エネミー・エル =業=

九羽原らむだ

<ENEMY "L" >

【光】差す、夢の【街】《First =Contact= 》

01話「When The Sun Goes Down ~ひかりのまち~」


 愛を知らぬ者、生を語る資格なし。


 愛に目を背ける者、生に縋る資格なし。


 愛から逃げる者、生へ向かう資格なし。



 ___愛に選ばれぬ者、生きる資格なし。




 『ようこそ。』


 ここから先、愛を理解している種のみが、通ることを許される。


 己の秘めたる愛が、本物であると胸を張れる者のみが先へ進め。






 そうでない者は___


 その身を断って、今すぐ捧げろ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 今日はヤケに風を冷たく感じる。

 昨年と比べ、一段と冷え込む。スマートフォンに表示された天気予報によれば、コート一枚は羽織っておかなければ、凍死も冗談ではないと言われた。


 だから、今日は久々にコートの袖に腕を通した。

 普段は動きやすい格好を選んでいるが、今日ばかりは厚着をしておきたい気分だ。天気予報の警告通り、黙って大人しく体を温める。でなければ、死ぬ。


 ……場所が場所だ。

 海の上はこんなにも寒い。


 島国、とやらは極端に空気の入れ替わりが激しいらしい。昨日まで夏場のような蒸し暑さかと思ったら、その二日後には極寒だなんてよくある事。

 そんな顕著すぎる空気の変化もあってか、船の上での影響は余計にそれを実感する。元より、冷たい海の真上は潮風が冷えている。


 厚着は必要だ。このような空気の凍てつき具合となれば。


「見えてきた、か」


 だが、しかし、だ。

 

「初めてにしては……この格好なら、多少は田舎町の住民らしい雰囲気は出せてるか」


 元よりこんな厚着。竿一つ入れるに丁度いい細長いバッグ一つ。


「……日本時刻にて午前十時三十分到着、予定通り、と。午後三時にて待ち合わせ、か……四時間近くもあるな、随分と待たせるじゃあないの」


 ジャケットの上にコート。そして大きな帽子にサングラス、口をすべて覆う大きめのサイズのマスクに手袋にブーツなどなど、過剰ともいえるようなこのスタイル。


「ハードなスケジュールになったな...まぁ、」


 世界が寒い。こんな意味合い。

 あながち、間違ってもいない。


「"殺しの仕事"に楽も何もないんだがな」


<もう一つの理由>が大きな要因であることは間違いない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 スマートフォンは出身国の言語のままであるが、この島でパスポート持参の正式入国を決め込んだところでいじってもらっている。日本時間、日本の電波など、その国に適したモノにしっかりと。


 今時、携帯電話一つないだけでかなり不憫な生活を送ることになる。帰る身元も何もない他所の国となったら尚更、だろう。


「……寒いな、まぁな」


 田舎の島は想像通り、寒い。

 サバンナやジャングル、人里離れた奥底でヒッソリと暮らしているような民族共とまではいかないが、田舎のイメージが強すぎると偏見を持っている故に、この国は寂しい様子を想像していた。


 想像よりは都会だった。少し離れた場所にある東京は、より都会なのかと想像もしてみるが、ここもそれほど田舎ではない。


 だが、やはり寒い。

 これだけの防寒具に身を包もうが、寒いものは寒い。カイロの一枚なんてあっという間に冷凍シートに早変わりだ。想定の三倍以上は対策をしてくるべきだったかもしれない。


「……、あぁ、」


 田舎、ではない。想像よりも田舎、ではない。


「新鮮だな。この空気も、街並みも」


 進んでいる。この街は実に進んでいる。ネットで見かけたニュースで何度も見かけた通り、それは過剰な表現でも何でもなく、日本という街は確かに進んでいる。


 男性、女性、男性、女性、男性、女性、男性、女性。

 男性、女性、男性、女性、たぶん男性、女性、男性、たぶん女性。

 男性、女性、男性、女性、男性、女性、男性、女性。

 男性、女性、男性か分からない人、女性、男性、女性かもしれない人。

 

