第17話 座敷わらし?
『想い出何でも』か…。
こういったものは、自分は書かないけど、読むのは他人の秘密を知るみたいで、ちょっとしたワクワク感がある。
さあて、 古いのから見てみようかな。
へぇ、10年前からやってるんだ。
『ここの海の景色と満天の星空を見て、失恋も、何もかも、ちっぽけな悩みに思えてきました。女将さんの笑顔と、大将のキャラ最高です。絶対また来ます。』
『夫と来ています。ほんとは離婚考えてたんですけど、美味しい料理と、それに、座敷童でしょうか、なんか、子どもの声がしたんです。その声を二人とも聞いたんです。不思議ですね。夫がなんか良いことあるかもと。怖いと言うより、なんか気持ちが穏やかになって。夫も同じ事を言ってました。ここへきて本当に良かったです。」
『母が亡くなりました。自分は息子として何にもしてやれなかったのですが、女将さん、母とよく似てて、母と話ししているようで、いっぱい泣いて話ししたら、スッキリしました。ありがとうございます。』
『私、昔っから、大将のファンだったんです。あわよくば…なんて思ったんですが、女将さんには適いませんね。参りました。今は女将さんの大ファンです。また来ますね。』
いろんな人がいるなあ。
こうゆうの書くのって、やっぱり女性が多いわね。
それに、子どもの声を聞いたって、何人かが同じこと書いてある。
ほんとに座敷童?でも、座敷童って山奥の旅館の話って気がするけど。
女将さんに聞いてみようか。
大将も気になるなぁ。いったいどんなキャラなんだろう。
そう心の中でつぶやきながら、私が一人でクスクス笑ってると、女将が珈琲を淹れてくれた。
「あ、すみません、ありがとうございます。」
「私も、それを読むのが楽しみでね。何度か来てくれた人もいるんでね。その続きが見れるんですよ。」
「そうなんですか。じゃ、例えば、この座敷童って書いてある離婚考えてたって、人も?」
「その人、いえ、ご夫婦も、毎年来てますよ。座敷童に会うと出世するって言うけど、このご夫婦は、奥さんの方が出世したみたいで。ご主人が主夫っていうんですかね、それで上手くいったみたいですね。」
「へぇ、そんなこともあるんですね。連載小説みたい。あ、それと、ほんとに座敷童っているんですか?」
「どうなんですかね。確かに何人かは子どもの笑い声を聞いたって、おっしゃるんですが。私は聞いてないのでね。なんとも。里田さんも聞けると良いですね。」
「いや、でもなんか、怖いわ。だって座敷童ってお化け?妖怪?なんでしょ。できれば出てきて欲しくないです。それより女将さん、大将って何かやってたんですか?ファンだって言う人がいますけど。」
「えぇ、ほんとに若い頃ですけどね。大学生のころ、バンドやってて私もファンの一人でした。でも、見て驚かないでくださいね。ロッカーと言うより、なんて言うか。ま、見てのお楽しみといきましょうかね。里田さんなら分かると思いますよ。」
「そうなんだ。なんか夕食がとっても楽しみになってきました。それで、気になってたんですけど、女将さん、この浜辺の歌の絵を書いた息子さんは、今どうしてるんですか?」
私は、珈琲を口にしながら、そう女将に聞いた。
女将は少し目を伏せ、トレーを抱えたまま、私の向かあうように腰掛け、ゆっくりと話始めた。
「息子はね、大輔っていうんです。里田さんだから話しますね。大輔は14歳の時に亡くなったんですよ。」
「えっ。」
私は、含んだばかりの珈琲で、少しむせてしまった。
「驚かせてごめんなさい…。大輔、学校の屋上から飛び降りたんです。いじめです。学校も認めてはくれましたが、いじめた子も親も何の言葉もなかったですよ。少しのお金だけ包んで代理人が持ってきただけです。受け取らなかったわ。お金なんて要らなかったわよ。ただ、大輔の前で謝って欲しかった。本当はね、大輔は、ここへ来たかったんです。この海と漁師だったおじいちゃんが大好きだったから。でも、私たちは自分の生活を選んだのね。夫は歌手の夢を諦められなくて、都会育ちの私は田舎で暮らす自信が無かった。もっと早く来ていれば良かったと悔やんでも悔やみきれませんがね。」
「そんな…ごめんなさい。こんな辛いこと聞いてしまって。」
