暗闇で照らされる、明るくない光。男は明るい光を求めていた。
Chapter6 暗闇の中で聞いていた
完全な暗闇の中、ひとりの声が静寂を破る。
「弟……まさか、双子か?」
それに答えるように、もうひとりの声が聞こえてくる。
「ああ、君が知っている発明家の双子の兄だ。もっとも、君には姿を見せなかったけどね」
「それならなぜ俺を知っている? 俺があいつと知り合いであることだけでなく、あの黒いローブを持って行ったことも?」
「全部聞いていたさ、暗闇の寝室で、毛布にくるまってね。僕は体が弱いんだ。あの時だって、病気を移さないように部屋から出られなかった」
「それじゃあ……あいつはどこにいるんだ?」
再び、静寂が訪れる。
次に静寂が破られたのは、腹を抱えていそうな笑い声だ。
「本当に……本当に最高な気分だったよ……ハハハハ……警察に通報したあの時の……あいつの顔といったら……本当にいい気味だったよ……」
数秒間、笑い声が響く。
「あいつが……あんな姿になった時……始めて僕と
笑い声が止まり、また静寂が訪れる。
「なぜあいつのマネをしているんだ?」
「……変異体をかくまうことは、罪になる。当然、僕も覚悟したさ。だけどあの時、警官は言ったんだ。おまえが弟になりきれば、罪を免除してやる。それに手当ても少しだけ出してやる……てな」
「……ここを訪れた変異体を通報するワナとしてか」
「その通り……変異体が人間に戻る方法なんて、本当はなかったんだ。変異体が人間に戻ったというウワサを流し、やってきた変異体を受け入れるフリをして、通報する……弟を裏切った兄にお似合いのお仕事だよ……きっと知り合いの商人も、僕の正体はわかっていたんだよな。ここに来るように伝達していなかった上に、アプリの利用を停止されていたなんて……今日初めて知ったよ」
また、静寂。
「なあ、今度は君が教えてくれ……なぜ変異体と旅をしているんだ?」
「理由か? それは俺自身もよくわからんよ」
「あの時の弟の会話は今でも覚えている。これを見知らぬ変異体に与えてくれ。そして“1日だけ”一緒に付き添って、使い心地を聞いてくれないか……」
「そういえば、そんな約束をしていたな」
「弟は付きそうのは1日だけでいいって言ってたはずだ。だけど、君はローブを着た彼女とともにここに訪れた。その上、君は彼女に心を開いているようだった。あの時の声とだいぶ違う、まるでともに旅をしてきたように」
次に訪れたのは静寂ではなく、「うーん」という、考えるような言葉。
「始めて出会ったあの日、タビアゲハはこの世界の価値を見せてくれと言っていた。その時から俺は、逆にこの世界の価値を見させてくれると期待していたのかもな」
「……本当に確証はあるのか? その期待は……」
「あっさり裏切られるかもしれない。それでも、暗くじめじめした見方で世界を見るよりはましだろ」
Chapter7 期待
「昨日はすまなかったな」
朝日が照らされる中、坂春は家の外で男に礼を言った。
「……」
今から立ち去ろうとする坂春とタビアゲハを見送る男は、言葉を探すようにに足元を見つめていた。
「スマナカッタッテ……ナニガ?」
「……寝床を用意してくれた上に、あんなうまい飯を食わせてもらったことだ」
坂春の説明に、タビアゲハは納得したようにうなずいた。その動作はいつもよりもやや不自然にも見える。
「それじゃあな、タビアゲハ、行くぞ」
ふたりは振り返り、歩き始めた。
「なあ、待ってくれ」
「……」「……」
男の声に、ふたりは立ち止まった。
「僕にも……来るだろうか? 期待がもてる人に」
坂春は向きをそのままに首をかしげ、また歩き始めようとした。
「……キット、来ルト思ウ」
タビアゲハは、男に顔を向けて言った。
それとともに、触覚が動くような音がした。
「……」「……タ……タビアゲハ?」
「……イコウ、坂春サン」
戸惑う坂春の手をつつき、タビアゲハは歩き始めた。
男の家から離れた小道。
その中で坂春は口を開く。
「昨日の夜は……その……途中で起きたりしたか?」
「ウウン、グッスリ眠レタ」
「……なにか、聞こえたりしたか? 俺の声とか」
「坂春サン、起キテタノ?」
まるでとぼけるかのようなタビアゲハの答えに、坂春は何かがモヤモヤとしているような表情で首をひねっていた。
Chapter8 兄と光
暗闇の中に、光が入りこむ。
その光から、ひとつの人影が現れる。
光はだんだんと細くなり、扉の閉まる音とともに、部屋は再び暗闇に包まれる。
人影は床に落ちた何かを拾い上げると、それを耳に当てた。
しばらくして、人影はカーテンを広げた。
カーテンにほとんど
男は手にしたビデオレコーダーを、ガラスに向かって、投げた。
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