苦悩、そして前進

海原陸人

第1話

「……っ、……くそ!」


苦々しく放った舌打ちが、部屋の中で鮮明に響く。


時刻は朝の八時をちょっと過ぎた辺り。


部屋の中はカーテンで仕切られており、朝っぱらだというのにも関わらず、どんよりと暗い空気を漂わせていた。


「あー、もう!また撃ち負けた!」


俺は、身につけていたヘッドホンを乱暴に机に叩きつけた。向き合っている画面には

『残念、チームメイトに期待だ』

と書かれている。俺は思わず顔を上に向けた。


これで何度目だろうか。


そんな思いが、俺の中で渦巻く。


視線を再び画面に戻すと、一人の仲間の視点が表示されていた。動き方を見ると、どうやら俺の仇討ちをしてくれるらしい。


俺はそれをただ無心に見た。

やがて、仲間は俺が倒された場所に来ると、周囲を警戒し始めた。


だが、


「あっ……」


そんな声を発した瞬間に、チームメイト倒されてしまったというリザルト画面が現れた。


「……気付けよ、バーカ。」


おそらく最後のは手榴弾であろう。

窓側辺りから何かが飛んでくるのが見えた。


「……はぁ、いつもの事だ。」


俺は、慣れた手つきでホーム画面に戻ると、いったん画面を閉じた。


そして、同じ体勢をし続けて固まった筋肉をほぐすため、軽く腕を伸ばしたその時、壁に掛けてあるカレンダーがふと目に入った。


今日の日付は二〇二〇年八月十七日、学生たちではお馴染みの夏休みというやつである。という俺ももう高校二年生なので、十分学生ではあるのだが。


「馬鹿馬鹿しい……。」


俺はカレンダーから目を離すと、再び画面を立ち上げた。

そして、先程と同じ事を繰り返そうとすると――


「プルルルル……」


スマホが鳴った。


俺は、少々面倒くさいなと思いつつも着信画面にを見ると、そこにはよく目にする名前があった。まあこいつならと、俺は画面にあるアイコンを右にスワイプしてスマホを耳に近づけた。


『よう!』


電話越しに聞こえてくる明るい声。

慣れ親しんだそれに、俺は迷わず返答した。


「よう、じゃねぇよ。こんな朝っぱらからどうした。」

『どうしたもこうしたも、お前が試合やってたからな。いやー、観てたぜ。もう少し早く反応出来てれば倒せたかもなー。』

「ぐっ……」


コイツ……、観ていやがったか。


「なんだよ、それを言うためだけにわざわざ電話を掛けてきたのか?それなら切るぞ、お前だって忙しいくせに。」


『わー、待て待て。別にそれだけで電話なんてかけねぇよ。画面見ろ、画面。』


電話越しの主がそんな事を言うと、


「ああ……、成る程。それにしても、お前から誘ってくるなんて珍しいな。」

『細かい事は別に良いだろ!さあ早速やろうぜ!』


俺は、送られてきた〈パーティーを組みますか〉という招待を快諾すると、画面には自分以外のもう一人分のキャラクター表れた。


顔はフルフェイスヘルメットで覆われており、地面に片膝だけ乗せてこちらを見ている。どんな表情をしているのかはよく分からない。

ただ、悲しい顔はしている訳でも嬉しい顔をしている訳でもなさそうだ。

俺たちの様に感情がある訳ではないから。

だから、ほんの少しだけ思ってしまう。


――コイツみたいになれればな、と。


馬鹿馬鹿しい。


己が考えた思考を必死にかき消す。


所詮ゲームはゲームなので、画面の中でこうしてポージングしているキャラクターが、意志を持って動き出す訳ではない。


だが……とも考えてしまう。


この平たい板から発せられる、ただ視覚に訴えるだけの光から構成された人物の様に、誰かの手によって操られ動く人形の様になってしまいたいとも。



そうしてゲームが始まった。


場所は最初に俺がやっていたフィールドと同じ。俺は、いつもと同じ様にキャラクターを動かした。


出だしは順調で、友人が主に敵を倒していき、俺がサポートに回っている。いつもと同じ様に。


そして、舞台が中盤から終盤に差し掛かった時、友人が急に話しかけてきた。


『……なあ、一ついいか』

「なんだよ……急に……」


俺は画面から目を離さず、指を動かしたままそう答えた。


『俺さ……、決めたんだ……。』


その声は若干震えていた。


「……何をだよ」


友人のそんな様子に、俺は多少びっくりして思わずぶっきらぼうな声がマイク越しにに伝わってしまった。


『嘘つけ……お前なら分かるだろ……?』


懇願するような、それでいて、どこか少しの寂しさを纏った様な声。


「……分からないね」


相変わらずの素っ気ない態度の俺。


『……そうか、なら仕方ない。じゃあいいか、一度しか言わないから、耳をかっぽじってよーく聞けよ!』


吹っ切れたのだろう、言葉に力強さが増してきた。

俺は、これから彼が言わんばかりとすることを悟った。


『俺はなぁ――





――プロゲーマーを目指そうと思う!』

「ッ……!」


ああ、やっぱり、と予想していた答えの筈――だった。


そもそも、こいつは俺と初めて出会った時からゲーム好きで、とてもセンスがあった。

大体こいつと一緒に遊ぶ時は、大抵俺が足を引っ張っていた事も多かったのだ。


だから、今更そんな事言われても別に驚きはしない――そう心構えはしていた筈だったのに、いざその言葉を聞くと、自分の心の中のなにかが酷く揺さぶられる様な感じがして、思わず動揺してしまった。