 見かける見かける。

 活気に満ちたこの街。実に進んでいる。何処を見渡しても、彩り良く。この街を着飾るに相応しい民達が、このオールドタイプかつクラシックな街並みを出歩いている。


 手を繋いで。

 何気ない世間話で盛り上がって。

 今後の未来の事を語り合って。

 温度を感じたいが為に抱き合って。

 唇を重ねて。


 見かける見かける。

 発展途上な素晴らしい光景を、見せてくれる。


 今時らしい、世界とやらを見せてくれるじゃないか。


「これは……“冬”の寒さだな」


 今日みたいな寒い場所にはココアが丁度いい。喫茶店でも見つけて、すぐにこの島国での“仕事”へと取り掛かることにしたい。


 発展途上の国。誰よりも進んでいるこの世界。





「気持ち悪い」


 “あまりにも不愉快”だ。


「……店でも、探す、か」


 店は何処にあるだろうか。


 ……見えたくもないもの。

 それを一刻も早く視界から遮りたい。


 “飯を食べる風景としてはあまりに下品なのだから”。


 寒い景色の中で、どこから聞こえてくる耳障りな羽音は、あまりにも。



「のぉ、そこのお若い人」

「……」


 声、をかけられた。

 随分と覇気のない、萎れきった寂しい声。


「一つだけ、話があるんじゃが……」

「悪いな。他所を当たってくれ」


 行き場のない老人の相手、とやらは疲れる。地元の人間は騙しにくいが、旅人相手になら楽に人の懐に付け込めるとでも思っているのだろうか。


「何を勘違いしとるんじゃ。若者から金をむしり取ろうなんぞ思っとらんよ」

「……何用だよ」


 振り返ると、そこにいたのはボロボロの青い服を着た老人だった。

 髪も真っ白に染まり、目元も皺で潰れている。杖一つなく、懸命に立っているが、あまりに見苦しい立ち姿で目に毒である。


「旅人、じゃろう? この時間帯、腹を満たしたいのなら……そっちは避けて、向こうのチェーン店で済ませた方がいい」

 向こう側。行こうとしていた方向と逆を指さし、止めてきたのだ。

「“男一人で来ているのなら”な」

「……忠告ありがとよ」

 お礼を言い残し、反対方向へと足を向ける。


「旅先でトラブルなんてあっては困るからな。俺は”仕事が仕事”だ。今回は感謝するさ……何か礼はいるか?」

「いや、構わんよ。とはいえ、あくまで“向こうよりはマシ”という事だけは頭に入れておくのじゃぞ」

 

 老人も振り返り、真後ろを通り過ぎていく。


「物騒な街じゃが、メシは美味い。食事くらいは、騒がずな」


「……」


 必要な“礼”はした。

 別れの挨拶は返さず、店へと向かうことにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 今日は11月20日。時刻は昼食頃だ。

 雪が降っているわけではないが、こんなにも寒い理由は雲が大空を遮っているからだろう。真っ黒な空からは、今すぐにでも白い粉雪が雨の代わりに降りそうだ。


 やってきたのは日本の全国チェーンとやらのブランド店。

 よくも分からない長いタイトルのメニューが並んでいるが、今日は変な挑戦をするつもりは一切ない。何処にでもあるようなオーソドックスなホットココア一杯をいただくことにする。


「……うん、普通だな」

 当然である。オーソドックスなホットココアなのだから。

 

 マスクを取り払い、ココアに手を伸ばした。味は悪くはない、だが普通のを頼んだのだから当然、新しい感動があるわけでもない。

 彼が求めたのは普通であるのだからそれが当たり前ではある。でも、これはこれで寂しさが増したような気がしてならない。心境としては、複雑と言うべきか。


「んで、この店も」


 ココアを口にしながら、テラスの席の周りの風景を見渡してみる。


 タイトルが異常に長いメニューの飲み物片手に手を繋いで歩く男性と女性。

 あまりに奇抜なデザインのストローに口をつけ、同時に飲み干す男性と女性。

 デザートのケーキを二人で分け合い、可愛らしく写真を撮る男性と女性。

 口についたクリームをハンカチで拭い、何気なく笑う男性と女性。

 一杯のコーヒーを口移しで味わいあう男性と女性。


 見かける見かける。

 

