第50話 ストラテクラクスⅡ
「行くぞ」
女戦士に頷き、宿の外へと出るとすぐに、背後でドアが閉まりテーブルを動かす音が聞こえてくる。侵入を試みる魔物を拒むためのバリケートが出来ているらしい。日はすでに沈んでいるものの、まだ人通りがなくなる時間帯ではないのに、街灯に照らされる通りには人の影が全くなかった。
「まずは一番近い西門に向かうよ」
重量のある大剣を担いでいるとは思えない軽快な足取りで走り出す女戦士にキトリーは併走しながら話を聞く。
「で、ストラテクラクスってのは?」
「簡単に言えば、魔物の共食いのことさ。干ばつの影響で魔物が増えるのはわかるだろ。餓死した獣ってのは、そのときの記憶があるのか魔物になった時に酷く飢えているらしくてな、通常は群れを作るタイプの魔物が共食いを始めることがある。そして、共食いをして生き残った一体は喰らった魔物の分、同種の魔物よりも強い力を得るんだ。しかも、単体でも厄介なくせに他の魔物を従えることもある」
「つまり、魔物の大群が押し寄せてるってこと」
「そういうこと」
あっさりとそういう女戦士の横顔を見ながら、キトリーは背中をつーと汗が流れ落ちるのを感じていた。
「くく、そんなに怖がんなよ。さっきの警報は、飛翔するタイプの魔物の侵入を意味している。おそらくホーグあたりの雑魚魔蟲だろうさ。神の奇跡で街を守る結界が強化されるまでの間に数十匹は侵入されるかもしれないが、子供でも殺れる程度の雑魚だ。戸締りさえしてれば問題はない」
「つまり、侵入してきた魔物を狩ればいいってこと」
「まあ、初心者ならそれで十分だろうさ。魔物を狩ったら、魔核を取って門に向かえ、侵入した魔物の数はカウントされてるはずだ」
「わかった」
キトリーは頷き、上空に敵がいないかと目を凝らす。ホーグが相手なら確かに問題はなにもない。ルーがキトリーをあっさりと戦いの場に出したのが不思議ではあったけども、事情が分かれば納得できる。雑魚とはいえ、魔物が町に入っているのなら少しでも戦力はほしいはずだ。キトリーが知らないだけで、ステラテクラクスというのは一般的な現象なのだ。本来であれば、親から子へ教育される類の事象。
走りながらキトリーは一匹のホーグを見つけた。体長1トールほどの緑色の蟲である。見た目はカナブンによく似ている。太もものポケットからスリングと玉を取り出すと、勢いよく回転させる。3階建ての建物の上の方で何かを探すように飛んでいるところに、キトリーのスリングショットが命中する。一撃で頭部を粉砕し、落下するのを確認する。
いつの間にか女戦士はどこかへ消えていた。おそらく別の魔物を見つけたのだろうと、大して気にすることなくホーグの死骸へと駆け寄った。蟲型の魔物の場合、魔核は頭部に存在しているので、スリングの一撃で吹き飛ばしてしまってないかと不安だったが、残っていたことに安堵して魔核を取り出した。死骸をどうしたら良いかは聞いていなかったので、ひとまずそのままにしておく。
魔物の数を町で把握しているのなら、すべての魔核が集まるまで安心して外を歩けないことを意味する。攻撃する場所は選んだほうがいいのかもしれない。そんなことを思いながら、門への道を歩みつつ別の魔物がいないかと目を光らせる。
途中、3体ほどのホーグを追加で仕留めると、それ以上の魔物の姿を発見できなかったため、キトリーは門の前までやってきた。外壁の上には多くの兵士が詰めかけ、弓兵部隊により上空のホーグへの斉射が行われていた。微かに光の屈折が可笑しく見えるのは、おそらく神の奇跡による結界というものだろう。
見えない壁に激突するように、ホーグの侵入を拒んでいるのが見えた。神の家に住んでいる間も、司祭や司教による癒しの奇跡を見たことはなかったため、不思議な気分になる。すでに、精霊魔法の類に魔物といった不思議生物は見てきていたのだけども、改めてファンタジーな世界にいるという実感がキトリーの中にわいてくる。
