楓は遊びたい。
第8話 楓の秘密と吐瀉物。
五月五日はこどもの日。
こどもの幸せを願いつつ母に感謝する日らしいが、俺から言わせれば単なる休日だ。
俺は子どもじゃない。もう十六の立派な男だ。
そう。男だ。
だから男子トイレにいるのは至極真っ当な訳で……。
でも隣にいるのは明らかに女子で。その子は前にもトイレで会った女子で。
「あ! また会ったね! ……ええっと、誰さん?」
「赤羽涼太です」
言ってから、はっと気づく。
これはもしや無視すべき案件だったのではないか?
確か、この黒髪ツインテールの少女は
中々に珍しい名前なので覚えている。
「その……鞠さん?」
「楓でいいよ。ボクは気にしないから」
ボク? ボクっ
「それでなに?」
「あのここは男子トイレなんだけど……」
もしかして、この娘本当は男子だったりするのか?
最近見たアニメの中で、女子みたいな男子。いわゆる男の娘という奴があった。
「あ。ごめん! ボクよく間違えて男子トイレに入っちゃうんだ!」
てへぺろ、とでも言いたげに舌をちろりと見せる。
ちょっと可愛いじゃねーかよ。ちくしょー。
「ごめんね!」
楓はそう言い、男子トイレを出ていく。
すれ違った中年の男性が驚いた顔で楓を見送る。
俺も用を足し、トイレを出る。
急に、腕が持っていかれる。
「うわっ!」
「あいや! ちょっと待った!」
雨雲を吹き飛ばすくらい明るい声が耳に届く。
「な、なんだ!?」
びっくりして腕に捕まった人影を見る。
「なんだ。楓じゃないか。驚かせるなよ……」
「いひひひ! かわいい顔しちゃって」
楓は俺の頬を指で突く。
ちゃんと手洗ったよな?
「こら。からかうもんじゃないぞ」
「えー。いいじゃん!」
まるで壁を感じさせない。それでいて不愉快に感じないのだから、彼女はコミュニケーションをとるのがうまいのだろう。
「で。何が目的だ?」
最近、変な奴らとばかり交流していたせいか、どうしても身構えてしまう。
かっこいい俺に魅力を感じるのは仕方ないが。
「それにしてもいい私服だね」
楓は俺のつま先から頭のてっぺんまでなめ回すように見て、評価する。
「いいだろ! これは師匠直伝の服だ!」
胸を張って応える。
「ありゃ。自分で選んだ訳じゃないのね」
少し残念そうにする楓。
あれ? どうして残念なんだ?
「今日、赤羽は暇かな?」
首を傾げている俺を突く楓。
「ああ。暇だが……、はっ!」
しまった! 考え事をしているうちについ本音が漏れてしまった。
これでは楓の手のひらでころころだ。
「じゃあ。ちょっと付き合ってよ!」
「……へっ」
間の抜けた声が出る。
遊園地【メモリーパーク】。
その大地に立った俺と楓。
この遊園地は様々なアトラクションが売りで、アクセスもいい。
片道一時間でつくのだから、カップルや家族連れにはもってこいなのだろう。
GWであるがため人の出入りも激しいが、その代わりに普段は行っていないサービスもあるようだ。
「ここに来たかったんだよ! ボク」
スキップしながら、駆け回る楓。
「初めてきたのか?」
「そうなんだ~。遊園地じたい初めてだよ!」
「珍しいな。俺のような孤高の存在なともかく、楓の性格ならいつでも来られそうだけど」
「いひひひ。それがボクは最近、製造……。あっ!」
「製造?」
聞き慣れない言葉に怪訝な顔になる。
「ええっと。あ! あれに乗りたい!」
楓は駆け出し、コーヒーカップに乗る。
俺も同乗し、中央にあるハンドルをしっかりと握る。
「これに乗ってみたかったんだ~」
「楽しんでいられるのは今のうちだぞ。さあ、お前の秘密を白状するんだな」
目をすっと細める。
少し汗ばむ手がハンドルを回転させる。
「ひゃっ!」
「くっ!」
コーヒーカップはかなりの速度で回転する。
「ひゃ、ひゃめて!」
「秘密を言うか?」
楓はぶんぶんと
「なら、どちらが先に吐くか、試そうじゃないか!」
回転! 回転!
