異世界からJK転生した元妹が、超グイグイくる。

はむばね

第1章

第1話 転生物語は動かない

 平野ひらの庸一よういちは、異世界転生者である。

 前世での名は、エフ・エクサ。


 魔法は使えず、剣もそこそこにしかこなせない、ザ・平凡な冒険者であった。

 そして、最期まで凡夫のまま死を迎え……ふと気が付くと、赤ん坊となっていた。


 しばしの自失の後、どうやら記憶を持ったまま転生したらしいと認識した時。

 恐らくこれは、神が己に何かしらの使命を課した結果なのだろうと思った。


 前世では、何も果たすことなくその生命を終えた。

 ゆえに今度こそは後悔も未練も残さず、大事を成すため新たな生を授かったのだと。


 きっと、程なく大きな転機が訪れるに違いないと。

 そんな思いを……覚悟を、抱き。


 地球という星の日本という国で、庸一はすくすくと成長していった。



 四歳になって、初めての共同体である幼稚園に通い始めた時。

 ……特に、何も起こらなかった。



 六歳になって、ランドセルを背負って小学校に通い始めた時。

 ……特に、何も起こらなかった。



 十二歳になって、学生服に身を包み中学校に通い始めた時。

 とある出会いがあり、自ら能動的に動いて・・・みた結果。

 ……特に、何も起こらなかった。



 十五歳になって、受験戦争をくぐり抜け高校に通い始めた時。

 もう一つの出会いがあって、その末に。

 ……特に、何も起こらなかった。



 そして、十七歳になる年の春を迎えた現在。

 庸一は、とある思いを抱くに至っていた。


 すなわち。


(ま、転生に意味なんぞ求めること自体が凡夫の発想だったんだよな)


 諦めの境地である。


(世の中、大概の事象に意味なんてない……ってね)


 今となっては、『神が課した使命』とやらを信じていたこと自体が黒歴史であった。


「くぁ……」


 あくびを噛み殺しながら、いつもの通学路を歩く。


 平野庸一、日本のごく一般的な家庭に生まれ育った平凡な高校二年生。

 今日も、平凡な高校生活が始まる。


 ……はず、だった。


 目の前に続くのは、日本のどこにでもありそうな平凡な道路だ。

 しかしこの朝には、そこに一点だけ……そしてその一点をもって、周囲の景色をまるで平凡とは真逆の印象たらしめる特異な存在が混ざっていた。


 現実離れした、と称して差し支えない程に美しい少女である。


 どこかぼんやりと虚空を見つめていた彼女の顔が、ふと庸一の方へと向けられた。


 瞬間、その切れ長な目が大きく見開かれる。

 目の中心に位置するのは、プリズムのように不思議な煌めきを宿す瞳。

 高い鼻筋の下で、桜色の艶やかな唇も小さく開いていた。

 常人であれば大した間抜け面にしかならないことだろうが、彼女が浮かべればその表情すらも一枚の絵画のよう。

 腰辺りまで伸ばされたブラウンの髪が風によってブワッと広がる様は、驚きに尻尾を太くする猫を思わせた。


「嗚呼……」


 その唇から漏れた感極まったような声が、かつてと同じ音色で庸一の鼓膜を震わせる。

 目尻に涙の滲むその顔も、かつて見慣れていたもの。


 そして。



「兄様……!」



 かつてと同じように、少女は庸一へと呼びかけた。


 庸一が今とは別の名で、別の世界に生きていた頃。

 彼の、実の妹だけが用いた呼称で。



 前世の縁が再び交わり合った時。

 庸一の転生者としての物語が、ついに動き出す──






 などということは、特になかった。


 そんなことが起こりえないことを、庸一は既に散々思い知っているのだ。


「おー、久しぶりじゃん。元気?」


 ゆえに、前世ぶりに会った妹へと返した声も実に軽い調子である。


 テンション的には、長期休み明けに会うクラスメイトに対するそれとそう変わらない。


「………………んんっ?」


 一方の少女は、眉根を寄せて首を小さく傾けた。

 あれ? なんか思ってたのと違うな? とでも言いたげな表情である。


「うん? どうした、元気じゃないのか? もしかして、持病とかあったりする感じ?」


「あ、いえ、そういうわけでは……息災で過ごしております、けれど……」


 表情を心配げなものへと変えた庸一に、少女は首を横に振る。

 しかし、その顔には訝しげな色が滲んだままである。


「そっか、ならよかった」


 ともあれ元気ではあるということで、庸一はホッと安堵の息を吐く。


「ところでその制服、ウチのだよな? しかも、二年?」


 次いで、少女の身を包む制服に言及した。


 そのブレザーは、庸一にとって見慣れたものだ。

 なにせ、自身が既に一年間以上通っている県立小堀こほり高校のものなのだから。


 そして、彼女の首元を彩るリボンの色は赤。

 庸一と同じ二年生であることを示している。


「えぇ、まぁ……」


 少女の反応は、相変わらず戸惑いと疑問混じりのものだ。


「にしては、今まで一回も会わなかったよな? お互い、すれ違っただけでも気付きそうなもんだけど……病欠してたとかでもないんだろ?」


「いえ、その……わたくし、この学校には今日が初めての登校ですので……」


「初めて……? あぁ、転校生ってことか?」


「はぁ、お察しの通りで……」


「なるほど、どうりで」


 納得に頷いた後、庸一はふと腕時計に目を落とした。


「っと、もうこんな時間か」


 時計の針は、始業の十分前を示している。

 周りを歩く生徒たちも、気持ち早足だ。


「とりあえず、連絡先交換しとこうか」


「あ、はい……」


 スマホを取り出した庸一に合わせて、少女は肩に下げた鞄に手を入れる。

 取り出されたのは、今時の女子高生とは思えない程に飾り気のないスマホであった。


「んじゃ、と……」


「えぇと、どうすれば……?」


 素早く画面を遷移させていく庸一とは対照的に、少女はスマホの操作に慣れていないようで戸惑っている様子だ。


「そこをタップしてだな……」


「あ、はい……」


 結局、庸一が少女の画面を指差しながら指示していく。

 チラリと見えた連絡先リストには、ほとんど登録されたデータが存在しなかった。


「うん、最後に『保存』で……よし、登録されたな」


 無事お互いの連絡先を交換し終え、庸一は頷いて再び少女の顔に目を向ける。


「文理はもう決めてるんだよな? どっちにした?」


「えぇ、その、理系ですが……」


「そっか。なら、同じクラスになれるかもな」


「はぁ……」


 刻一刻と始業時間が迫ってきているため、庸一の口調はやや早口気味となっていた。


「んじゃ、そんな感じで! また後でな!」


 スチャッと少女に向けて手を上げ、昇降口の方へと足を向ける。


 再び腕時計に目を落とすと、問題なく始業には間に合う時刻だ。


 そのことに密かに安堵し、歩き出したところで。


「って、ちょちょちょちょちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいですわ!?」


「ぐぇっ!?」


 少女に後ろから襟首を引っ掴まれ、庸一の喉が潰れた蛙のような音を奏でた。


「ってて……何すんだよ……?」


「何すんだよはこっちのセリフですわ!? 何すんだよはこっちのセリフですわ!?」


 喉をさすりながら振り返った庸一に、少女が食って掛かる。


 なお、なぜ同じことを二回言ったのかは不明である。






―――――――――――――――――――――

本日中に8話目まで投稿する予定です。

よろしくお付き合いいただけますと幸いです。

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