外壁に近づいてくるキトリーの姿に気づいた兵士が、駆け寄ってきたので4体のホーグを仕留めたことを説明して、魔核を譲り渡す。
「冒険者の方でしたら、冒険者証を見せていただけますか?」
キトリーがプレートを取り出すと、少し驚いたような顔を見せた。
「見習いの方でしたか。ご協力感謝しますが、無理せず建物の中への避難をお勧めします。それから、回収された魔核については明日の昼過ぎでしたらギルドの方から報酬が出ますので受け取りに行ってください」
なるほど、そういうシステムかとキトリーが肯いていると、外壁に巨大な質量を持つ何かがぶつかったような大きな音が響いた。
「あれは?」
「外にグレンガシートが数体いるようです。ただ、名のある冒険者が対応しているので大丈夫ですよ」
「…見ても?」
「構いませんが、外壁の上の半分は結界の外になるので自己責任でお願いします」
許可を得てからキトリーは外壁へ登れる階段へと進む。その途中にも、何度か壁にぶつかる音が聞こえくる。階段を上がると、言われた通り2トールほどの幅の外壁上の通路のちょうど真ん中あたりに光の壁が存在した。それが結界の境界線だとわかる。
上空のホーグを警戒しつつ、外壁の下をのぞき込むと20トールはありそうな巨大なムカデのような魔蟲が4体うごめいていた。すでに2体は切り裂かれて動きを止めている。巨大な敵を相手に戦っているのはたった一人、先ほどの女戦士だとわかった。ギルドでも星五つと言われていたし、兵士達にも知られているほど相当な実力者なのだろう。
四方から襲い掛かる巨大な牙を躱しながら、超重量の大剣を振り回す。金属同士がぶつかり合うような高い音を響かせながら、一対多の中でも彼女は一歩も引かずに暴れていた。口の端が嬉しそうに上がっているように見えるのは気のせいだろうか。
20トールを超す巨体が全身を鞭のようにしならせて、彼女の体へ叩きつけようとするのを女戦士は大剣で弾き返した。人の限界を遥かに超えた戦いにキトリーは言葉を飲み込んだ。女戦士の身体はうっすらと赤いオーラに覆われている。何らかのスキルを使用しているのだろう。とはいえ、残り4体のグランガシートを一人で倒すのが簡単とは思えない。彼女の激闘を手助けせずに上空のホーグを射続ける兵士の一人にキトリーは話しかけた。
「手を貸さなくていいの。さすがにあの数は厳しくない?」
魔物に狙いを定めたまま、一瞬だけキトリーの方を見ると軽く首を振った。
「我々では足手まといになるだけです。グレンガシートの外殻は硬くて傷一つ付けられません」
「硬いってのはどの程度?キールバーンより硬い?」
「まさか!さすがにそれほどではないけど」
納得したように肯くと、キトリーは兵士たちからほんの少し距離を取って槍を構えた。大きく息を吐き中腰になる。槍の重心近くを右の手で握りこんだ。
「ちょっと君!素人が下手な真似をするんじゃない!」
階段の下から聞こえてくるのは、先ほど魔核を預けた兵士だろう。キトリーが見習い冒険者と知っていて止めようとしているのだ。だが、集中に入り始めたキトリーは、彼の声をシャットアウトする。止まることなく動き続ける女戦士と、執拗に攻撃を繰り返す4体のグランガシートの動きを追いかけタイミングを見計らう。
「君!」
階段を駆け上がってきた兵士が力強い声で、キトリーを止めようとした時には赤いオーラが体を包み始めていた。その様子に思わず息をのみ、伸ばしかけていた手を止めた。
グランガシートの咢を下からの斬撃ではじき返した女戦士に、二方向から追撃が入りそうになった。右手から伸びてくる攻撃を大剣で受け止めようとしているのを見たキトリーが反対側の一体に向かって『空牙槍』を放った。
女戦士が大剣でグランガシートの頭突きを受け止め、背後の敵を振り返った瞬間、頭部に真横から槍が突き刺さりそのままグランガシートは倒れていく。