「いいえ、良いんですよ。ここへ来て、座敷童ではないですけど、大輔が来てくれたんです。今は海が見えるお墓で眠ってます。何度も夢に出てきて、ありがとうって言うんですよ。私たちが自分のために都会を離れなかったのにね。だから、この民宿で、この海で、この星空で、みんなが少しでも何か落ち込んでる気持ちを救えたならと思って。大輔も喜ぶかなって。あの子そういう子なんです。優しい子なんです。だから、お客さんから、子どもの声が聞こえたって聞いたときは、大輔かもって。私には聞こえないですけどね。」
「きっと、そうですよ。大輔さんですよ。私も娘を亡くしたんです。だから、女将さんの気持ちわかります。すみません息子さん事、お辛いのに。」
「私が話したくて話したんだし。でも里田さんもそうだったんですね。子どもに先立たれることは本当に辛いことですね。でも何ででしょうね。ここへ来る方って何かしら抱えて来るので、少しはお話する事はありますが、ここまで話すことなんてないですよ。何故か里田さんには話したくなってしまって。かえって気を遣わせてごめんなさいね。」
「同じ匂いがするってよく言うじゃないですか、お互いにそう感じたのかもしれませんね。私は、娘のことは話すようにしてます。娘が生きてたってことを確かめたいんです。自分だけじゃなくて、みんなに思い出して欲しくて。でも私の娘は香里っていうんですけど、夢にやっと出てきても何も言わないんですよ。当たり前なんですけど一方通行なんです。大輔さんみたいに何か話してくれれば良いんですけど。私に不満をいっぱい残して逝ってしまったから、まだ怒ってるんかなと思ってます。今でも悪い母親ですもの。ずっと自分を責めてます。このままの気持ちが永遠に続くのかと思うと辛くなるときがあって。」
「母親も人間ですからね、欲というものはありますよ。自分を責めることはないって言いますけど、責めるって事は反省してるってことですもの。何にも思わないよりは良いと思うんです。だから、とことん自分を責めて責めて、それで残った感情と向き合ってみるんです。結局、悲しいだけですけどね。この繰り返しですよ。ほんと。」
「そうなんですね。そうか、女将さんは、客観的に自分を見れてるんですね。自分がそれが出来るようになれば、もっと楽なのかもしれません。ありがとうございます。女将さんと話したら、ちょっと気持ちが楽になりました。私も女将さんのファンになりそうです。」
そう言って私はノートを閉じた。
「海、行ってみても良いですか?」
「どうぞ、いってらっしゃい。とっても気持ち良いですよ。」
私は、サンダルを履き、砂を跳ねながら波打ち際まで歩いた。
波打ち際付近の硬く締まった砂を繰り返し波が撫でていった。
本当に気持ちが良いわ。誰もいないし、プライベートビーチみたい。
私は、大きな流木を椅子にして腰掛け、そっと目を閉じた。
潮の薫り、波の音、頬に触れる風。
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ 忍ばるる。
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も。
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ 忍ばるる。
寄する波よ 返す波よ
月の色も 星の影も。
ほんんとに、この歌しみる。
何か、泣けてくる。
しんみりと耽っていると、急に、ざわざわとした空気が入ってきた。
えっ、子どもの声?
うそ、出た?
恐るおそる目を開けた。
良かった。普通に女の子だ。
「おばちゃん、これあげるから、泣かないで。」
小さな手には、さくら貝が。
この風景と台詞、まるであの時の…。
「あ、ありがとう。」
「女の子の後ろで、赤ちゃんを抱いたお母さんらしき人が微笑んでいた。」
あら、このシチュエーションも同じ。
へえ、地元の子かな。なんだか不思議な感覚。
風がすうっと吹いて、わたしを抜けていった。
ちょっと寒くなってきたかな。お風呂入ろ。
私は、女将が言われた通り、水道で足を洗い、裏玄関の下足箱の上に重ねてあったタオルで足を拭いた。
ふと、今いた浜辺を見ると、誰もいない。
あれ、どこ行ったのかな。
広く見渡せる視界には、誰の姿もなかった。
そんなに早く走って行った?
