第3話 商人の我輩、墓地を横切る。




 正月に墓参りに来るという話を聞いたことがある。


 1年の初めにご先祖様にあいさつする。それはしっかりした理由だ。




「ねえおじちゃん、どうしてここに来てるの?」


 墓石の前で立っている、小さな女の子の質問に対する回答は、今の我輩は持っていなかった。

「……この辺りで仕事に訪れていて、そのついでにと思ったのである」

 我輩はとりあえず、曖昧な返事をしておくことにした。

「へー、おじちゃんの知り合いの墓がここにいるの?」

「……」

 ここの墓地を通ると近道だから、なんて言えるはずもないので、何か意味ありげな無言でこの場を乗り切ることにした。

「まあいいや。でも、ついでにお参りって本当はいけないんだよ」

「ああ、次からは気をつける」

 手に持つビジネスバッグを持ち直して、我輩はこの場から離れようとした。


「ねえおじちゃん、今回のことを黙ってあげる代わりに、お願い聞いてよ」


 その行く手をふさぐように、女の子は後ろに手を組んで我輩の目の前に移動する。

「……別に黙らなくても問題はないのだが」

「問題はあるよ。すっごく叱られるんだよ! ご先祖様に!」

 先ほどの墓石を指差して、必死で純粋な表情で叫び始めた。

「しかられるとは、どんな風であるか?」

「よくわかんないけど、すっごく怖いんだって! おばあちゃんが言ってた!」

「……そうか。それで、何をすればいい?」

 我輩は女の子の目線に合わせるようにしゃがむ。

「うん。本当はおばあちゃんの代わりに初詣に行くつもりだったけど、お正月のあいさつをご先祖様にしておいたほうがいいって思ったの。それであいさつしたんだけど、ついでにお参りはいけないって思い出しちゃって……」

「それなら、もうお参りしたことを知られているのでは……」

「ご先祖様は寝ていたの! だから聞いてない!」

 顔を赤めて主張するので、反論ができない我輩。

「……わかった。要するに、このことを我輩も黙っていればよいのだな?」

「それもあるけど、一緒に神様に謝りにいかせてよ。神様に謝って、どうかこのことをご先祖様に言わないように頼むの」


 それは神様も許してくれるのだろうか? まあ、あえて聞くまでもないか。




 女の子とともに墓地から立ち去る時、我輩は振り返って墓石を見た。


 女の子の言葉から、彼女はあの四角い墓石の中にご先祖様が眠っていると思っている。


 遠い将来に訪れる人生の終わり、我輩が死んだ後はどの墓石に入ろうか。


 あの墓石も居心地がよさそうだが、西洋の十字架も気になっている。


 まあ、今は考える必要はない。


 別に我輩は自殺志願者ではないから、頭に白髪が生えてから考えよう。


 墓石はなんだっていい。何に代用させても問題ないのである。




 そんなことを考えていると、なんだか罰当たりなような気がした。


 ああ、そうか。


 神社に死という概念を持ち込むのはあまりよくなかったのである。

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