Lily

@Q-R1

第1話

ねぇ、それでね…


彼女の声は次第にぼやけて行く。


それでね、いつか世界中を旅するの、世界中の美味しいものを食べて、世界中の花を見るの。

だって、ここで食べられるのは薄いスープと黒パンばっかり、それに私、見たことのある花は一種類しかないわ。

あなたももう飽き飽きでしょ?

…………………

……、………!

……?


鼓膜を、空気を刻む金属音で揺すられる。


そうだ思い出した、私は、私はあの子を探さなくてはならない。

白いドレス、白い肌、お気に入りの帽子にはピンクのレースが入っていて…

それで、あと、


思い出せない…

彼女の姿形は鮮明に網膜に焼き付いているのに。

あの子の名前は、あの子は一体…

ひとまず、長い眠りでぼさぼさの髪に櫛を通す。

朝の木漏れ日が、煤けた窓ガラスを透過して、私の腹部を照らした。

傷はまだ、生々しく残っている。

階段を降りで、リビングでコーヒーを入れると、愛猫が足元で頭を擦り付けてくる。

この子は、

またお隣さんにお願いしよう。



昼、風は柔らかな春の香りを乗せて、天真爛漫な乙女のように、長い一本道を勢いよく駆け抜けた。なびくスカート、風を弾く。


この道を降りれば、港が見える。

あと少しで、あの子の元へ


私が愛した、あの子の元へ






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