第13話 『校舎裏に現れる逆さ男』は、過保護

「あー……そのー……ん゛んっ」


 逆さ状態を継続する庸一に調子を崩されっぱなしといった様子の男であったが、咳払いを一つ挟むとその表情が苦々しげなものに変える。


「それより君、どういうつもりなんだい? 魂ノ井さんと付き合ってるわけじゃないなら、君はこの場でどうこう言える立場じゃないだろう」


「あぁ、全くもってアンタの言う通りだと思う」


 露骨に敵意を顕にする男に対して、庸一は人好きのする笑みを浮かべていた。


「でも俺、『兄』だからさ。守ってやりたいんだよね。ほら、しつこい勧誘とかから?」


「む……」


 庸一の言葉に、男は一瞬言葉を詰まらせた。


「確かに、ちょっとしつこくなってしまっていたことは認めよう。だけど……ふざけているのかい? 君たちが兄妹じゃないことなんて、とっくに知れ渡ってるよ」


「あぁ、確かに血は繋がっちゃいない」


 冷笑を浮かべる男に、庸一も笑みを僅かに変化させた。


「でも、兄妹なんだよ。本当に、さ」


 どこか困ったような、切ないような。


 そんな雰囲気を出している・・・・・ことは、環の目から見れば明白であった。


「……事情がある、ってことか」


 しかし何を深読みしたのか、男の表情にどこか気まずげな色が混ざってくる。


「そんなとこだ」


 否定も肯定もせず、庸一は曖昧に頷いた。


「……わかった。君の大切な人を侮辱してしまってごめん、魂ノ井さん」


「………………あぁ、いえ、お気になさらず」


 頭を下げてきた男に、環は軽く首を横に振る。


 若干反応が遅れたのは、庸一に見とれていたためである。

 怒りなど、もうとっくに霧散していた。


「でも、僕は諦めないから……なんて、言えたら格好いいんだろうけど」


 そんな環を見ながら、男が苦笑を浮かべる。


「どうやら、僕の入り込む余地はないらしい」


 あるいは、環と庸一を見て……だろうか。


「君たちの関係が、本当はどんなものなのかはわからないけど……いつか幸せな結末が訪れることを、陰ながら祈っているよ」


 最後にそう言って、ひらひらと手を振りながら男は踵を返して去っていた。


「事情をそれとなく察して・・・・・・・・身を引いてくれるとは、イケメンは心までイケメンだな」


「そう仕向けたのは、兄様でしょうに。悪いお方」


 感心の声を上げる庸一に、環はクスリと笑う。


「それに、兄様の方がイケメンですわ!」


「そりゃどうも」


 力強く言い切ると、庸一は露骨に流した感じで肩をすくめた。


「それより、あんま転校早々問題起こすなよ?」


 次いで、苦笑気味に笑う。

 庸一に肩を叩かれた時点ではまだ何のアクションも起こしていなかったはずだが、彼には環が考えていたことが丸わかりらしい。


「申し訳ございません、ついカッとなって……お察しの通り衝動的に、十回ほど殴った後に魂を半分くらい抜き取ってしばらく廃人状態にしようとしておりました……」


「お、おぅ。せいぜいビンタ一発くらいだろう程度にしかお察し出来てなかったわ……」


 庸一にも、環が考えていたことは丸わかりではなかったらしい。


「つーか本来は、さっきの人に言った通りでさ。告白がしつこいようだったら助け舟出そうと思って、様子を伺いに来たはずなんだけど……お前の方を止めることになるとはな」


「兄様……」


 苦笑を深める庸一に、環は微笑んだ。


 トクン、トクン。

 胸が高鳴るのを自覚する。


「来てくださって、ありがとうございます。いつもわたくしを気遣ってくれる、そんなところも大好きですわ。やはりわたくしは、兄様一筋です」


「ま、ちょっと過保護かとも思ったんだけどな」


 恐らく、照れ隠しなのだろう。

 庸一は、視線を逸らしながら頬を掻く。


 そんなところも可愛く思えて、やっぱり環は彼を愛おしく思うのであった。


 ……なおこの間も、庸一はずっと逆さま状態のままであった。



   ◆   ◆   ◆



 一方その頃、教室では。


「ヨーイチの奴、クッソ過保護じゃのう」


「だな……」


 先程「ちょっと気になるから様子見てくるわ」と言って環たちを追いかけていった庸一に対して、黒と光が呆れ混じりに笑っていた。


「ま、アヤツがお節介を焼くのは魂ノ井相手に限ったことでもないわけじゃが」


 相変わらず、黒は半笑いのままだが。


「……あぁ、そうだな」


 光は、その表情を懐かしげなものに変えていた。


(本当に、お節介なまでに優しい人だよ)


 もう幾度となく思い出している光景を、また頭の中に思い描く。


 今より少しだけ小さい……けれど、とても大きく見えたその背中を。


(あの時も、そうだった)


 それは、光の心に刻まれた大切な思い出だった。


 とても、とても。

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