第2話 日常クライシス②


 いつも通り、授業の開始約十分前にキャンパスに足を踏み入れた。

 

 キャンパス内は新学期初日ということもあり、なぜそんな表情を作ることができるのか、ある意味恐怖さえ感じてしまうような根拠のない自信、希望に満ち溢れた新入生たちでごった返していた。

 

 こんな俺が通っている大学ではあるけど、一応この一葉ひとば大学は私立の中では日本トップレベルの位置付けにある。だからこの始まりの時期には、所謂『意識高い系』がギラギラしている。

 

 まあ、こいつらもいずれ気づく日が来るだろう。大学の、中学や高校とは全く違う自由度に。

 

 敷かれたレールの上を走る今までとは違い、何もかもを自分で選び決めていかなければならないことの難しさに。

 

 どうして大学は俺たちを輝かしい未来へと誘ってはくれないのだろう、と。

 

 それに気づいた奴らはいずれ授業に足を運ばなくなってくる。

 

 その人数はゴールデンウィーク明け、梅雨入りと、日が経つにつれ倍々ゲームだ。そうやってキャンパスから多くの学生が消息を絶つ。

 

 しかし彼らはテスト前、体が暑さを感じ始める季節に地上に這い上がってくる蝉とともに一気に現れる。蝉はミンミンと、彼らは単位単位と虫と人間の鳴き声がキャンパス内に鳴り響く。


『これが大学生というものなんだぞ』

 

 と、まだ初々しい彼らに対して心の中で諭してあげながら、俺は授業が行われる三号館へと歩みを進める。

 

 キャンパス内にある桜の木々に囲まれた緩勾配の坂を登り終え、左に曲がったところに三号館は建っている。左に曲がるまでは木々の生い茂っている道を通るために入り口が全く見えない。

 

 俺はその緩い坂を登り終え、左に曲がり、三号館へと体を向ける。

 

 入り口の方に目をやると、そこには全身黒にピンクの線や文字がはいった上下のジャージを着た金髪ロン毛の女性が人を探しているような素振りで立っているのが目に入った。

 

 なんでそんなに目立つ格好をしてるのに相手に見つけてもらえないんだよ。と思いつつ、普段はあまり他人を観察することなんてないけれど、周りの新入生たちの決め込んだ服装とは異質に見えたのか、なんとなく彼女に目をやりながら、歩くペースは変えずに入り口の方へと近づいていく。

 

 彼女の纏うジャージには似合わず、綺麗な顔立ちをし、大人びた雰囲気がある。

 

 一本一本線の細かな長い金髪が春の優しい風に揺らいでいる。身長は平均的な高さだとは思うが、ジャージを着ていてもわかるスラッとした細身の身体のせいか高く見える。

 

 ジャージに刻まれたピンクの文字にはどうやらサークルの名前らしきものが記されている。

 

 ま、そうだよな。ジャージを私服として着る女なんてそうそういるもじゃない。と思いつつ見ていると不意に目が合ってしまった。

 

 すると彼女は一瞬、ハッと驚いたような表情を見せる。しかしそれもつかの間、その驚いた表情がみるみる嫌悪感に満ちた、どこか親の仇でも見ているかのような表情へと変貌していく。

 

 え?なになになに⁈

 

 俺が彼女の唐突な変貌ぶりに戸惑っていると、さらに彼女は視線で殺す『視殺』するかのように圧をかけてくる。

 

 え、えーー怖い怖い怖い!

 

 俺の脳内にある海馬が、いや、身体中の全細胞が危険信号を出している。脳の神経が何が起きたのか理解した頃には、俺の足が走り出していた。

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