化け物運び屋、七五三のために誘拐する。

誘拐はされる本人が了承することでも成立する。でもバレなきゃ問題無い




 屋根の上に、誰かが通る音がした。




 ある一軒家の2階の寝室、ベッドの中で女の子は目を覚ました。


 歳は、7歳ぐらいに見える。


 毛布を抜き取り、思わず周りを見渡す。


 窓の外を見ても、1階の屋根と住宅街、そして暗闇に光る星が見えるだけ。


 女の子は夢を見ていたんだと納得したような顔をして、


 ふいに涙を流した。




 女の子のベッドの側には、写真が立てかけられていた。


 写真に映るのは、幼いころの着物姿の女の子、それに彼女の両親だ。

 皆、神社の鳥居をバックに、満面の笑みを浮かべていた。




「どこに行っちゃったの……お父さん……」


 写真の中の父親を見て、女の子はすすり泣く。


 泣いて、泣いて、泣いて……


 いつしかすすり泣く声は、寝息へと変わっていった。




 コンコン


 窓の音から聞こえてきた音に、女の子は再び目を覚ました。


 また、夢なのだろう。

 そう主張するかのように、女の子は布団から出ずにそのまま眠ろうとした。




 だけど、眠れなかった。


 窓から、誰かの声が聞こえてくるからだ。


「開かねえなあ……こうなったら……ぶち破るか?」


 男性の声。声は若く、もうひとりの誰かに話しかけているようだった。


「ソンナコトシタラ、音デアノ子ノオ母サンマデ起キチャウジャナイ! ソレニ、窓ノ修理代ドウスルノ!?」


 もうひとりは、奇妙な声。人間とは思えない声だ。


「でもよお、他に入れる場所ねえだろ? あの子を起こすのも、なんか邪魔しているようで悪いし」

「デモ、アノ子ノニハ仕方ナイジャナイ。モットモ、アタシタチヲ信用シテクレルカドウカ……」




 ふたりの声が討論している側で、女の子は窓を開けた。

 ベッドの毛布は蹴飛ばしたのか、床に落ちている。




「……よっと、邪魔するぜっと」


 女の子に招き入れられて、男性は寝室に入ってきた。


 いや、少年というべきか。その少年は高校生ぐらいの年代に見え、金髪のミディアムヘアーに、オオカミの頭蓋骨が描かれた白色のTシャツの上には学ランを着ている。しかし、その学ランにはボタンが付いておらず、校門らしきものはどこにもなかった。

 ズボンは動きやすいバイク用パンツ。その太ももには、レッグバッグが付けられており。顔にはゴーグルのようなものを付けている。一目見ると、不良少年のような雰囲気をその少年は持っていた。

 その手には、新聞紙に包まれた本が握られていた。


「ねえ……本当にお父さんに……会えるの?」

 パジャマ姿の女の子は、少年に対して首をかしげる。

「ああ……と言っても、おまえが“変異体”を見ても怖がらなかったらの話だけどな」

 少年は女の子の目線に会わせるようにしゃがむと、ポケットからなにかを取り出し、女の子に見せた。


 少年の手のひらにいるのは、身長は30cmほどの二足歩行のキツネのようなシルエットの生き物が現れた。体はのぞき穴の空いたティッシュで隠しており、まるでてるてるボウズだ。

 その生き物はじっと女の子を見つめると、口を開いた。


「ネエ、アナタ、怖クナイ?」

 両手を広げるその生き物に対して、女の子はうなずく。

「ソレジャア……コレデモ……?」


 その生き物は、ティッシュを脱いだ。


 現れたのは、深紅の赤の毛並みと、面のような無機質な白い顔。


 その生き物……いや、この世界では“変異体”と呼ばれている化け物は、その心境を確かめるように女の子を見ていた。


「これが……変異体?」


 女の子は興味深そうに、変異体を眺めているのを見て、少年とキツネの変異体は胸をなでろした。

「ヨカッタ……変異体ニ対シテ、耐性ハアルノネ」

「私のお母さんは、変異体を見ると誰もが怖がってしまうって言っていたけど……私、怖くないよ?」

 ふたりが安心している理由がわからない女の子に対して、少年は目元のゴーグルをなでる。

「変異体の体を見ると、ガチで恐怖に襲われるけどよお……中には平気なやつもいるんだ。俺さまだってこのゴーグルがなければ腰を抜かしちまうんだ」


 少年は一度キツネの変異体をテーブルの上に置くと、スマホを取り出し、つつきながら話を続けた。

「俺たちはあんたのオヤジさんから依頼を受けて来た“化け物運び屋”だ。あんたが変異体に耐性があるということがわかったから、次はこの写真の着物を持ってきてくれねえか?」