近くからおぉという野太い歓声が上がり、女戦士は予想外の出来事に驚きつつも、「くく」と小さく笑いながら正面のグランガシートを両断した。
残り2体となったグランガシートに対して女戦士は圧倒的だった。元々6体いた時ですら、グランガシートは女戦士に押されていたのだ。時間とともに疲労は重なっていたが、それでも力の差は歴然ということだろう。あっという間に2体を沈めると、キトリーに向かって吠えた。
「ったく。何がハバクラムジーは偶々だってんだよ」
「悪いけど、槍取ってもらっていい?」
悪態をつく女戦士に動じることなくキトリーは投げ放った槍の回収をお願いする。頼まれた彼女は小声で文句を言いながら、キトリーの槍を魔物から抜き取ると、キトリーに向かって投げつけた。
「あぶな!」
殺すつもりの投擲ではないので、キトリーは驚きつつもしっかりと槍の柄をつかみ取る。ありがとうと声を掛けようと女戦士の姿を探していると、高さ4トールほどもある壁をあっさりと超えて飛び上がってきた。
-化け物じゃん
「すみません。助かりました。お疲れのところ申し訳ないですが、南門の方の手伝いをお願いできませんか。あちらに本体がいるようです」
「ああ、任せな」
キトリーの攻撃を止めようとしていた兵士が女戦士に声をかけると、彼女は男前な笑みを浮かべて大剣の腹をたたき、請け負った。
「ほら、行くよ」
階段を降りようとしてた女戦士が、キトリーを振り返る。
「私も?」
「ったりめぇだろ。なかなかいいスキル持ってるじゃねぇか。付いてこいよ」
「すみませんが、お願いします」
きょとんとしているキトリーに向かって女戦士と、兵士がそれぞれ声をかける。キトリーとしては、そもそも魔物に町が襲われているというので、少し手伝おうと思っていただけで、結界も張られており、目の前に『名のある冒険者』と呼ばれるほどの人がいるのなら、もう十分かなと考えていた。
「早くしろ」
急かされるまま、仕方がないので階段を降りるとグルゥに繋がれた小さな獣車が待機していた。通常の獣車とも荷車とも違い人が立って乗るのが限界という程度のスペースしかない変わった形の乗り物だった。巨大な樽を縦に半分に割ったものに、車輪が二つ。グルゥが引っ張って走らなければ、傾いてしまうような中途半端な乗り物である。
キトリーと女戦士が車に乗ると、先頭に立っている兵士が手綱を振るった。グルゥが徐々に加速していき、石畳の上で時々体が跳ねる。女戦士はどういうバランス感覚をしているのか、手ぶらで飄々と乗っているがキトリーは落とされないようにと車の縁を必死に掴んだ。
基本的に獣車は人が歩く程度の速度しか出さないのに、このグルゥは全力で走っていたのでかなり早い。いつもののんびり走る姿しか見ないため、こんな速度で走れたのかと驚いていると、舌を噛みそうな振動がある中、平然と女戦士が話しかけてくる。
「キトリー、年はいくつだい?」
「17」
「くく、17か!その年でスキルを習得済みってのは中々…」
「あんたのスキルって何?」
「ん、ああ。見てたら分かるだろ。身体強化だよ。スキルには色々あるが、全体的な底上げができるからな。これ以上使いがってのいいスキルはないと思うぜ。覚えるのが大変だし、体力の消耗も激しいけどな」
確かに。と頷く。キトリーの空牙槍は単純な攻撃力や対空戦に使えること、それから出鱈目な射程距離という点においてメリットは大きい。しかし、どうしても得物を手放さなければならないデメリットを抱えている。それと比較すれば、単純に肉体を強化できるスキルというのはデメリットが少ない。
「お二人とも、もう少しで着きます」
手綱を握る兵の声に呼応するかのように、戦闘音が聞こえてくる。先ほどと同じように外壁へ激突する音や、金属同士がぶつかり合う甲高い音、さらには兵たちの鬨の声も聞こえてきた。
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