34話「Unbreakble Day ~終わりの始まり~」
「……」
静謐の街を離れた“サングラスの男”は、吐息を漏らす。
五光という身でありながら……独自行動を取っていた神流信秀。
アイドコノマチ。真天楼から随分と離れた場所だ。
そこは“天王のテリトリー”とは違う、山奥の寂れた“廃墟の寺”。
「もしもし」
こだました着信音。信秀は携帯の着信に答える。
『私だ』
「君か……キサナドゥ」
特に敵意も警戒も見せることなく、何気ない態度で信秀は電話に出る。
『君の勝手な行動、全て天王にバレているよ。裁定の日にでもなれば、君は処刑されるだろう』
「何の事ですかな。私は天王様の為に」
『神流信秀』
言い分など聞く耳持たずで、一方的に話が進められる。
『天王様より最後のチャンスだ……まだ、殺し屋達が我々に叛逆の意識を向けているようであれば、抹殺に手を貸せ。その首を持ってくれば、見逃してやると』
指令。天王からの命令。
『奴らが諦めたのならば……裁定の日までに城に戻り、再び忠誠を誓え。以上だ』
一方的な仕事の一件のみを伝え、通話は切られてしまった。
「どちらにしても“最後”だろうな」
恐怖を浮かべているわけでもない。
「形がどうであれ、」
むしろ……笑っていた。
「“礼”は言っておくぞ、キサナドゥ」
“ついに、この日が来た”。
願っていたその瞬間が、訪れたと言わんばかりに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一人、静謐の街を、ガトウは歩いている。
仕事を終え、一通りのない広場へと向かっているようだった。
「……もしもし」
静かな町に響く着信音。ガトウは携帯を手に取った。
『私だよ。天王様と私は先に帰還した。君の迎えもすぐに向かわせる……すまないね。君一人だけを現場に残してしまって』
「車に乗り切らないのでしたら、仕方ありませんよ」
どうやら、あの現場から離れた場所。
キサナドゥが用意したという”移動用の車両”。その中に天王本人がいたようだ。
車は四人乗り。運転手は勿論、車の持ち主であるキサナドゥ。そして、その後部座席には天王と回収された花園愛留守。
無理やりねじ込めば、後部座席に三人は乗れるかもしれないが、あまり天王に窮屈な思いをさせたくもない。ガトウはそこの辺りをしっかりと考慮していた。
『ゆっくり帰ってくるといい。久々に外で動いただろうし、それに……』
キサナドゥは一呼吸おいてから、告げる。
『戦いはまだ終わらない』
まだ、この先、戦いは続く。
愛留守を回収して、殺し屋達を脅して、はい終わり。とまでには行かないようだ。
まだ、裁定の日まで三日は時間がある。
三日という時間は充分に長い……”気持ちを入れ替えるには”充分と。
『だから、車内で休むんだよ。いいね』
「はい」
綺麗に整備されたアスファルト。道路の白線もくっきりと見える清潔な公道に、一台のリムジンが停車する。
キサナドゥが用意したものだろう。こんな場所に、リムジンが一台。あまりにも分かりやすすぎる。
『……君も、しっかりと”気持ちを整理しておくんだよ”』
「分かって、ます」
一瞬、言葉が詰まりながらも、携帯を切る。
気持ちを入れ替える。緊張しすぎるなというキサナドゥからの警告だったかもしれない。
リムジンに乗る前、運転手を軽く確認する。
間違えの可能性もゼロではない。妙に慎重派な彼らしく、そして礼儀正しい。
運転手は、キサナドゥの配下の証である仮面をつけている。
挨拶を終え、リムジンの扉に触れる。
「……気持ち、か」
リムジンに乗る前。
ガトウは、キサナドゥから告げられた言葉に、どことなく顔を歪ませていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帰りを待っている人がいる。
世界の平和の為に戦うヒーロー。
ガトウを待つ、人が城にいる。
「これでよしっと」
調理器具を片手、包丁を手に。
大きな火傷の傷跡。体中、夥しいほどに汚された少女。
しかし、その笑顔はヒマワリのように眩しい。
「潔奈……頑張ってる」
台所にポツンと置かれた携帯。
着信履歴。しっかりと受け応えている。
「さあて! 潔奈のために御馳走を作ってあげなきゃ!」
電話の相手は……もしかしなくても、我刀潔奈。
この少女が世界で誰よりも愛している……”夫”だ。
少女はただ一人。
彼の帰りを、城の中の移住区。
”最悪の牢獄”の中で、待ち続けていた。
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