「……普通だな」


 何処にでも見かける何気ない風景にホッと息を吐く。


 何処を見渡しても、男性女性男性女性男性女性男性女性。

 全くもって、何気ない。全くもって、ありふれた。


「……もうすぐ、時間か」

 携帯電話があるというのに腕時計を見る。一種のおしゃれというモノ。数百万を超えるブランドモノとまではいかないが、それなりの額はいったスポーツモノ。


 デジタルの数字を確認し、満喫したところで立ち上がる。


「んじゃ、行くか」

 この店は金を払ってから商品を貰う仕組みだ。

 食べ終えたのなら、飲んだコップを店側に返して、そのまま帰ってもいいシステム。先に払おうが、後に払おうが……特に変わることもないのだが、先の方がさりげなく去れるというもの。


 カップを返し終えたところで、仕事の為にこの店を出ることとする。


「……おっと」

 すれ違いざま、誰かとぶつかった。

 急ぎの用、ということもあって多少は急いでいた。

「悪いな。急いでるんだ」

 一言だけ、謝りは入れておいた。ぶつかった原因はコチラにあったのだ。謝罪という行為は当然であろう。それくらいしなきゃ、人間として不誠実というものだ。


 形であれ、詫びは入れておくべきである。


「おい、待てよ」

 謝罪、とやらには誠意というものが存在するらしい。妙にそこへこだわる輩は何処にでもいるのは変わらないらしい。

「ぶつかっておいて、それだけか?」

 肩を掴まれ、元の位置にまで戻される。飲み干したカップの並ぶ返却口の手前へと強引に、だ。


「……服、汚れてんだぜ? 言葉だけはあんまりだろ?」


 ぶつかった相手。強引に引き戻しにかかった相手はやはり男性と女性。今回、服を汚してしまったのはその男性の方だった。


 良い顔か、と言われたらそうでもない。

 動物図鑑のマントヒヒのよう、福笑いのように顔のパーツがやや乱れた大男。汗臭さ、そして口臭、第一印象においてはハッキリいって、最悪極まりないと。


 だが、身なりはパーフェクトだった。


 真っ白いスーツ。スポーツモノの腕時計と比べて、しっかりとしたアンティークの腕時計。靴も手袋も、胸ポケットからはみ出しているハンカチも、どれもこれもが貧乏人の憧れる代物ばかり。ザ・金持ち。


 その男の横には、やたらと腕や胸に脚……というか全てと言うべきか。露出。

こんな一般庶民のステージには不釣り合い。女性の武器てんこ盛りのドレスを身に纏った厚化粧の女がケタケタ笑いながら、男に縋り寄っている。


 男と女。

 当たり前の相手だ。


「おっと、弁償すれば許してくれるか?」

「……金もそうだが、お前ぶつかってるんだぜ?」


 自身の胸を執拗にアピールする男は、それといって深刻そうでも何でもない顔。むしろ、ぶつかってくれたことを愉快に思ってるかのよう。


「少しくらいは付き合ってくれてもいいだろ」


 拳に光るものがある。それは物騒なメリケンサック。


 高級な身なりには相反しているが、この悪趣味な雰囲気に体のデカさ。体格に関しては百パーセント、イメージにマッチングした素晴らしい武器だろう。


「……お前“独り身”だろぉ?」

 メリケンサックを付けた腕は、軽く標的の頭を小突く。

「俺が“付き合ってやるよ”」

 その男は、終始、笑顔であった。


「……野郎がよ」

 これでは店を選んだ意味がない。


「これだから“掴んだ人間”だと勘違いしている馬鹿は困る」


 折角の美味しいココアの余韻が、台無しだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 表、裏。表、裏。表、裏。