さらに速度を上げて、遠心力で体が外に持って行かれる。
「ひゃあぁぁぁぁぁ!」
「さあ、吐け! 吐くんだ!」
「いいい嫌だだだだ。うぷっ!」
「お、おい。まさか……」
オロロロロ。
綺麗な吐瀉物が宙を舞い、虹を描く。
遠心力で舞った、それは楓を中心に半径二メートル以内に飛び散る。
「……申し訳ありませんでした」
俺は係員に頭を下げ謝ると、隣でノックダウンしている楓をおんぶする。
幸いにも楓は身長が低く、身軽な方で助かった。
近くのベンチに腰をかけると、緑茶と紅茶を買う。
「楓、どっちがいい?」
「緑茶で、お願いします……」
完全に萎縮している楓は、怖ず怖ずと緑茶を受け取る。
ペットボトルの蓋を開けると、一口あおる。
「ふー。……で、お前は何者だ?」
先ほどの吐瀉物は明らかに人間のそれではなかった。
「なんか……こう、錆び付いた匂いがしたんだが……」
その言葉にびくりっと跳ね上がる楓。
「その……ボクは、アンドロイド。つまり人型ロボットなんです」
「……そうか」
最近、変わった人と出会ってきたせいか、驚きは少ない。
「でも、そんなに怖がらなくていいぞ。それに敬語はやめてくれ」
「わかり……分かったよ。でも、ボクの秘密を知ってどうする気ね?」
「そうだな。まずは、俺の手となり足となり――待った! 冗談だ! 冗談!」
完全に引いていた楓を宥める。
「なんて言うのかな。知らないことがあるのが怖いんだ」
「知っていると安心するのかな?」
「……ああ。そうだな」
緑茶を飲む楓を見て、疑問に思う。
「あれ? ロボットなのに飲めるのか?」
普通なら、機械がさびそうだが。
「ん。大丈夫な。
ボクは有機的ナノマシンによる原子レベルまでの分解・再構築によりエネルギー源とするね。そして、水分の多くは水冷式のシステムとして使われているな。
だから過負荷による発熱を防ぐね。その後、必要ない水分は熱とともに排水されます」
「……つまり?」
「水分を摂ると、トイレに行きたくなるね」
「行ってこいよ!」
楓は緑茶を飲み終えると、即トイレに行く。
「楓はロボットとして、何を気をつければいいんだ?」
「気をつける……?」
「ああ。それが分かっていれば、対処のしようもあるだろ」
ん? これって、俺が面倒を見る話になってないか?
「そうね。ボクはまだ、未調整なので、何度かのメンテナンスやオーバーホールを行うね。だから問題はそこで分かるはず」
「あー。人間でいうところの健康診断か?」
「そうでな!」
「ちょいちょい、語尾がおかしいのは仕様か?」
「うん! 博士がそっちの方が萌えるそうでね」
「おおぅ……」
どうやら、その博士は変わった属性をお持ちのようで。
「しかし、どんなお偉い方が作ったのか……」
「それは国家機密でね!」
「…………」
それって応えてね? 言っちゃったよ。俺、知っちゃったよ。
マズいのでは? こういった時、真っ先に殺されるよね?
「ボクは最新の
「は、はぁ」
なんか壮大なことを言っているけど、俺が聞いていて大丈夫か?
「つまりね。人間とのコミュニケーションをとることでボクというAIは完成されるね」
「ほう! つまり、俺との会話も一種の実験……ということだな」
「そうなるね。あっ! それなら、ボクと付き合ってくれないかな?」
「そういうことならいいぜ」
しかも、俺が楓に認められれば、お偉いさんも危ないことは考えないだろう。
「とりあえず……遊園地で遊ぶか!」
「うん! 遊びたいな!」
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