第14話 その女、元勇者につき

 天ヶ谷光は、異世界転生者である。


 前世での名は、エルビィ・フォーチュン。

 神に選ばれた身として『魔王』との戦いに挑んだ『勇者』であった。


 そして今また、彼女はかつての宿敵を睨めつけている。


「くっ……殺せ……!」


 悔しげに呻く光。


「ふむ」


 相対するは、かつて『魔王』と呼ばれた少女だ。


「ならばいい加減、引導を渡すとしようかの」


 どこか退屈そうに、手を上げて。


「王手じゃ」


 黒は、その手で『歩』を進めて光の『王』の前に配置した。


「ぐむむむ……!」


 光の顔が、更に険しさを増す。


「いやもうこれ、一手詰の状態じゃぞ? 悩む要素すらないじゃろうが」


 そんな光に対して、黒は呆れ顔であった。


「ま、待ったとかは……?」


「言うとくがお主、だいぶ前から詰んどったからな? 今更直前の手をやり直したところでどうにもならんわ。ちゅーか、殺せっちゅーたんはお主の方じゃろうが」


「くっ……! そもそも、魔王に知的遊戯で挑もうというのが間違いだったということか……!」


「貴女それ、自分で言っていて恥ずかしくありませんの? 仮にも、勇者と呼ばれた者でしょうに」


 無念と共に拳を握りしめる光を見て、隣で観戦していた環もまた呆れ顔となる。


「勇者なんて、腕力と体力と魔力があればそれいいんだ!」


「出来れば『かしこさ』も備えていてほしかったと、前世で何度思ったことでしょう」


 力強く言い切る光と、溜め息を吐く環。


(……にしても)


 そんな中で、光はふと思う。


(まさか、魔王とこんな風に穏やかな時間を共有する時が来るとはなぁ……)


 前世の自分に言えば、この上なく驚いたことだろう。


 否、恐らく信じることすらあるまい。


 前世の自分……『勇者』にとって、『魔王』とは倒すべき巨悪でしかなかったのだから。


「いやまぁ、光もいいとこまでは戦えてたぜ?」


 そんなことをしみじみ考えていたところ、庸一が椅子を寄せてくる。


 それはもう、肩が触れ合うくらいにまで。


「えーと、確か決定的だったのが中盤のこの局面で……」


「な、なぁ、庸一……?」


 駒を戻していく庸一に話しかける声は、意図せず裏返った。


「ちょっと、その、嫌というわけでは決してなく、単純な疑問なんだけど……少しだけ、距離が近くないかな……?」


「そうか……?」


 当の庸一は、あまりピンと来ていない様子である。


「野営する時とかは、こんなもんだったろ?」


 確かに前世の世界では危険も多く、特に屋外では身を寄せ合って警戒するのが鉄則であったが。


 彼は、なぜこの世界で十六年以上過ごしてなおパーソナルスペースの基準が前世に準拠したままなのだろうか。


「そ、そういうことなら、仕方ないにゃっ……!」


 いずれにせよ、光も庸一の言い分に頷いておく。


 光とて、距離が近いこと自体は嬉しいのだ。


 少々心臓によろしくないのと、顔がニヤケそうになるのを堪えるのに必死になる必要があるのが問題ではあったが。


「……光って、ちょいちょいすげぇニヤける瞬間あるよな。思い出し笑いか何かか?」


 というか、全然堪えられてなかった。


「そ、そんなところだな! は、ははっ……!」


 カッと頬が赤くなったのを自覚する。


 なんて、恥ずかしくも幸せな時間を堪能していたところ。


「兄様兄様! わたくし、神の一手に至ったやもしれません! ほら先程の局面、これでいかがでしょう!」


 環が、光とは逆側から庸一に身を寄せてくる。


「……なるほど? 俺は思いつかなかった手だな」


「ふむ……確かに鋭い一手かもしれん」


 光としては環の目的は露骨な妨害だとしか思えなかったが、果たして環の指した手に庸一と黒の興味も引かれたようだ。


(……むぅ)


 光は、少しだけむくれた気分となる。


 恥ずかしさに押し潰されそうではあったが、二人の時間に邪魔が入った入ったで不満が出てくるものなのである。


(環が来てから、ますます庸一との距離を詰めづらくなったな……)


 かつてのパーティーメンバーとの現世での再会を、当初は素直に喜びのみで受け入れていた光。

 しかし日が経つにつれて、そこに焦燥感が交ざるようになってきていた。


 環のブラコンっぷりは、前世の頃から健在ではあった。

 だが光は、彼女の兄……エフ・エクサとの接点がほとんどなかったこともあり、『ちょっと行き過ぎた兄妹愛』程度のものだと思っていたのだ。


 しかし現世で二人と一緒に過ごしてみて、否応無しに理解した。


 あぁこれは『ガチのやつ』なのだな、と。


(ただでさえ、魔王相手に遅れを取りがちだったのにな……)


 庸一の横顔を眺めながら、そっと溜め息を吐く。


(高校で庸一と再会出来た時は、運命の女神が祝福してくれているんだと思ったものだけど……)


 そう……再会・・、である。


 高校の入学式で顔を合わせた時が、彼との初めての出会いではなかった。


 前世では、パーティーメンバーであるメーデン・エクサの兄として二度ほど顔を合わせたことがあったし。


 それから、現世でも──

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