第24話 貴族のあり方

「あなた!ソールズベリー家の獣車を踏みつけるなんて、一体どうゆう了見ですの?」


 すごい剣幕で怒鳴られて、キトリーはやれやれと嘆息した。踏みつけた覚えはない。もちろん客車の屋根には上ったけども、それはより近い位置から青キールバーンと相対するためだ。でも、言ったところで無駄だろう。


「申し訳ありませんでした」

「あなた……謝る気ありませんね。平民風情が公爵家に向かってその態度、もはや謝っても遅くってよ」


 こめかみをぴくぴくと引きつらせて怒気をあらわにする貴族令嬢に、キトリーは自分の言葉が棒読みになっていたらしいと理解する。


「お嬢様」


 大盾に守られていたもう一人の女性が、少し強い様子で声をかける。やはり母親ではなかったらしい。


「この方の助力で、助かったのです。まずは礼を」

「別にこの者がいなくても、私の騎士達なら何の問題もなかったでしょう。それを横からしゃしゃり出て来て」

「お嬢様、我々が苦戦していたのは事実です。素人の私にもそれは分かりました。まずはこの場を代表して、お嬢様から礼を申し上げるべきです。ソールズベリー家の一員として、礼節の重要性は理解しているのでしょう」

「……わかったわよ」


 しぶしぶという感じでキトリーに向き直る。妙齢の女性は教育係のような存在なのかもしれない。キトリーは早く解放してくれないかなと思いつつも、この場を立ち去ることが許されないことだけは理解していた。


「あなた、お名前はなんておっしゃるの」

「キトリー」

「そうですか…」


 キトリーへと向き直った公爵令嬢はスカートのつまみ、軽くひざを曲げた。


「ダダン王国の家臣ーソールズベリー公爵が長女、マティエラ・クーナ・フェン・ソールズベリーが魔物と戦闘中、助力を頂いたこと心より感謝申し上げます」


 そういってスカートから手を離し両手を広げた。ルーとの邂逅を思い出し、ハグされるのかと身構えていると、パフォーマーがステージで観客にするように右手をくるくると回して一礼をする。ルーの時と少しばかり違う。やり方もいくつかあるのだろう。キトリーは拍子抜けしてしまった。


-まあ、抱き疲れるのはごめんこうむりたいけど…


「さて、それじゃあ、お礼ですけど、金貨1枚もあれば十分でしょう。それで、もう少しマシなお召し物を買うとよろしいですわ」


 キトリーの服を上下に見て、哀れむような目を向ける。

 余りにも失礼な態度に、キトリーのまゆ頭に深い皺が生まれる。


「そんなもの…」

「キトリー」


 キトリーが金貨を跳ね除けようとするのを、追いついてきたルーが止める。

 小さな声で「私に任せて」という。


「横から失礼いたします。私どものようなものには過分のお礼と存じますが、公爵令嬢様のご好意をお断りするのもまた失礼と存じます。賜りました金品は、我が家の家宝とし、末代まで受け継がせていただきます」

「お金は使ってこそでしてよ」

「ありがたきお言葉感謝いたします。それでは、家宝として公爵令嬢様との今日の日の出来事を、末代まで語り継いで行きたいと存じます」

「よろしくてよ」


 余りにも持ってまわった言い方に、キトリーは驚愕する。これでは、礼を受け取ったキトリーたちのほうが感謝していることになる。それが、貴族と平民の違いということなのだろう。改めてルーが元貴族だということが思い出す。


 ルーに金貨が一枚渡され、それを恭しく両の手で受け取る。

 キトリーが獣車の上に乗ったこともなかったことにされたようで、マティエラは車の中へ入っていった。後を追う教育係の女性が振り返り一礼する。


「貴女…いえ、先を急ぎますので、これにて失礼いたします」


 ルーと一瞬目を合わせた教育係が不思議そうな顔を見せた。しかし、すぐに踵を返して、マティエスの消えた客車へと続いた。貴族への正しい挨拶を返したルーが不可解だったのだろう。マティエスには、当たり前に見えても、本来、貴族とかかわりのない平民が知るはずもない言葉遣いや仕草を身に着けていることは奇異に移ったに違いない。


 だが、それを問いただすよりも、彼女達には急ぎの用があったらしい。

 騎士達もそれぞれの持ち場に戻ると、すぐに獣車は走り出した。

 後には青キールバーンの残骸とキトリーだけが残された。

 青キールバーンは魔核を取り除かれ、体の一部も切り取られている。


「助けないほうがよかったと思いませんでしたか」

「そうね。すごい上から目線だったし、ルーとは全然違った」

「わたしは貴族の自覚が足りないと言われてましたし、あんまり参考にならないかもしれないですけど…」

「やっぱりそうなんだ」

「やっぱりって何ですか!」

「いや、だってねぇ」

「うぅ」


 ルーがほっぺをぷくっと膨らませる。


「でも、やっぱりキトリーはすごかったです。青色のキールバーンを投槍で落としたとき、赤い…」

「そんなことよりさ、お礼の仕方が違ったよね。ほら、ルーの時は抱きついてきたじゃない?」

「え?」


 きょとんとして、ルーが目をぱちくりさせる。


「えーと、そうですね。そうでしたね。お礼の仕方にはいろいろとありますね」

「なんで、いま目を逸らしたの?」

「そ、そんなことないですよ」

「目を見て言ってくれる」


 ルーの頭を挟み込んで、正面に向けさせる。

 目があらぬ方を向いて、汗がじんわり吹き出ている。


「キ、キトリーにしたのは最上位のお礼の仕方です!」

「違うよね」

「キトリー、目が怖いよ。だ、だって、その、えっと…躓いてしまって…思わず…」


 ごにょごにょと事実を語る。

 貴族の礼儀を知らないキトリーも変だと思っていたのだ。初対面の人間を抱きしめるなんて、そんなお礼があるはずがない。もちろん世界が違えば文化も違う。そんな御礼の仕方があるのかなとは思ったけども、あのときの護衛たちの驚きようは普通ではなかった。

 だが、躓いた挙句に抱きついていたとは…。


「まったく。わたしが知らないからって…」

「で、でも、別に騙したわけじゃ…」

「分かってるよ。でも、嘘ついた罰として、ハグさせろ」

「え、ええー」


 悲鳴を無視して、両手に抱きしめる。

 ルーの小さな体はキトリーの両腕の中にすっぽりと納まる。

 これがなんとなく心地いい。

 ルーが貴族でなくなってよかったと思う。あんな世界はきっと合わないだろう。

 ルーの夢を思えば、いつか戻らないといけないかもしれないけども、そのいつかが来なければいいとキトリーは密かに思った。

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