★化け物バックパッカー、変異体ハンターと出会う。
少女は呆然とする。変わり果てた母親の前で。
薄暗い部屋の中、
少女の頬に、黒い液体が飛び散った。
目の前には、煙を上げる拳銃。
少女の足元には、手がついた大蛇。
なくなった首の断面から黒い液体があふれだす。
部屋に入ってくる、ゴーグルをかけた大人たち。
彼らは足元に散らばった目玉や肉片を、
生ゴミのようにビニール袋に入れていく。
お母さん。
少女はそうつぶやいた。
ゴーグルをかけた大人が、少女の目の前で化け物を回収した。
「先輩、どうしたんですか?」
とある街のゴミ捨て場に捨てられたビニール袋を、女性はじっと見つめていた。
その様子に、疑問を覚えた男性が心配そうに尋ねる。
「ん? いや、なんにもないよお」
女性はかったるそうに答え、歩き始めた。
その女性はロングヘアーに、薄着のヘソ出しルック、ショートパンツにレースアップ・シューズ。その手には大きなハンドバッグが握られていた。
そのスタイルは、まさに素晴らしい。
「それにしても、まだ依頼主から電話がかかってこないですね」
そう言う男性はショートヘアーにキャップ、横に広がった体形に合うポロシャツ、ジーパンにスニーカー。その背中には大きなリュックサックが背負われていた。
その体格は、ある意味素晴らしい。
「とりあえず待つしかないでしょー、“
「そうですよね……だったら、どっか観光でもしません?」
「そういうのは依頼が終わってからって約束だったよねえ」
「別にいいじゃないっすか、まだ時間がありますし」
「だったら、あの喫茶店で待ち合わせだねえ。あたし、適当にスマホつついているからさあ」
「せっかくこの街に来たんですから、観光でもしましょうよ。そうだ、ここの街って港で行われている市場に行ってみましょう!」
「いってらっしゃーい」
「なに言っているんすか! “
「……はあ」
街にある港には、複数の船が停泊していた。
その側には市場が開かれており、海産物を中心にさまざまな特産品が売られていた。道は観光客でにぎわい、店員の声がひっきりなしに聞こえてくる。
そこの飲食スペースで、少しだけ目立っている2人がいた。
「うーむ、今年もなかなかの美味がそろったな」
テーブルを覆い被さるプラスチックトレイの数々。それを前にして老人はつまようじを動かしている。
その隣では黒いローブを着た少女が座っており、残りは二席の空席がある。
この老人、顔が怖い。黄色のデニムジャケットに頭にはショッキングピンクのヘアバンドを着けており、その背中には黒く大きなバックパックが背負われている。俗に言うバックパッカーである。
「……スゴイ食欲」
その隣で、ローブを着た少女がつぶやいた。
全身を黒いローブで包んでおり、その顔はフードで隠れているために黒い頬しか見えない。全体をよく見ると女性のような体形をしており、背中には老人と同じバックパックが背負われていた。
「オナカ……マタ痛クナラナイヨネ?」
「心配するな。せっかく安い値段で買えたのだから、腹にためておかんといかんだろう」
老人は気にすることなく腹をさすっていたが、ローブの少女を見ると気まずそうな顔をした。
「……なんか、すまんな。お嬢さん、ひとつも食べてないもんだから」
「イイノ。私、食ベ物ヲ食ベルコトガ出来ナイカラ。ソレニ、オイシソウニ食ベテイルオジイサン、面白イシ」
「そうか……なら、デザートでも頼んでくるか」
老人は立ち上がり、近くにあったソフトクリーム屋に向かっていった。
「すみません、そこの席、いいっすか?」
ローブの少女が声の聞こえた方向を振り返ると、ビニールパックを持った2人の男女がいた。
「……」
ローブの少女は何も言わずにうなずき、テーブルのビニールパックを寄せた。
男性はドシリと座り、女性に手招きした。
「さあ、早く座ってくださいよ」
「大森さん、あたしが立ち食いでもすると思っているのお」
晴海は大森の隣の席に座った。
「俺って遠慮するのが苦手なんで言わせてもらいますけど、なんか晴海さんって、正直よくわからないんっすよね。口調が軽いわりには冷たいし」
「遠慮って本人の目の前で悪口を言うことなんだねえ。まあよく言われるからいいんだけどお」
「それにしても、なんか緊張しているんですよね。俺、“変異体”の目前で動けるかなぁ……」
ローブの少女が動揺したように椅子に座り直した。
「慰めてほしいのお? ゴーグルをかけたら大丈夫。はい以上」
「そういえば晴海さんはゴーグルがなくても大丈夫ですよね。“突然変異症”にかかった人間は体が奇妙な姿に変形、その部分を普通の人間が見ると恐怖の感情が引き起こされる。だけど晴海さんは平気なんですよね」
そう言いながら大森はローブの少女をちらりと見えた。
ローブの少女は、テーブルに手を乗せて震えていた。
今にでも離れたいと言わんばかりに。
「あの、大丈夫ですか? 顔色とか悪いんじゃあ……」
「……」
大森は少女の顔色を確かめようとしてローブのフードの中をのぞき込もうとした。
「……え」
その手に、鳥肌が立った。
フードの中にあったのは、
変異体と呼ばれる、化け物だ。
「あなた……変異体なんですかあ……」
大森の様子を見た晴海は、ローブ……否、変異体の少女にそう言い放ち、にらんだ。
「……!」
少女はすぐに立ち上がり、立ち去ろうとした。
「どうしたんだ、お嬢さん」
変異体の少女と晴海は、声の聞こえた方向に首を向けた。
老人が、ソフトクリームを片手に戻ってきていた。
晴海の顔を見ると目を細め、思い出したように「ああ」と声を出しながら納得したようにうなずいた。
「あんた、晴海ちゃんか?」
「……ハゲなくてよかったですねえ、“
ため息をつく晴海。
「先輩、そのじいさんと知り合いですか?」「オジイサン、ソンナ名前ダッタノ?」
大森と変異体の少女が同時のタイミングで尋ねる。
大森はゴーグルを手にして晴海の顔を見ていたが、無視された。
一方、老人は笑みを浮かべながら変異体の少女に顔を向けた。
「この晴海ちゃんはな、元警察だったんだ。最近は“変異体ハンター”と呼ばれる仕事に就いていると風のウワサで聞いたことがある」
「変異体……ハンター……」
「変異体ハンターは警察では手に負えない変異体、ある理由で警察に頼めない変異体の処理を請け負っている」
「……」
おびえたような目……もとい、触覚で晴海と大森を見る。それに気づいた大森はゴーグルを装着し、変異体の少女に話しかけた。
「心配はいりませんよ。俺たちが受ける依頼は基本的に自我を失い、被害を与える変異体だけっすから!」
「あくまでも基本的なんですけどねえ」
やる気のない声を出しながら、晴海は変異体の少女をにらみ続けていた。
老人はソフトクリームを食べ終わった後、変異体の少女を連れて去って行った。
その後ろ姿を見ながら晴海はため息をついた。
「どうしてあんなこと言っちゃったのお? 大森さん」
「だって心配そうに見られたもんだから、つい……」
「そのわりには、むっちゃびびっていたけどねえ」
「なんだか恥ずかしいですけど……」
大森は照れながらゴーグルを外した。
「俺、会ってみたいんですよ。夢を持ってて、それをかなえようとしている変異体。最後の警察の仕事で出会った、あいつの言っていた夢をかなえ続ける変異体に」
「……夢物語は口にしないほうがいいよお、よけい空しくなるだけだからねえ」
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