シナリオ戦創

アオピーナ

EPISODE0 『七匹の悪魔蜂』開幕一節より

  


『蜂に刺された。

 その言葉だけを聞くと、ありふれた日常の中では些末な物事であると言い捨てることは難しいだろう。

 しかし、これが何か壮大な物語であった場合、その尺度は大きく変わる。

 蜂に刺されたことに対してではなく、何の蜂に刺されたのか。

 例えば、その蜂がドクロの頭部を持ち、七色のいずれかに彩られた翅をはためかせた禍々しい姿をしていたのだとしたら。

 刺された者はきっと、業が渦巻く悲劇の螺旋に足を踏み入れざるを得なくなるだろう。

 そして、その者がある神の落とし子の行く末を目にし、ある妖精と出会って歪んだ理を知り得るのもまた必然である。

 そこで、その者は気付く筈だ。

 己が災厄の物語の再現を望み、影の戦より伝わりし血の傀儡となり始めていることに——』


 この小説の序章は、この部分で止まっている。

 ノートパソコンの画面に記されている、『シナリオ:七匹の悪魔蜂』という題名の小説。

 この、身に覚えがない物語を、彼岸咲朔也は不気味に目を細めて読んでいた。

 窓の外から夕日が差し込む狭い自室で、彼は自分の癖毛を撫で、

「……で、これが実際に『シナリオ』として発動しているってことでいいのか? ——妖精」

 虚空を見遣り、そう問いかけた。すると、傍らで金色の粒子が乱舞し、人の形を成す。

「ああ、そういう解釈で構わないよ。『筆者』の朔也君」

 月の灯りを模した長髪を額で分けて肩まで伸ばし、若草色のワンピースドレスを身に纏う妖艶なる美女。

 おとぎ話の挿絵の中から飛び出してきたかのような絢爛さを誇る妖精は、背中で七色に煌めく羽根を霧散させ、翡翠に光る双眸で朔也を射抜いて言った。

「君が今朝に目撃した、『神の落とし子』なる少年が異世界へと戻った光景と、その直後にあった私との出会い……それは向こう側の世界で落とし子が『超規模術式』レベルの何かを発動させたことによる『歪み』が原因だ」

 妖精はそのままゆっくりと歩を進め、「しわ寄せ……とでも言うべきか」と付け加える。

「『悪魔蜂』に刺されるどころか、主役となって脚光をあびることになるとは、大変おめでたいことじゃないか」

「ターチス。俺は最初からこんなことを望んではいなかった。今となっては、全て『影の戦争』から伝わった因縁だからと言われて少しは納得出来たものの……」

「やはり、ヒーローなんてものは柄じゃない、か?」

 妖精——ターチスはくるりと振り返り、「ふむ」と顎に手を添える。

「それでも、お前の身体に流れる血は、お前を英雄として認めているようだが?」

 朔也も椅子を反転させてターチスと向き合い、「はぁ」と嘆息して、制服のシャツの上に着ている黒いパーカーの裾を弄りながら答える。

「俺はただの高二のガキだ。そして少し変わっているとすれば、それは商業作家を夢見る物書きの端くれであることぐらいで……そんな俺の人生が、見知らぬ野郎の異世界事情と見知らぬ因果関係と見知らぬ物語のせいで壊されてたまるかって、今すぐ叫びたい」

「叫べばいいだろう」

「どうせ変わらないだろ? それに、いくら現実逃避しようとしたって、あんたのフィクションじみた姿が一度でも視界に入れば無意味だ」

「お褒めの言葉をどうも」

 何にせよ、と朔也は椅子を立ち上がって身体を伸ばし、

「その『敵』の姿っていうのを実際に目にしない限りは、まだ何とも言えないな」

 そう言って、扉の前に立つと、ドアノブに手をかけて妖精に問いかけた。

「これで、優秀な親友に少しは近付けるかな?」

 妖精は、ふっと笑みを浮かべて答えた。

「サクセスストーリーも悪くはないな」

 

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