第4話 コスプレ少女と帰り道。

 結局、七瀬との結婚騒動はその父の不満で消えた。

 それに安堵しつつも、不安の種は尽きない。


「なんで警察のコスプレしてんだ?」

 怪訝な視線を送るが、意を返さない七瀬。

 カチャン。

「なんで手錠をかけるんだ?」

「さあ! いこー! おーっ!」

「……いやいや! これで行ける訳ないだろ!」

 俺の両手には手錠がかけられている。しかも七瀬は警官の恰好だ。

 いくらなんでもマズいだろ。

「あ! これじゃダメだ」

「気がついてくれたか!」

 歓喜の声は、だがしかし、かけられたコートに遮られる。

「うん! やっぱりコートもないとね!」

「いや。これは必要ないだろ……」

「外寒いでしょ?」

「待て待て! 頭からコートをかぶったら意味違くなるだろ! そもそもこのイケメンを隠すとか」

 苦笑しつつ、コートを剥がそうとするが、手錠に阻まれる。

「イケメンには見えないけどね。それよりもかわいい系かな?」

「いやいや! こんなイケメン。滅多にいないだろ!」

 声を荒げて否定するが、七瀬は聞く耳を持たずに手錠を掴む。

「さあ! いこー!」

「ちょっ! ちょっと待て!」

 その声を無視するように七瀬は歩き始める。


 茜色に染まる空の下。

 コートに身を隠し、両手には手錠。そんな俺の隣には警官姿の七瀬。

 傍目からは、警官に補導されている犯罪者の気分だ……。

「俺、何もしていないのに……」

「前科持ちが何を言っているの?」

「はぁ?」

 何を言っているんだ? この小娘は。

 俺は前科などない。清廉潔白な生き方をしてきた。ケンカの一つもしてない。

「見たでしょ? 私の体」

「うっ」

 確かに、その素肌を見てしまった……というよりも、その花園を。

 そんな言われ方をされてしまえば、否定はできない。

「ならいいじゃない」

 何がいいのかは分からないけど、否定できない。

 でも注目を集めているのは単純に恥ずかしい!

「私たちってどう見られているかな?」

「……コスプレとイケメン」

「ん?」

 七瀬はその笑みを崩さずに圧をかけてくる。その後ろに黒いオーラが漂っている気がしますね。

「……警官と犯人」

「良かった! 渾身のコスプレだもん!」

 ニコニコと微笑む七瀬。


 夕暮れの中歩く警官と犯人……


 いや! 七瀬と俺。

 ちなみに七瀬は警棒のようなものを持っているので若干怖い。

 歩いていると、いい匂いが漂ってくる。

 ぐぅぅぅ~と腹の虫をならす七瀬。

「ありゃ。お腹空いた~」

「え。ちょっと待て! どこにいく!」

 七瀬は匂いにつられてふらふらとコンビニに立ち寄る。

 コンビニで宇治抹茶のソフトクリームを買った七瀬。

 ちなみに、店員さん含め周囲がポカーンとした表情で俺たちを見ていた。

「抹茶! 抹茶!」

 嬉しそうにはしゃぐ七瀬を見ていると、俺も何か買えば良かったという気になる。

 だが、あの視線に耐えられなかった。一刻も早く逃げ出したい気持ちになった。

 イケメンである俺はどっかの主人公みたいに、どんな時でもその勇気を発するものだと思っていたが、それは勘違いだったようだ。

 俺は最近いる気弱系主人公らしい。

 残念な気持ちでため息を吐くと、七瀬が顔を近づけてくる。

「どうしたの? あ! お腹空いたンでしょ!」

 そう言い、ソフトクリームを俺の口に突っ込む。

「ふごっ!」

「どう? おいしいでしょ!」

 そう言い、七瀬はソフトクリームを食べ始める。俺が食したの、をだ。

「こ、ここれは。か、かか間接……」

 困惑する俺を置いて前に進む七瀬。

「ちょい待ち! 七瀬は俺の家を知らないだろ!」

「あ。そうでした! でも私の家は知っているんだよね」

「そりゃそうだ。そもそも、盛大に広告していたじゃないか……」

 駅前でチラシを配っていたからこうなった訳で。


「げへへへへ! だね!」

 何が面白いのか分からずに眉間に皺を寄せる。

「そんな怖い顔していると、せっかくのかわいい顔が台無しだよ?」

「いや。俺はイケメンだろ」

「ちゃんと鏡見たことある? 頭大丈夫?」

「なんか! 含みのある言い方だな!」

 主にのところ。強調された気がしてならないんだが。

「おっ! ネコだ!」

 そう指さした先には一匹の黒猫が前足をペロペロとしている。

 あの舐める行為に意味はあるのだろうか?

「げへへへ! かわゆいでしゅな~!」

「おい。言い方がおっさんっぽいぞ」

 一応、年頃の女の子だ。注意はしておこう。

 きっとイケメンならそうする。

 七瀬は猫に近づくと、顎の下をちょいちょいと撫でる。

 喉をゴロゴロと鳴らしている猫。うらやましい……。

 俺には寄ってこないのだ。

「ほら。赤羽くんもやってみなよ!」

「え。いや、俺はその苦手だから……」

「そうなんだ。じゃあ、私が今度ネコのコスプレをしよー!」

 なんでそうなるんだ?

「とりあえず、ネコに触れてみよー!」

 七瀬は俺の手を掴み、無理矢理にでも猫に近づける。

「お、おい」

 しかし、俺は猫が嫌いな訳じゃない。向こうに嫌われるのが嫌なんだ。

 だから触れるというならやぶさかではない。

「ニャー」

 猫は俺の指先に触れる前に素早く回避。毛を逆立て塀の影に消えていく。

「……嫌われているね」

「言わないでくれ」

 こうなるから嫌だったんだよ。猫よりも犬派。

 彼らはすぐに懐くからな。


 歩いて二十分くらいして、自宅が見えてくる。

「あれ? 真っ暗だね。家族は?」

「いや。多分まだ帰ってないんだろうな」

 ふーん、と興味のなさそうに呟く七瀬。

 両親が家にいないことには慣れているが、こんな無関心な反応をされるとは思わなかった。

 もっとこう。

『大変そうだね』とか。『寂しいね』とか。そんな反応が返ってくると思っていたのに。

「それなら、うちに泊まっていけば良かったのに。夕食くらいだしたよ?」

「え。いや、さすがに女の子の家に泊まるのは……」

 同級生の年頃の男女が一つ屋根の下……、あまり良くないだろう。

「でも、ありがと」

 気を遣ってくれたことに素直に感謝の気持ちが湧いてくる。

「だって、手伝ってくれたし。お父さんも気に入っていたし」

 ああ。そうだった。

 七瀬の父は俺を迎え入れたがっていたな。

 しかし、その肝心の七瀬春夏は、コスプレ露出狂ときたものだ。

「まあ。俺は慣れているから」

「知っている?」

「なんだ?」

 いつになく真剣な眼差し。

「慣れって一種の諦め。いや我慢なんだよ」

「…………そう、かもしれないな」

 俺は逡巡しつつも肯定する。

 ここで言い争う意味もない。

 そもそも、彼女の言っているのが間違いには聞こえなかった。

「じゃあね!」

 七瀬はそう言い、立ち去っていく。

「気をつけろよ!」

 七瀬の背中に心配の声をかけるが、本人は聞いちゃいない。

 彼女の言った言葉が、なんとなく心に引っかかった。

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