化け物バックパッカー、人形を背負う。
青年は窓の外を見て、自分の夢に興味を持った者を見つけた。
線路を走る電車が、音を出して走り去る。
目的地に向かって走る電車の中で揺れる乗客たち。
その中でも、ひときわ異彩を放つ存在がいた。
「……なんなの? あれ」
彼らと向き合って座っていた女子高校生のひとりは、隣にいる友人に尋ねた。
「なんなのって、顔が怖いけど普通にダンディなおじいさまじゃない。大きなリュックを背負っているから、旅行しているんじゃないの?」
気にせずスマホを動かしている友人に対して、女子高校生は首を振る。
「その隣に座っている人よ。あの魔法使いみたいな黒いローブを着ている人、なんか不気味じゃない? 隣のおじいさんと同じリュック背負っているし」
「怪しい宗教なんじゃない? それとも、おじいさまの趣味とか」
「そうかしら……でも、見ていて本当に気味悪いわ。ちらちらとアゴが見えているけど、その度に寒気がするもの」
「見ると必ず恐怖に襲われる、“変異体”だったりして」
「や、やめてよ!」
「あははは!! あなた、こういう話は苦手だったね。冗談よ!」
「……冗談じゃなかったりするがな」
はしゃぐ二人を見ていた老人は、目線をそらした。
彼女たちの言うとおり、この老人、顔が怖い。
服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドと、この時代にしてはある意味個性的。
その背中には黒く大きなバックパックが背負っている。俗に言うバックパッカーである。
やがて電車は速度を落とす。
止まらなければならない駅が見えてきたからだ。
「ヤッパリ……怪シク見エルノカナ……」
駅前のベンチに座って、少女は自分のローブを気にしていた。
その声は、普通の人間とは言えない。
「勝手に言わせておけばいい。体を見せなければなんの問題もないだろう」
老人はサンドイッチを口に入れた。
「もぐもぐ……ところで……もぐもぐ……そのバックパック……もぐもぐ……背負い心地は……ごくん……どうだ?」
「イイ感ジ。デモコレ……オジイサンノダヨネ……?」
「心配はいらん。ちょうど処分するつもりだったんだ」
老人の背中のバックパックには、変異体の少女が背負うバックパックよりも新しく、そして膨らんでいた。
「完食完食……と。さてお嬢さん、どこか行きたいところはあるか?」
サンドイッチの容器をビニール袋に入れながら老人は少女を見つめた。
「……ワカラナイ。オジイサンハ、コノ街ニハ来タコトアルノ?」
「まああるが……見ない内に随分街並みも変わっているからな……」
「ドコカ印象ニ残ッタ場所ハ?」
「うーむ……一件だけあるが、今もあるかどうか……ひとまず、行ってみるか」
他の人々に紛れるように、老人と変異体の少女は歩道を歩く。
「ドンナ所ナノ?」
「主にぬいぐるみを扱う人形店だ。店は小さいが店長の腕はなかなかでな、密かなファンがよく来ていた店だったんだ」
「ダッタ……?」
「あの店長は俺よりも年上。今も生きているか、今まで通りに人形を作っているかどうかも怪しいだろう」
「死ンデイルカモシレナイノ?」
「そういうことだ。まあ彼には息子と娘がいるが……息子は跡を継ぐ気はあるが、才能は絶望的。娘はそもそも興味すら持っていない……というウワサは聞いた」
「……」
「まあ、見るまではわからないだろうな……到着したぞ」
二人がある店の前で立ち止まると、ローブの少女は看板を見た。
「化ケ物……“ヌイグルミ店”……?」
「店主のぬいぐるみは、よく“化け物”と言われていた。無論、この世界で言う変異体のことではない。奇抜なデザインから、“化け物ぬいぐるみ店”という名称がついた」
説明を終えると、老人はガラスの向こう側をのぞく。
飾られていたのは、猫とウサギが混じったような生物、豆腐のような体にクモのような足が生えた生物、布でできたデスマスク、十個の口を持つ丸い体の生物……
「……昔はよくわからんものばっかりだったが、今のはだいぶマシになっているな。それを差し引いても、このセンスを理解できる子供は残っていな……」
「ナニコレカワイイ」
「……」
頬をガラスに張り付かせているローブの少女。
「……かわいいって、ウサギみたいなやつか?」
「ウウン、3ツ隣ノ丸イ子」
「どこがかわいいんだあ……」
「カワイイヨ、タクサンノ……クチ」
老人はため息をついた。
その様子を、店の2階から眺めている人影があった。
「あの人、僕の作品を気に入っているのか? 顔を見てみたいな……」
「お兄ちゃん、買い物してくるね」
「……ああ」
店の入り口の扉が開き、老人とローブの少女が入店した。
「ワア……!」
少女は純粋なまなざしで人形を見て回る。
「まだガラスに飾られた人形の方がマシだな」
「ソンナコトナイ。コッチノ方ガカワイイ」
「喜ぶならそれでいいが……う……」
突然、老人は腹を押さえた。
「オジイサン、ダイジョウブ?」
「あ……ああ……ちょっと腹が……ここの店のトイレを借りるしかないな……ん?」
“立入禁止。この扉には触れないでください”
老人の目の前の扉には、このような張り紙が貼っていた。
「店員は……」
カウンターには誰もいない。
「……この先か?」
扉を見つめた後、右手の拳でノック。その後に腹に力を入れないように叫ぶ。
「すみません、トイレを貸していただけませんか」
「……オジイサン、張リ紙」
ローブの少女は、扉の張り紙を指差した。
「ああ、わかっとる……だが今は腹が……」
「扉……触ッチャ……駄目ナンジャア……」
ガチャ
扉から、店員と思わしき女性が現れた。表情は不機嫌という文字が書いているかのように険しい。
「……張り紙、見ましたか?」
「ドアノブに触れないでください……だったか?」
老人が答えた瞬間、店員は腹に目掛けて拳をつきだした。
「……キレはいい」
「……!」「……」
店員の右腕の拳は、老人の手に受け止められていた。
「俺はドアノブと扉を勘違いしただけだ。そんなことよりもトイレを貸してくれ」
「……近くの公園を使ってください」
それでも素っ気なく答える店員。
「今は腹の痛みは収まっているが、いずれまた始まる。すぐに立ち去るから……」
「駄目です」
その言葉に老人はため息をついた。と同時に、腹を押さえた。
「いかん、また腹が痛くなってきた……仕方ない、店を出るぞお嬢さん」
少女に告げると、老人は走るように店を去っていった。
「……」
少女は何も言わずにその場に倒れた。店員はつき出したままの
「何がキレがいいのよ、トイレじじい……」
腹を殴られ気を失った少女を引っ張り、店員は扉へと入っていった。
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