどや顔でそう言った。


「ははっ……どうやらそうみたいだな。精霊使いとしてもスローライフについても、ちっとも理解が足りていない。うん、俺はまだまだだ。ありがとうな、助かったよ魔王さま」


「なに、礼には及ばぬ、先に命を救われたのはわらわのほうじゃからの。助け合いの精神、Win-Winというやつじゃ」


「ふぅ、ほんとかなわないな」

「こう見えてわらわ、魔王じゃからの」


 話が一段落しかけたところに、


「ハルト様、ご無事で何よりです!」

 ミスティが感極まった様子で飛び込んできた。


 いまだ抱き合ったままの幼女魔王さまと俺を、さらにぎゅっと抱えるようにハグをしてくる。


「ミスティにも心配かけちゃってごめんな」

「とんでもありません! ハルト様はやはり真の英雄であると心の底から確信しました!」


 ミスティの目には涙がにじんでいた。

 それは絶望による悲しみではなく、心の底からの安心とこれ以上ない喜びの涙で――。


「なんにせよ、とりあえずはこれで一段落じゃ。後は――」


「この戦争を止めないとな――くっ」

 俺は二人から離れようとして、ふらついてミスティに慌てて支えられていた。


「悪い、ちょっとクラっときて……助かったよミスティ」

「いえいえ、支えるのには滅法慣れておりますので」


 さすが幼女魔王さまをいつも支える、サポートのプロは言うことが違うな。


「ハルト、少し休んでおるのじゃよ」

「だめだ、こうしている間にも戦闘は続いている。俺にいい考えが――」


「大丈夫じゃよ、ここはわらわに任せよ」

「でも――」


「その代わりにお主の精霊を少し借りるからの」

「え?」

 俺の精霊を借りる――?


「そう、大丈夫なのじゃよ、気負う必要はないのじゃ。精霊は友達、わらわとハルトも友達じゃ。ならば友達の友達にちょっと力を借りるだけのこと――!」


 幼女魔王さまが大きく息を吸い込んだ。


「風の最上位精霊【シルフィード】よ、今だけでよい。わらわの声をここにいる皆に届けて欲しいのじゃ――精霊術【遠話テレフォン】!」


 ――はーい――


「な――っ」


 幼女魔王さまの呼びかけに、俺と契約する【シルフィード】が嬉しそうに舞い踊りながら応えたのだ!


 そして幼女魔王さまはキリリと前を向くと、宣言した。


「戦場にいる全ての者に告ぐ! わらわは【南部魔国】のあるじ【南の魔王】である! 【勇者】は我が友【精霊騎士】ハルト・カミカゼが討ち取った! よってこの戦は【南部魔国】の勝利である!」


 戦場に幼女魔王さまの凛々りりしい声が響き渡る。


「これ以上の戦闘は無意味である! 帝国軍はただちに降伏せよ! 繰り返す、帝国軍はただちに降伏せよ! また降伏した兵に手を出すことは断じて許さぬ! 一切の容赦なく厳罰をもって処断するゆえ心するがよい! 繰り返す、【勇者】は我が友【精霊騎士】ハルト・カミカゼが――」


 戦場の隅々まで届けられたその声とともに、合戦の音が潮が引くように鳴りやんでいき、戦意を失った帝国軍の兵士たちは次々と武器を放りだしてゆく――。



「ははっ、今日は魔王さまに驚かされてばかりだな――」


 自分の命と引き換えに戦争を終わらせようとしたこと。

 【シ・ヴァ】と友達になってみせたこと。

 俺の精霊と心を通わせてみせたこと。


 そして今。


 幼女魔王さまの声が発せられるたびに、武器を打ち付け合う音や敵味方の怒号が聞こえなくなってゆくのだ――。


「まったく……全然へっぽこなんかじゃないだろ……こうやって誰もが魔王さまの言葉に耳を傾ける……魔王さまは文句なしに魔王さまだよ」


 俺は戦闘の終わりを強く確信すると同時に、糸が切れたように座り込むとまぶたを閉じた。


「さすがに疲れた……」

 ちょっとだけ寝させてくれ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る