48話「Pandora Box ~症候群~」


 一時的な協力関係を結ぶ。

 こんなクソったれな世界。クソったれな何者かの存在こそが正義とされたこの真理を毛嫌う者同士、手を組むことになった。


 この先、宮殿の奥地で身を潜める天王の元へと向かう。

 もう時間がない。裁定の刻を迎えれば、全てが終わる。


「コイツはどうする?」


 ただ一人、宮殿の通路に取り残されるのは我刀潔奈。

 涙を流しながら血反吐を吐いている……が、まだ生きている。息がある。


「……そっとしておいてやろう。気を失っているだけだが、しばらくは目覚めることはないと思う」

 急所は外されている。出血もそこまで酷くはない。


 このまま放っておいて天王暗殺を邪魔されたらたまったものではない。その前に仕留めるか否かを威扇は定めるが、瑠果はその手を止めさせる。


「すまない、これは……私のワガママだ。頼む、彼だけは、殺さないでほしい」


 戦闘中に露わにした本性。

 天王に忠誠なんて誓っていない。この世界を正しいものだとは思っていない。だが、どれだけ心の奥底で叫ぼうとも変えられようのない事実に苦しむ姿。


「もう、これ以上……無駄に命を葬ることをしたくない……」

 神流信秀、仄村紫。

 分かり合えていた。考えていることは同じだった。だが、その情も、たった一人の精神汚染の魔の手により、崩壊させられた。


 殺し合う関係じゃなかった。容易く歪められた。


「……あの涙、叫びは己の死を恐れるものではなかったな。もっと、別の」

「わかったよ。ただし、立ち上がって襲い掛かってきたときには……容赦はしねぇからな」



 彼に手は下さない。

 ただ黙って、一同は宮殿の奥へと向かう。



 花園愛留守。

 宮丸瑠果。

 牧瀬幹雄。

 アスリィ・レベッカ。  

 プラグマ。



 そして、本名不明の“植物人間”。

 

 

 【L】によって幸せな人生を手に入れた者もいる。

 【L】によって歪められた人生を生きた者もいる。


 結局何が正しいのか、わかりやしない。

 どう足掻いても均等に幸せなんて与えられはしない。【L】が目覚めようが目覚めまいが、誰かの人生がある程度傾いただけ、で済ませられるのだろう。


 でも、この場にいる全員は立場が違えど、共通して思うことがある。


 “人の心も分からないクソッタレな世界で幸せもクソもあるか”。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 到着した大広間。玉座の間というには、あまりにも殺風景だ。

 数百の柱が彼らを囲む。遠目から見れば、豪勢な檻に閉じ込められたような風景だ。


「……来たみたいだね」


 天王の間の中心で、その人物は逃げも隠れもせずに待っている。

 浮楽園愛蘭。【L】を管理する権限を手にした、この新世界の王。


 ……そして、この“【L】の世界を生み出した何者かの器”にされた哀れな人形。

 今、この場で喋っているのは浮楽園愛蘭本人ではない。この空間の中、いや、下手をすれば、【L】を植え付けられたその時から、もう彼の意思は死んでしまっていたのかもしれない。


「待っていたよ。世界の癌となる罪人たち……」


 叛逆者一同は天王を取り囲む。逃がしはしない。


「……君達は、僕の作る世界が間違っていると口にしたな」


 遠くにいようと、地獄耳を立てていたようだ。

 アイドコノマチと化したこの都は天王にとっては箱庭のようなものだ。人形の考えていることなど捌いてしまえば分かること。描く脚本の役者でしかない人間の思考は手探りで分かる。


 この場にいる全員が、天王の世界を否定している。

 そしてそれ以上に、天王の存在を否定しようとしている。


「本当にそう思うのかい?」


 変わり様のない意思を秘めた人間を前にしても。

 思い通りにならない敵を相手にしても、彼は王として懐広く、最後の思考のチャンスを与える。


「僕はただ……この世界をリセットしたに過ぎない。生きたいように生きられずもがき苦しむ者もいれば、苦しみも知らずノウノウと生きてきた人間がいる。僕はこの世界に、チャンスと試練を与えたに過ぎないんだ」