 男、女、男、女、男、女。


「ねぇ~、どうして、わざわざこんな道を通るの~?」


 化粧、素面。化粧、素面。化粧、素面。化粧、素面。

 建前、本音。建前、本音。建前、本音。建前、本音。

 性別、性別、性別、性別、性別、性別、性別、性別。


「タバコ臭いし、虫はいっぱいいるし~……うげぇ~」


 反対は絶対にある。どうしても、対称は存在する。

 どうしても、現れる。どうしても、不愉快は現れる。


「ねぇ~、ワケを話してよ~」


 太陽は元より怪しい雲行きのせいで塞がれている。だから、こんなにも道は薄暗い。


「……アナタは可愛いからよ」


 表から外れた裏の道。地図にすら乗せてもらえない狭い裏路地の道。


「こんなにも可愛い女の子なんだもの……腐ったサル共に晒したくはないわ」


 囁きが、暗黒の中。

「汚したくはないわ。わかる?」


 ___表裏一体。


「……いひひっ! お姉ちゃんたら、大胆ン~っ!!」


 そうだ、当たり前だ。


「不意すぎてビックリしたけど嬉しいな~! そこがお姉ちゃんの良いところなんだけどね~! 嬉しさのあまり、声が出ちゃいそう~!!」

「ふふふっ、そういうところが可愛いって言ってるのよ」


 明るいのも当たり前。暗いのも当たり前。


 どこもかしこも、当たり前。


「……ところでさ、お姉ちゃん」


 こんな狭い路地の裏___


 水を求めて腕を伸ばすホームレスの男。

 意味の分からない缶バッジを売りつける悪趣味な男。

 生ごみの中から見つけ出した、賞味期限切れのサンドイッチを頬張る男。


「いい加減さ……目障りだと思わない?」


 バールを片手に、地を這いつくばる男。

 ボロボロの歯を見せびらかしながら、通行人を笑い続ける男。

 腐りきった皮膚を曝け出しながら、目から黄色の涙を流し彷徨う男。


「折角、こんなところに来たんだしさ」


 男、男、男、男。


「仕事前に……“マズいこと”、しとかない?」


 男性、男性、男性、男性、男性、男性。


「ええ、そうね」


 男性だったもの、男性かもしれないもの、男性みたいな何か。


「忙しくなる前に___」


 男性を名乗るもの、男性か疑われるもの、男性を語るもの、男性を貪るもの。



 “全てがゴミだ”。


「……“ヤバいこと”、しちゃいましょう?」


 おかしくはない。

 だって、全部が“当たり前”。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 お茶に丁度いい時間は過ぎ去った。


「なぁ、お前見たのか?」

「いや、俺も一瞬だったから、あまりは……」


 実に軽薄で、実に難儀なものだろうか。

 静かに騒々しい蠢きは、折角のココアとコーヒーの味を台無しにする。


「遺体の方は?」

「はい……」


 だが、そんな“予感”に気を入れるのは無粋だろう。


「首から胸にかけて両断されています。即死です」

「数か月近く、横にいたという女性の方は?」

「この男が殺された瞬間、一目散に逃げたとのことです」

「そうか」


 周りがゴチャゴチャする。

 野次馬が盛り上がるには最高のステージだし、今日のツイッターの一面を飾るにも丁度良すぎる内容だろう。何より、己の命には関係のない事なのだから、好き放題口に出来る。


 騒乱。当たり前。

 いつものチェーン店は、一夜にして景色が変わる。


「……コレを置いて逃げた女性の方、姿を確認次第“射殺”しろ」

「はっ!」


 処刑、当たり前。


 愉快、当たり前。


「どのみち、同じことだからな」


 抹殺、当たり前。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 騒乱は他所に、風は冷たくても気持ちいい。


「いい風だ」


 ホットココアを飲んだ直後に、体を動かせたのが実に運が良い。

 準備運動というに丁度良かった。おかげで慣れない船旅で疲れた体、慣れない環境でバキバキにくたびれた体もあっという間に解れてくれた。


 仕事前に、このリフレッシュは実に幸先が良い。今日ほど運が良くて、雲行きもコチラに進んでくれる日はないだろう。


 絶好の仕事日和と、神様に感謝すべきなのかもしれない。


「……さて、と」


 日本。風物詩、沢山ある。


 東京タワー。東京スカイツリー。富士山。

 テーマパーク、動物園、水族館。


「見える見える」


 ビルのジャングル。電気街。最高のビジネスステージの真ん中。

 綺麗で、美しい。実にわびさびであろうか。


「標的さん、【あそこ】にいらっしゃるのかねぇ」



 “高層都市のド真ん中で空飛ぶ日本の城は”。




「……なんてな。まだ少しだけ時間があるし、今しばらく観光出来るか」


 日本にやってきてから、観光ついでの初仕事だ。

 緊張というものは何もない。先ほどの準備運動のおかげで、むしろやってくるのは高揚と興奮のどちらかくらいだ。絶好調である。


 だから、行く。

 厚着姿のまま、一度チャックが開かれた形跡のある細長いバッグを片手に。


「待ちなさいな」

 

