化け物バックパッカー、蒼いジャングルを抜ける。

本来持たない色は人々の興味を引く。本来進むべき道から目を離させて。




 その道から見える景色は、蒼く輝いていた。


 輝く都会でもなく、神秘を感じる洞窟でもない。


 宇宙空間のどこかと言えばロマンチックな例えで、森の中といえば答えに近い。




 その道は、森よりも草が生い茂る、ジャングルだ。


 太陽が照りつけ、湿度が容赦なく水分を奪い取っていく熱帯の昼間でも、そのジャングルは別の絵の具で描かれたように、蒼く輝いていた。


 ジャングルの外からみれば熱帯らしい景色でも、ジャングルの中では別次元のような空間が広がっている。


 しかし、景色は異様であれど、ジャングルはジャングル。


 ジャングルを通り抜けるふたりのうち、ひとりは何度も水筒に口をつけていた。




「“タビアゲハ”……ちゃんと足元は見ておるか?」


 水筒のふたを閉めて、もうひとりに注意を促しているのは、バックパックを背負った老人だ。

 決して叱っているわけでもないのに、どういうわけかこの老人、顔が怖い。

 ジャングルという場所にもかかわらず、黄色いダウンジャケットと頭のショッキングピンクのヘアバンド、背中の黒いバックパックが目立つ、カジュアルな服装をしている。


「ウンショット……チャント見テルヨ」


 その老人の前を先行する、タビアゲハと呼ばれた人物は、人間とは思えないような奇妙な声で返事をした。

 老人のものよりもジャングルに似合わない黒いローブを身にまとっている。顔はローブのフードを被っていてよく見えないが、そのシルエットは女性の体に近い。そして、背中には老人のものと同じ黒いバックパックが背負われている。


「ソレニシテモ……太陽ガ出テイルノニ、ナンダカ夜ッポイ感ジガスルヨネ」

 タビアゲハは近くの木から垂れている蒼いツタを、青みを帯びた影のように黒い手のひらに乗せた。その指先からは、鋭くとがった爪が生えている。

「それは恐らく、この辺りの植物の色のせいだろうな。先ほどの村で聞いた話によれば、この星が地球に似せて開発される前からあったと言われているな」

 その後ろで、老人が周りの植物を見渡しながら解説すると、タビアゲハは気になった様子で振り向いた。

「コノ植物ガコンナ色ヲシテイルノモ、ナニカ理由ガアル?」

「この光景を見た科学者は誰もが首をかしげた。“この場所はどうしてそんなにも蒼いの?”と。しかし、残念ながら解明されていないな。最初はこの星に広まっている“突然変異症”との関連が疑われていたが、特に関係はなかった。今では開拓前から生息しているという結論に至っているが」


 タビアゲハは関心するようにうなずき、口を開けたまま周りを見渡しながら歩き始める。

「タビアゲハ、よそ見してはいかんぞ」

 先ほどから同じことを言われていたのか、老人に対してタビアゲハは不満そうなへの口を見せた。

「ワカッテル……ソコマデ危険ナノ? ココッテ」


 老人は「ああ」とタビアゲハを追い越し、歩きながら語り始める。


「そりゃあ、舗装されていない道を通るんだからな。乗る予定だったバスを逃したから仕方ないのだが、聞いた話ではここでケガをして、3日も助けが来ずに死にかけた者もぉ――」




 老人は消えた。落とし穴に落ちたように。


「“坂春”サンッ!!?」


 慌てて消えた場所に駆け寄ったタビアゲハが見たのは、木の根や草木が隠していた、泥水の池だった。


「タ、タビ……助けっ……」


 突然のことで思うように浮かべないのか、老人は池から何度も手を出しては引っ込めていた。


 タビアゲハが手を伸ばすと、老人の手がタビアゲハの腕をつかむ。


「ッ!!」


 ものすごい力で、タビアゲハが池に引っ張られる。老人のつかむ力が強すぎたのだ。




 その時、池に落ちようとするタビアゲハの足を、何者かがつかんだ。


 つかんだというより、かみついたの方が正しいか。


 体を長く伸ばしたヒルのような生き物は、老人を上回る力でふたりを引っ張り上げた。






「はっ……ぶっしゅいんっ!!!」


 蒼いジャングルの中で、大きなくしゃみの音が響いた。

「……坂春サンノ言ッテイタコト、ナントナクワカッタ」

 木の幹で、タビアゲハは老人の濡れたダウンジャケットを腕に抱えている。

「ああ……少しの油断で……こうだからな……」

 上半身裸の、坂春と呼ばれた老人は身を震わせながら体をタオルで拭いていた。濡れた理由は言うまでも無い。


「それにしても……助けてもらって悪かったな」


 坂春はタビアゲハの隣にしゃがんでいる少年に声をかけた。


「あ……どうも」

 少年は遠慮がちに答えた。


 小学6年生ぐらいの背丈のその少年の服は、ところどころに穴が空いていた。長い間、着替えることもなくひたすら移動を続けているように見える。

 その肩には、小さめのごみ袋ぐらいの大きさのヒルが乗っていた。シルエットだけみると、肩パットにも見える。


 ダウンジャケットをビニール袋に入れながら、タビアゲハは少年の肩に乗っているヒルのような生き物を見つめた。

「君モ……“変異体”ハ平気ナンダネ」

「えっと……うん。多分」

 少年は肩のヒルを見て、うなずいた。ヒルも少年に合わせて同じようにうなずく。

「でも、わからないんだ。周りのみんなは変異体を見ると怖がるのに、僕だけは平気なんだ」

「……お前の周りには、変異体に対して耐性を持つものはいなかったのか?」

 少年は返答として、その場で顔を膝に隠した。坂春は理解したように「そうか」とバックパックから替えの服を取り出した。

「突然変異症によって姿を変えた変異体の姿を、普通の人間が肉眼で見ると恐怖の感情がわき起こる。だが、人によっては耐性を持っており、変異体を見ても平気な人間が存在している。俺もおまえもそのひとりだ」

「……僕がおかしいんじゃないの?」

 

 坂春とタビアゲハは互いに顔を見合わせ、笑みを作った。

「ウン。私タチガ出会ッタ人ノ中ニモ、変異体ガ平気ナ人、イッパイイタ」

「……」


 その時、お腹の音がジャングルに響き渡った。

 いきなりなって驚いたのか、ヒルのような生き物は直立して、頭を首を回すように左右にひねる。


「……腹へったのか?」


 少年は顔を赤らめ、静かにうなずいた。






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