だけれども、これが彼の選んだ道。


「……やっとか、遅すぎるんだよバーカ。」

『あ、バカは酷いぞバカは!』


俺は、最大限の皮肉を込めた賛辞を送った。

これは、これからの友人に対するエールだ。


最も、あっちはそう捉えてないかもしれないけれど。


そして、そうこうしている内に、気がつけば敵は残り2人。

幸いにも、あちら側からは発見されていない様だ。

これはチャンスだ、行けるっと思ったその瞬間……


『あ、やべ!』


友人の操作するキャラが敵側から発見された様で、フルだったHPバーが一瞬で溶かされてしまった。


『すまん、後は任せた!』

「あ、おい!てか、俺には無理だよ2対1で戦うなんて!」

『アホ!誰が突っ込めって言った!手榴弾を使え、手榴弾を!』


そう言われて俺は慌ててアイテム欄を開いた。確かアイテムは道中幾つか拾ったので、ある筈だったのだが……。


「ああ!手榴弾一個しか無い!」

『何やってるんだ!いつも幾つか拾っておけって言ったろうが!』

「だって、俺手榴弾投げるの下手くそだし……。」

『ああ、もう! じゃあその一発で決めろ!幸い奴らは俺の攻撃でダメージを負っている筈だ、上手く行けばダブルキルできる!』

「そんな、俺には無理だ!外してやられるのがオチだ!」


俺は、絶体絶命のピンチだった。

普段から手榴弾を使って無いのもそうだが、何よりこういった緊張した場面で上手くいった試しがない。


だから、これは俺の弱さだ。意志の弱さとも言える。決断性や判断力を持たない俺のどうしようもない弱さだ。


そして、これは俺の現実世界にも当てはまる。


それは、今の俺の頭を悩ませている問題――将来へむけての進路だ。


正直、俺にはなりたいものがない。


こうやって夏休みにもなって一日を怠惰に過ごしているのが分かりやすい例だろう。


勿論、やってみたいと思ったものなら何度かあるが、どれも長くは続かないだろうと一蹴して諦めたものばかりだ。


だから、友人が羨ましい。


そうやって自分がなりたいものを見つけて、それ向かって頑張って行こうという姿勢が眩しく見える。


ああ、俺とはやっぱり違うんだなって。


だが、


『……それは違うぞ』

「…え?」

『良いか!物事っていうのはな、やってみるまで分からないんだよ!例えばそう、俺がプロゲーマーを目指すみたいにな!』


俺は、友人の言葉に呆気に取られた。


『この事はまだ親に伝えてねぇ!だから、お前に報告してから行くつもりだったんだよ!一番一緒に遊んできたお前にな!お前は勿論祝福してくれると思った、だけど親は違う。確実に反対してくるだろう。だから、今日はお前に勇気を貰いに来たんだ。自分の意志を貫き通す力を得る為に!』


その瞬間、俺の冷え切った心が、徐々に暖かくなっていくのを感じた。


『だから、頑張れよ。できないなんてお前が勝手に決めた事だろ?ならやってみて、失敗したらそう言って、次できる様にすれば良いじゃねぇか。』


気づけば、俺の顔には一筋の涙が流れていた。


ああ、俺はなんて素晴らしい友人を持ったのだろうか。


「……ああ、やってやる。やってやるよ!」


そう言って俺は、手榴弾を使用した――



  *



『――さーて、試合も終わった事だし。俺はそろそろ行くわ。』


友人のやれやれとした顔が目に浮かぶ。ただ、その声にはハッキリとした意志が宿っている事が分かる。


「ああ、頑張って説得してこいよ。……なるんだろ、プロゲーマー。」

『……おう。じゃあまた後でどうなったか報告してやるよ。』


俺の言葉が意外だったのか、一瞬言葉を詰まらせた後、そんな事を言った。


「ああ、楽しみにしてるよ。」

『じゃあな!』


そう言って、友人は電話を切った。

時計を見ると、時刻は九時を回っている。


「そんなに時間は経ってないんだな。」


そう言って俺は苦笑しすると、おもむろに立ち上がって、カーテンを思いっきり開けた。


開けた途端、今まで厚い布で入る事を拒まれていた太陽の光が、待ってましたと言わんばかりに俺の部屋に入り込み、部屋を明るくした。


「さて、行くか」


俺はそう言って、部屋を後にする。


今までとは見違えるくらい明るくなったか部屋の中では、パソコンがまだ立ち上がっており、そこには

――『おめでとう!君たちの勝ちだ!』

と大きな文字で書かれていた。





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