第7話 日常クライシス⑦

「じゃあ最後に君、よろしく」

 

 最後に俺の斜め前、隣のイケメンくんの向かい側に座ってる、見た目は茶髪でショートボブ。服装はいかにも清楚系って感じか。なんつーかよくいる『量産型女子大生』って感じだな。彼女の自己紹介を聞いたところで、すぐに忘れてしまうだろう。っといった印象を持ちながら耳を傾ける。


 「初めまして小野山おのやまネネです。趣味は〜読書と……、漫画やアニメを見ること、とかとかです。特技は〜自撮り! とかとかです。あと〜……」

 

 まてまてまて、特技が自撮りはひとまず置いておこう。それより、『とかとか』ってなに? ぼけか? ぼけたのか? いやいや。人と人とが出会ったばかりの初ターンでいきなりボケるのはリスクが高すぎる。じゃあなんだ。友達いないから流行りについていけないだけで、最近の若い人はよく使う言葉なのか? 

 

 他の三人は誰もそんなこと言ってなかったし、街中でも耳に入ってきたことが無い。あ、わかった。どこかの方言だろ。聞いたこと無いからおそらくすごい田舎の辺鄙な村の言葉とかだろ。きっとそうだ。うん。そうに違いない。そう思いたい……。


 「……あっ出身は東京の〜……」

 

 大都会! 日本一都会!

 

 東京のどこで育ったら、とかとか言うようになるんだよ。「豊島区としまくとかとかです」

 

 ……豊島区。池袋ならワンチャンあるか……いや、ないだろ。

 

 話し方もなんというか、ゆるゆるした感じだし、とかとか言うし。

 

 謝るから……。『量産型大学生』とか思ったこと謝るから、とりあえず『とかとか』の意味を教えてくれ。

 

 趣味と特技のあたりで『とかとか』は『等々』くらいの意味なのかと思ってたけど、『豊島区とかとか』言っちゃうし。もうおじさんついていけないですよ。


 「あと〜うちもまだ将来のこととかは決めれてないです。最後にみなさん、これからよろしくお願いしまーす」

 

 『とかとか』三回の使用例、前後の文客判断をもってしても、意味が推測できないなんて、難語すぎんだろ。

 

 まぁいい。

 

 二年間も一緒だったら、いつかわかる日がくるだろう。

 

 とかとかさんをもって自己紹介タイムが終わった。

 

 次は何をやるんだっけかと、全員が軽く教授の方へと視線を向ける。


 「よし、みなさんよろしく。と言いたいところだけど、事務所からもらった名簿では、もう一人、風間志穂かざましほさんという方がいるんだけど、どうやら今日は休みみたいだね」


 なにやらもう一人、学生がいるらしい。少人数の授業を初日から休むなんて、なかなかの気量の持ち主だな。でもまぁ、名前を聞く限り女の人だから、男三人、女三人の計六人で、人数的にも配分的にもちょうどいい感じで何よりだ。人数が奇数だったら、ペアで何かしろっていう時、俺が一人になってしまうもんな。ここで俺が一人になる、って言うのは高校生の時の経験上、わかっている。別に俺は一人でも全然いいんだけど。むしろ『一人で何かする』という経験値の高い俺にとってはその方がありがたい。と、軽く開き直っているところ、さらに教授は話し続ける。


 「まぁみんな、もう一人いる、ということだけ分かっておいて。よし、じゃあ今のお互いの自己紹介を聞いて、この人にちょっと質問したいことあるなー、っていう人いたりするかな? でも最近の学生はこういう『質問ある?』っていう質問に手を挙げる人は少ないんだけどね。あったら嬉しいな」

 

 確かに。

  

 他のどんな授業の時であれ、問いかけに対し、自ら手を挙げて答えるってやつは、そうそういない。そんなものに対して手を挙げるのは、せいぜい小学校までだ。みんなその辺りから、間違えること、周りと違うことに怯えて、体が硬くなり、手を挙げないようになっていく。

 

 俺も同じだ。

 

 しかし、今日のこの問いかけに対してだけは、硬くなって、固まった体のままでいることが、難題となって俺に降りかかってくる。

 

 どうしても、とあるやつに、とあることを聞いてみたい。さっきまではいつかわかるだろう、と諦めかけたけど、あの『とかとか』はやはり、聞いておかなくてはならない。おそらく教授もこの『とかとか』を聞いて欲しくて、こんな質問をしたんじゃないだろうか。それは違うか。うん。違うな。

 

 聞きたい気持ちはあるものの、あと一歩の勇気がなかなか出てくれない。

 

 他に誰か聞いてくれないだろうか。みんなも恐らく、少しは気になってるだろう。

 

 そう思い、俺は軽く周りを見渡す。

 

 と、その時だった。




 「はい」

 



 俺の向かい側真正面、パツキンジャージこと金色の髪を持ち、黒いジャージで身を包んだやつが、スッと教授の方を見据えながら、軽く手を挙げている。


 「お、君は……、綾杉さん……だね? 誰に質問したいの?」

 

 なんだお前も『とかとか』について聞きたかったのか、と思いたかったけど、彼女の確固とした意志のある表情を見ると、そんな風には思えない。


 


 「直原ただはらくんに」



 「え……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る