今、話してたのに。
泊まり客は、まだだろうし、子どもいないって言ってたし。
やっぱり座敷童?親子で?
寒っ。早くお風呂入ろっと…。
「あぁ。気持ちいい。」
解放した窓から見えた竹垣の内側に、大小の岩や、植木、工事道具が立てかけてあった。
なるほど、ここに露天風呂は良いかもね。夜は星もきれいだろうし。
いつ出来るのかな。また来なきゃね。
私がお風呂から上がると、女将さんが土間の方へ小走りに行くのが見えた。
さっきの母娘の事を聞きたくて、私も土間へ向かったが、女将は到着したらしき老夫婦と話をしていた。
お客さん来たんだ。後でもいいか。
と言うことは、もう少しで夕食の時間ね。
部屋へ戻り髪を乾かしたあと、私は居酒屋へ向かった。
どんな感じかな。大将…。
居酒屋へ向かう途中にある窓からは、居酒屋の看板の灯りが点り『月舟』という文字が浮かび上がっていた。
いい雰囲気。
店内に入った左手には、竹の衝立の仕切りで囲った半個室が並んでいた。
常連客との区別がつくようになのか、生け簀を挟んで、少し離れたスペースに3室の部屋が作ってあった。
テーブルの上の『風』という文字が書かれたプレートが見えた。
「ここにいれば良いいのかな。呼び出し鈴もないしな。それにしても静かね。」
「今に賑やかになりますよ。いらっしゃいませ。」
うわっ、大将だ。
角刈りに、パンダみたいなサングラス。
「あの…大将さん…ですか?」
「はい、大将さんですよ。ビックリしたかな。里田さんですね。お年頃の里田さんなら、ピンと来たでしょう。私の神が誰か。」
「あ、はい、確かにロッカーと言うより、昔やってたドラマの刑事さんですね。車なんかたくさん破壊してたドラマの。」
「さすがですね。そうですよ。このサングラスは、仕事中はしてませんがね。これすると、皆喜ぶもんですから。」
というと、サングラスを外して、ねじりはちまきを締めた。
これが、仕事スタイルですよ。
「なるほど、いや、破壊力半端ないです。」
「良かった。ウエルカムパフォーマンス大成功ですな。では、早速お食事お運びしますかね。」
「お一人でされてるんですか?」
「あとで、バイトの子が来るんで、それまではね。まだ時間早いですから、常連たちが来るまでは、一人で十分ですよ。」
「では、お願いします。」
BGMが流れ始めた。
演歌かと思いきや、70年代80年代の、ロック、フォーク、アイドルなどの軽快な曲であった。
あの大将なら。100%演歌でしょ。
「この年代のお客が多いんだよね。カラオケ代わりにもなるし。」
大将が、お通しとビールをテーブルに置きながらそう言った。
「えっ、私、何か話してました?」
「いいえ、そんな顔してましたから。」
大将って、心の声が分かるのかな…。
食事は、ほたるいかの沖漬けのお通しから始まり、ノドグロの煮付け、サヨリの天ぷら、甘エビ、イカ、ぶりの刺身など、どれも私には贅沢な料理ばかりであった。
美保も連れてくればよかったかな…。
香里も食べさせてあげたかったな。
気がつけば、生け簀の向こうは賑やかな声が聞こえていた。衝立越しにも気配が。あの老夫婦なのか、会話が上品なのか、心地よいほどの話し声だ。
いつの間にか、混んできたのね。
「里田さん、ちょっと失礼しますよ。」
大将が、お通しのホタルイカを持ってきた。
「それ、最初に食べましたよ。」
「いえいえ、すみませんが、よその泊まり客なんですがね、相席お願いできないかと思いまして。一人なんですが、席が埋まってしまいましてね。」
「えぇ、良いですけど。」
大将の後ろに立っていた青年が目に入った。
男性なんだ。あら、どうしよう。
「すみません、どうしても、ここに来たかったもので。」
青年は、さわやかな笑顔でそう言うと、私と向かい合うように椅子に座った。
誰かに似てるような…。でも初めてのはず…。
この青年とのこの数時間が、私にとって忘れもしない記憶となった。
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