 天王は告げる。この世界の新しいシステムを作っただけであると。

 この世界は無法地帯というわけではない。人間という生き物が未来を過ごすための試練であり、チャンスに満ち溢れた世界であると。


「人間が人間らしく生きる。その身に秘めた可能性と夢。はたまた、野心と欲望……叶えたいだろう? 解放したいだろう? 僕は人間という種が望む世界を与えただけに過ぎないよ」


 夢を叶えたい。

 欲望を解放したい。


 黒であろうと、白であろうと。

 歪んでいようと、綺麗であろうと。


 天王は、人間全てが抱え、孕み、そして秘める願いをかなえる世界を創ったと告げる。


「平等に争い、平等につぶし合い、そして皆が平等に苦しみ合う……だが、どう足掻いても世界には癌が現れる。僕は人間という種が望む世界を残すために、その癌を排除しているに過ぎないよ。そして君達もまた、世界を歪ませる“癌”だ」


 両手を広げ、無防備の姿のままで彼らに改めて問う。


「だが、そんな癌である君達も人間だ。僕の世界で気高く生きる人間だ……“僕は人間を愛している”。こんなに、か弱くも濃厚な心を持つ生き物もそういない。この僕が、癌でしかない君達にも、無限の夢を与えてあげよう」


 今、引き返せば、この世界で生きることが出来る。

 ここにいる面々にはもう未来が約束されていない。そんな状況をなかったことにし、むしろ“最高の立場”を与えると約束したのだ。


 実に欲深く、遠慮がない。

 枷一つ外してしまえばもう止められない。最後の誘いを、天王は仕向けたのだ。



「……貴様の抱く必要悪が“愛”だと?」

 沈黙の中、緊張の糸を破ったのは牧瀬だ。

「ふざけるなッ! こんな世界、お前の一方的な業の詰め込まれた暗黒の牢獄だ!!」

 既に弾丸は装填済み。銃口は天王の眉間へと向けられている。



「馬鹿にしないでほしいものね。アンタの革命がなくとも、私達は自身の愛と戦うし、否定もしない……過酷でゴールが見えなかったかもしれないけど、自分の意思で戦うことにするわ。己惚れないで欲しいものね」

 アスリィ・レベッカは衣服の胸ポケットからナイフを取り出した。

 彼女は【L】が生まれる前の世界で隔離されていった。世界の法に従わず、常人とは思えない異常者と扱われていた。過酷であったのは事実。彼の言う通り、【L】の世界によるチャンスによって彼女達は恵まれた。


 だが、それは本当の勝利ではない。

 歪んだ世界で輝いたところで、満たされることはない。こんなにも歪んだ何者かと同種であることが何よりも気に入らない。


「恩着せがましいうえに、言う通りのならない人間は滅ぼすねぇ……神様を名乗るにしては、器が小さすぎると思うんだけど? 何様のつもりなんだか~?」


 プラグマもまた、天王という人間を否定する。

 こんな人間の箱庭で犬のように飼いなされる。想像するだけでも反吐が出る。姉であるアスリィの言う通り、自分たちの愛で生きている心地がしない。


 クソ野郎の人形。便利な駒。

 人としてではなく“道具として生きる”だけの人生なんて、想像するだけでも虚無であると。


「運命は誰かに定められるものじゃない……ましてや、神様を名乗るだけの思い上がりにメチャクチャにされるのはもうウンザリだ!」


 瑠果は札を取り出す。

 確かに新しい幸せをつかんだ者はいるかもしれない。だが、彼女はそれ以上に目にしてきたのだ……身内が、その友人が、すべての人間が崩壊していく様を。


 慕っていた一族とその姫君、幼馴染であり初恋の相手だった青年、家族を殺されながらも明るく振舞おうとした仲間の教徒、争いを好まず平穏に生きようとした少年……。


 数えるだけでもキリがない。指が足りない。

 それを知っているだけでも、彼に従う義理なんてありはしない。敵討ちなんて格好のつく場面ではないかもしれないが……この悪夢の連鎖を、これ以上見たくはない。



「確かに貴方の言う通り、この世界になってから、新しい幸せを手に入れた人はいる。手に入れることなど夢でしなかった幸せを叶えた人間は大勢いる。貴方の作る幸せは、また一つの新しい形なんだとは思う」


