第3話 山吹の月。
5年前の9月9日
仕事から帰り、自宅のアパート前。夜空には、大きな明るい月が。
そうだったと、写真に撮ろうとスマホを取り出した。
スマホを構えたとたん、その大きな月は、みるみる雲が隠してしまった。しばらく待っていたが、月は雲が隠したまま。
諦めて、私は、一旦、自宅へ入った。
「お母さん、スマホ手に持って、どうしたの?」
「今日、スーパームーンだって。職場の子が教えてくれたし、写真撮ろうと思ったら、雲が邪魔しちゃって。」
そう言って、窓から外を見てみたが、隣の建物で見えるわけも無く。
「やっぱ見えないか。雲、どうかな。香里も行く?」
「うん、私も行く。」
香里と私は、自宅前から30mほど歩いた場所で、明るくなった空を見上げた。
邪魔雲が消え、堂々とその姿を現した月は、いつもの満月より、何倍も明るく、黄色く、圧倒的に大きかった。
「すごいね。こんな大きいんや。あんまり、月なんてじっくり見てないし、スーパームーンなんて、初めて知ったわ。」
「あぁ、もう、いやんなっちゃう、ぼんやりにしか写らないよ。月、あんなに黄色く光って大きいのに、写真撮ったら、こんなに小さいわ。お母さんの方が、まだ、きれいに撮れてるね。いいな。いいなあ。」
「あとで、送ってあげるよ。」
そんなやりとりをしながら、何枚も、二人で撮りまくった。
「う~さぎ、う~さぎ~何見て跳ねる~」
「お母さん、なに、その歌。子どもじゃないんだし。」
「いいでしょ。月観ると、歌いたくなるんだもの。」
「お母さん、可愛い。」
そう言いながらも、香里は、私の声の重ねて、一緒に歌った。
『十五夜お月さん、見ては~ね~る。』
「ねえ、お母さん、ほんとに、ウサギがいるみたいに見えるね。昔の人は上手く言ったもんだね。」
「外国によって見え方違うみたいよ。インド発祥とか聞いたことがある。アジアはウサギが餅をついているってのが多いみたい。ヨーロッパはカニとか、おばあさんとかね。」
「ふーん、日本だけじゃないんだ。でも、日本の昔話で、かぐや姫が月に帰ったってあるじゃん。宇宙人かいって思ったけどね。あれはどうなんだろうね。」
「そんな事考えたことも無かったわ。あ、この前一緒に見た、かぐや姫の映画、あれ観たからでしょ。」
「そう、そう、月へ行く時って、みんな記憶が消えてしまうんだよね。なんか、怖いよね、あの話って。」
そう言った香里の声が、気のせいか、寂しく聞こえた。
そんな香里とは、最近ギクシャクしていた。
いきなり怒り出したり、口を利かなくなったり、とにかく機嫌が悪かったのである。
悩み事、ストレスを抱えていたことはわかっていた。私に対しての不満もあることも、漠然とだが感じていた。
それだけに、光り輝く山吹色の月を、香里とともに歓喜たこの時間は、特別な幸福感を私にもたらしてくれた。
そう、特別な時間だった…。
私には、美保という娘がもう一人いた。
香里の2歳上の姉である。
姉は高校生の時に、アスペルガー症候群を含む発達障害と診断を受けていた。
人とのコミュニケーションが困難であり、妹の香里とも例外では無かった。
のんびりで楽観的な姉と、心配性で、いつも不安とイライラを抱えていた妹。
立場は、いつの頃からか、姉妹が逆転していた。見た目も、美保は童顔で、香里は面長でで大人ぽっく、他人からは、よく香里の方が姉と思われていた。妹が美保の服を選び、髪型を指示し、美保も抵抗もなく、受け入れていた。そんな姉妹であった。
11日 夜11時
そんな香里が苛ついた様子で、乱暴な足音をたてて、私の部屋へ入ってきた。
「自分ばっかり、洗い物して。美保、何もしないんよ。ひどいわ。私も仕事で疲れてるのに、お母さん、少しは怒ってよ。」
私は、いつもの姉への愚痴と、軽く受け流し、視線も合わさず、パソコンに向かっていた。
しかし、数時間後、このことを後悔をする時が来てしまったのである。
悔やんでも、悔やみきれない時が…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます