第6話 日常クライシス⑥

 俯いた頭をゆっくりとおこしながら立ち上がる。前を見ると、またしてもやつが俺を睨んでいた。


 こいつ、どんだけ睨めば気がすむんだよ。それとも、元からこういう目つきで生まれてきたの? そんな目で生まれてきたら産婦人科の人たちもびっくりですね。


 切り替え切り替え、、パッパと自己紹介を済まそう。


 「みなさん初めまして……」


 「チッ」


 え?え?え? 


 みなさん聞こえました⁈⁈⁈


 今、俺の向かい側に腰掛けている人が舌打ちしましたよ?


 俺は軽く周りを見渡す。

 

 しかし、みんな自己紹介を聞こうと、こちらを見ているだけで、戸惑いや変化がある様子は一切ない。


 誰も聞こえていなかったのか? 嘘だろ? 


 でも証言者が俺一人しかいないのなら、何を言っても仕方ないか。


 仕方なく、俺は軽く咳払いをして自己紹介を続ける。


 「初めまして、直原創ただはらそうです。出身は横浜ですが、高校入学の時から東京で一人暮らしを始めました。今はこの大学の近くに住んでます。将来やりたいこととかは……まだ何も決まっていません。好きなものは、一人でできるものです。二年間よろしくお願いします」


 よし、なんとか乗り切った。


 後は残されている二人の自己紹介を気楽に聞けばいいだけの話だ。でも、おそらく次に自己紹介をするのは、今日出会ったばかりだというのに、なぜかずっと睨んでくるあいつの番だ。


 ふと見てみると、今は睨んでいるというより、少し呆れているような表情に見える。


 普段は人の個人情報に全く興味はない。「ない」というか、聞いたところで数日経てば忘れてしまっている。という感じだ。


 でも今回ばかりは、俺にとって全く身に覚えのない態度を向けられている以上、少し耳を傾けるくらいのことはしておこう。


 「次は向かい側に座っている彼女、お願いします」


 教授の指示がくるのとほぼ同時に、スッと立ち上がりパツキンジャージが自己紹介を始める。


 「綾杉咲あやすぎさきです。出身は東京です。この大学のダンスサークルに入ってるので、基本このジャージで大学に来ることが多いです。将来のこととかいろいろ考えているんですけど、まだ決めれてません。性格はとにかく負けず嫌いで、どんなことでも負けたくないって思ってます。よろしくお願いします」


 なんだよ。あんな態度を俺に向けていた割には、普通の口調で、普通の自己紹介をしてんじゃねーか。いや、でも最後のところについては少し論弁しておきたい。


 『性格は負けず嫌い』ってなに? 

 どうして自分の性格を自分自身が決めてんだよ、お前の性格はお前以外の人間が決める、というか感じるものであって、自身で決めるものじゃないんだよ。自分から『あたしの性格は〜』とか『あたしってこういうタイプだから』とか言ってくるやつはろくなやつじゃない。性格、タイプってお前、ポケモンか?


 その点を抜きにすると、いたって普通の自己紹介だった。


 じゃあなんでこいつは俺のことをこんなに睨んでくるだ? あれか? 所謂『なにメンチ切ってんだよ』ってやつか? 街中の輩でたまにいるよなー、なんかやけに視線感じるなーと思って、その方向を見てみると「おい、お前なにこっち見てんだよ」とか言ってくるやつ。いやいやいや、見てたのはそっちだろ。

なに? それなの? 


 パツキンジャージの自己紹介も終わり、残るのはあと一人となった。

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