 そして我ながら思う。

 今日はやけに“誰かに呼び止められる日”であると。


「……人違いだ」

「まだ何も言ってないでしょう?」


 振り返るよりも先に、言い訳の一つでもしておく。尤も、それが失敗だった。

 早とちりにしても、行を急ぎすぎたにも程があった。本日屈指の反省である。


「……もしかしなくても、貴方よね」

 後ろから聞こえてくるのは、左程年老いてもいない、年頃の少女たちの声である。


 二人。二人のうら若き声だ。



「正体不明の“殺し屋”って」


「……誰だよ」


 もう振り返るしかなかった。



 “血なまぐさい”。

 黒く混じった血がほんの少しだけ、肉体にこびりついた少女達。


 片方は修道服。髪の毛は覆いかぶされ、うら若くも大人びた麗人の顔。スカートを軽くつまみ上げてお辞儀をする挨拶はあまりに芸術的。


 そして、もう片方は……“フード付きの黒いパーカー一枚だけの少女”。

 馬鹿なのか、頭がイカレているのか。こんな真冬に“ビーチサンダル”とはなんだ。


 修道服はこの街に似合ってないが、まだギリギリの範囲内。だが、この少女はだめだ。

 第一印象からして、『オススメの病院』を紹介して差し上げたい。


「……占い、今見たら最悪だろうな」


 もう見るからに怪しい雰囲気の二人の女性がわざわざ追いかけてきたようだ。

 立ち入り禁止。しっかりと出入り口の鍵も閉めておいたはずの、この寂れたビルの屋上に。


「まぁ、この流れからして、刺客以外ありえないな」


 隠す必要も最早ない。

 コート、サングラス、帽子、マスク。


「隠さなくてもいいのなら都合がいい。呼吸がしやすくて助かる」


 防寒具とエチケットグッズ。いつもと比べて余計と思えるパーツは全て、敵の前では枷でしかないために放り捨てる。


「ねぇ、一つ聞いていい?」

 真冬にズボンも履かずパーカーだけ、大きすぎるサイズであるためにスカートのよう。

 輝くブロンド髪が微かに見えるフードの中。小悪魔のような笑みを覗かせながら、修道服の少女を後ろから抱き寄せている。

「……コッチでは、どう名乗ってるの?」

 修道服の女性もまた、肩の上から覗くパーカーの少女の頬を優しく撫でる。


 ___そして、問うのだ。


 正体不明であることを貫くための防具を脱ぎ捨て、

 “縛られた黒い長髪に尖った視線の美形の顔”。


 男性か女性かもわからない華奢な奴に、恐怖を浮かべることもなく、堂々と。



「……【威扇いお】」


 船旅の途中で決めた名前でもなく、この島にやってくる二か月前から決めていた名前でもない。


 たった今、ここから見える看板。

 そこから寄せ集めで作った適当な“名前”である。


「不思議な話よね」

 修道服の少女はパーカーの少女の頬を撫で、時折、舌で指を舐める。


「“愛し合う事が正義”である。なのに貴方は“一人”で強いんですもの」

「……見てたのかよ」

「あれだけ騒ぎになれば、ね」


 男性と女性。当たり前の風景。

 “この世界にとって真理”となる存在。


「噂でしか聞いてないわ、貴方の事は……どんな手品をお使いになったの?」


 それを、その存在を“容易く両断してやった”。

 赤子の手をひねるように、鼻息を吹きかける程度で引き裂いてやった。


 一つの愛を。

 “間違いを正してやった”。



「……確かめてみろよ」


 背中に背負っていた、細長いバッグのチャックを勢いよく開く。


「お前達“正義側”なんだろ。だったら、それくらい出来るはずだ」


 “槍”。

 特に目立ちもしない、棒切れと刃だけ。あとは変な布切れが巻かれた程度の、普通の槍を二人の間に向けて突き付ける。



「……殺し屋同士、仲良くはしたくない。今は仕事関係なしのプライベートだ」


 男の独り身。愛し合う少女二人。




「“目障りだから、まとめて死んでくれ”」


 こんな風景。こんな法律。こんな状政。

 <全てが、当たり前。>

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