 スマホに映る写真には、女の子のベッドの側に飾られている写真と同じものがあった。

 少年が指を指したのは、幼い女の子が着ている着物だった。


「サイズが合わなかったら別にいいんだけどよお、もし似ているものがあるなら……」

「うん、あるよ。すぐに持ってくる……!」




 女の子が着物を持ってくるまで、5分もかからなかった。

 その着物は写真の着物と同じ柄で、畳まれている状態からでも写真のものより大きいことが一目でわかる。


「よしっ……それじゃあその着物を持って、こいつをめくってやってくれ」


 少年は女の子に、新聞紙に包まれた本を渡した。


 女の子が片手で本をめくってみると、そこに書かれていたのは白紙。


 次のページは、白紙。



 何枚めくっても、白紙。




 そのうち、周りの景色が、






 女の子の寝室から











 図書館の中へと、




 変わった。






「えっと……どこ……?」


 女の子は戸惑ったように、周りを見渡した。


 周りには本の置かれていない本棚が並べられており、女の子の側にあるテーブルの上には、先ほどの本が置かれていた。


 図書館内の部屋は広く、清潔的な白さ、


 そして、巨大な影があった。




「……ドウモ、初メマシテ」


 突然の声に、さすがの女の子も尻餅をついてしまった。


 目の前にいるのは、体育座りをしていても4mはある巨大な化け物。

 肌は濃い紫色。足元のかかとは耳のような形状をしており、筋肉質な体に細い目、そして髪の毛の代わりに生えた無数のツノは、鬼ヶ島にいそうな鬼そのものだ。

 幸いにも、図書館の天井は15mほどある。彼が頭をぶつけてしまうことはなさそうだ。


「安心シテクダサイ。明日ノ夜明ケマデニハ、アナタノ家ニ帰エシマスノデ」

 低くくぐもった声でありながら、紳士的な態度を取る鬼の変異体に対して、女の子は恐る恐る口を開いた。

「キミも、変異体なの?」

「ハイ。ソシテ、ソノ本……イヤ、彼モ、変異体ナノデス」


 鬼の変異体が向いた先にあるのは、ひとつの窓。


 他の窓は外の景色を写さず、ただ図書館内の景色を鏡のように映しているのに対して、その窓だけは暗闇と男の子を映していた。


「どうも……こんにちは……」


 窓の外にいる男の子は短パンにTシャツを着ている。女の子よりも年下……5歳ぐらいの年齢だ。もじもじしながらも、女の子をじっと見ている。


 女の子は自分の近い歳の子に親近感を持ったのか、窓に近づいていった。


「ねえ、ここってどこ?」

 女の子の質問に、鏡の中の男の子は一瞬だけ背伸びをし、やがてちょっと言いにくそうに目を逸らした。

「うん。僕の中」

「?」

「僕は……その……変異体なんだ。本当の姿は本のような見た目で、ここに映っているのは……えっと……」

 説明のための言葉が思いつかずに頭をかかえる鏡の中の男の子に対して、女の子は首をかしげつつも別の話題に移ろうとした。


「ねえ、本当にお父さんに会えるの?」


 その質問に対しては、鏡の中の男の子は女の子と向き合い、迷いなくうなずいた。


「うん。“ケイト”は、約束はちゃんと守ってくれるんだよ」

「ケイト……キミの名前?」

「ううん。学生服を着た、お兄ちゃん」


 まっすぐに答える男の子を見て、鬼の変異体は説明を加えた。


「化け物運ビ屋ハ、変異体カラ依頼ヲ受ケテ物ヲ運ブ職業デス。ケイトサンハ、ナカナカ腕ノ立ツ運ビ屋デスヨ」


 女の子は感心するようにうなずきかけたが、


 その時、なにかの可能性に思い当たったように、目を見開いた。




「それじゃあ……お父さんはもしかして――」




 女の子が最後まで言う前に、鏡の中の男の子は「あっ」と声を上げた。


「今、ケイトが僕をバイクのリアバッグに入れた。もうすぐ君のお父さんのところに向かって、出発するよ」

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