 花園愛留守は、幼馴染の顔をした何者かと面を向いて対峙する。


「……私がやろうとしていることは、本当にただ、世界崩壊につなげる為だけのテロに当てはまるのかもしれない。人間達の目から見れば、正しいのかどうかなんてわかりません……貴方のように、すべての人の心が分かるわけではないから」


 【L】。

 その身に秘められた力があったからここまで来れた。それは否定しない。


「だけどこれ以上……“私の大切な友達”の体を使って、人殺しはさせない……!」

 世界がどうとか、彼女には関係ない。ただ、一つだけ、変えられない想いがある。

「貴方にだけは……人を家畜にするような貴方にだけは、愛は語らせない……ッ!!」

 人の心を弄んだ。人の心をいじった。

 人間を愛していると言いながらも、人間を己の人形のように操ってきた。


 ___人間が人間らしく生きている?

 

 人を馬鹿にするのも大概にしろ。


 __こんな世界が真理であってなるものか。

 __人が人として生きる世界ではない。人が人形のように生かされる世界。




 <自分の生き方は、自分たちで掴み、進まなければならない。>

 <自分たちの道は、自分たちで作る。>



 その場にいる全員が、この天王に向けて放った想いであった。心を覗かなくとも、姿勢からして叛逆の意思は伝わってきた。



「……俺の契約者。“世界”は助けを求めてきた」

 ただ一人、答えが見つからない殺し屋は告げる。


「新たな世界の法に囚われなかった俺に。もう生きている心地すら感じない俺に『頼むから生きてくれ、手を貸してくれ』とな。ホント、とんだ生き地獄だぜ」


 植物人間。地を這いながら当然のように生き続ける亡者。

 寝たっきりの病人に使われる言葉でもあるが……その意味、ある種ではこの殺し屋にかけてもおかしくはない、のだろう。


「俺は救われたいと思ったことはない。もう誰かに愛されたいとも思っていない。俺の生きている意味はもう、この世にないのだから……ただ、たった今のこの瞬間まで、俺が生かされ、生き続けてきた理由に確かな意味があるというのなら」


 折れたことのない、なぁなぁの刃。

 数年握り続けた槍。最後の武器が、天王に向けられる。


「“俺は答えのある明日に興味がある”。少しだけだがな」


 【生きてみたいと思った。】

 それは、植物人間が思い浮かべることもなかった“久々の願望”だった。


「お前がいようがいないが、変わらないさ……目障り極まりないから殺す。それだけだ」


 今、ここに最後の叛逆者が覚悟を決めた。


「というわけだ。俺の明日の為に消えてくれや……神様もどきがよッ!」


 交渉も世論の埒もなし。

 約束など必要ない。天王からの愛を、全員は否定した。







『フハハハハハハッ!!』


 天王は談笑する。


 空間が歪む。

 漆黒が、人間では理解できない“無機質の愛”が浮楽園愛蘭の体を取り囲む。


 これが、これこそが、創造主の正体。

 浮楽園愛蘭の体を核とし、この世界に具現する。




 “裁定”の時間になった。


 選別は今、執り行われる。



『いいだろう! それがお前達の夢だというのなら受け止めよう! だが、お前達は僕の愛を否定した! その瞬間、お前達は“自分が人間である”事の資格を放棄したのだ!』


 人の形をした何か。

 漆黒に塗り固められ、全てを見通す“深紅の単眼”がこの世界を睨みつける。


 黒い泥の巨人が、罪人をロックオンする。

 世界にとっての癌を。己の望む世界にとって邪魔な異分子を取り除くために。


『最早貴様らは世界の癌であり、人間であらず! その夢は届かせない。異分子は駆除しなくてはならない! これは私からの愛であり慈悲だ……礎として、永遠に私の世界で生きるがいい!!』


「明日を生きたいとは口にした! だが、お前の世界で生きるのだけは……ゴメンだなッ!!」


 最後の叛逆。最後の審判。

 

 どちらが正しいもない。

 どちらかが駆除され、排除される。


 ただ、それだけにすぎないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る