第13話 STINKY VICE

午前0時を少し回った明治通り。

残業が終わり、俺は帰宅途中。


土曜の夜なので、運送会社のトラックは少ない。その代わり、産廃業者のパッカー車はチラホラ走っている。


 恐らく、カラオケボックスやファミレスの廃棄が、平日よりも多いのかもしれない。そんな中、俺は 50キロ制限の道路をのんびりと走っていた。


 すると、後方から爆音を立てながら迫る、一台のBMW。

俺が乗るバイク、GB250 CLUBMANクラブマンの脇を すれすれで走りぬけて行った。俺は思わず声に出す。


 「あっぶね!」

 ん? 今のBMWの後部座席の女性、なんだかヤバそうだったな…。


 「追うか。」


 俺はキックダウンさせ、アクセルを全開にした。

前輪がフワッとなる。エアクリーナー無しのキャブレターが、バタバタと空気を要求し始める。

CLUBMANのスーパートラップマフラーは 後方にバックファイヤーを炸裂させた。

先週の休日に、6枚にしておいてよかった。


 白い品川ナンバーのBM、740? なんか見覚えがあるな。

何だっけ? 思い出せね…。


 池袋駅の東口前。夜中なので、信号無視をし横断歩道を横切る若者たち。

 俺も一応、若者だけど…。

 俺はその若者たちの隙間を 猛スピードですり抜ける。

 右側には地下駐車場へと続くスロープ。その先は急な右カーブ。カーブを抜けると歩道側には夜中でも、路駐ろちゅうの車が100m以上続く。

 その先は決まって渋滞だ。恐らく、そこら辺でハマっているだろ?


「やっぱ、ハマっていた。」

 と、思ったのも束の間。白いBMは逆走を始める。

何を血迷ったのか、そのBMは ここから500m以上先にある、白山通りまで走りぬけた!?


「マジか!? ファンキー!」


俺の横で、信号待ちをする車の男性が俺に言う。

「ファンキーって。」

 俺はその男性の言葉を無視し、再びアクセルをひねる。

クソ! この先は直線だ! 追いつけね!

サイレン鳴らすか?



 池袋から王子方面に向かう。首都高の側道。

その先のT字路。確かあそこには飛鳥山の交番がある。気が付け! BMを止めろ!


 だが、俺の願いなど神は聞き入れられない。BMは路面電車のレールで、ドリフトをさせ、S字のカーブを駆け抜けて行く。

数秒後、俺もT字路に差し掛かる。


「うひょー! 単車でレールは怖すぎだっちゅーの!」


 俺はレールを避けるために、左車線に移動した。

カラスが散らかした、ファーストフードのゴミに、CLUBMANの後輪が乗り滑り出す。

バックステップが路面にキスをし、火花が散る。俺はハンドルを左にきり、車体を起こした。いわゆる、絶体絶命を回避したわけだ。


 そしてBMはその先の信号を左に曲がる。環七方面だ。俺もキックダウンさせ、ギリギリで信号を抜ける。

 だが、次のCLUBMANへの洗礼は横断歩道の白線。

DUROデューロ君、ふんばれ!」

 後輪がダンスを始めるが、アクセルは緩められない。このまま、その先の埼玉県に入ると厄介だ。


 だが、BMは北本通りから環七へと右に曲がった。

 よし! その先、今夜は検問だ。ロックオンだな。


 俺はアクセルを緩め、環七の側道をあがって行く。すると、けたたましく鳴る笛の音。


「突破したか?」


 本線に入る手前の検問。そこにいた警官に俺は話しかけた。

「お疲れ様です! 公安調査庁、特務課の梶浦です。」

 そう言って俺はカードを見せ、続けて聞いた。


「白いBMWですよね? 私も新宿を過ぎたあたりから、追ってきました。

 後部座席に情緒不安定なようすの、女性が乗っています。大至急保護を。」


「了解です。すぐに署に連絡をします。」

「それでは連携を! 私も発見次第、赤灯を点火後、サイレンを鳴らします。」

「ホシは 足立区方面に向かいました。」


「ありがとうございます。一応、県警にも連絡をお願いします!川口と蕨でパトロールをお願いしてください! それでは!」


 俺はそう言って、再び走りだす。

前方でクラクションと共にスキール音が聞こえる。

「奴だな。」


 検問突破でスキール音ってことは 埼玉に入ったな。


 おっと? 思い出した! アイツの息子だ。女性に乱暴をするバカ息子だ!

 あと、後部座席の女性は…。思い出せね…。


 そんな事を考えて走っていると、俺はパトカーに止められた。

「スピード超過。40キロオーバーですよ。」

 こいつ! 赤灯が見えねえのか?

「お疲れ様です。公安調査庁、特務課の梶浦です。白のBMWを追っています。見かけなかったでしょうか?」


「失礼しました。連絡をいただいております。川口駅方面で目撃情報があります。我々も向かっているところです。」

だったら、俺を捕まえるな!


「了解です。同行します。」

 そう言って、俺たちは再び走り出した。


 国道122号を抜け、川口駅方面に向かう途中、白い何かが、俺の左目をかすめる。

 女?

 俺はパトカーと別れ、荒川沿いに向かった。

ここは住宅密集地帯。俺のCLUB MANはうるさすぎる。

ひとまず、置いて行くか。


 俺はポイントライトを使い、女性を探す。


 狭い住宅地。ここなら、あのサイズの車は入ってこれない。

「なかなか賢い女だな。」

 と言っても、先ほどの俺の左側を横切った白いものが、女性とは限らない。俺はくまなく探し、荒川の河川敷へと出た。


 お寺に、小学校と中学校か?

「一応、確認するか?」


 俺はお寺の脇の墓石が立ち並ぶ中をくまなく探した。

亡くなった方には申し訳ないが、さすがに1人は怖いな。

 次に小学校に向かう。

すると、プールが不自然に波をたてている。

「ガキか?」

 一応、注意くらいしておくか…。


 俺がプールに近づくと、黒い物体がわずかに動いている。

「失礼します。公安調査庁、特務課の梶浦です。お話を伺いたいのですが…。」


 すると、ザバッという音と共に立ち上がる女性。

「助けて下さい!」


 プールから飛び出し、プールサイドで足を滑らせながら、俺の方へ駆け寄る女性。

「お前! 三沢か!?」


「え? 梶浦!? 梶浦か! 早く助けろ!」


「あ、ああ。ちょっと待て。」

 俺は先ほど借りた、警察無線で連絡をした。

「女性、確保! 荒川河川沿いの小学校プールにて発見。女性はフェンスを乗り越えて入った模様。フェンス上部の有刺鉄線にて数か所の怪我をしております。プールの鍵はアルファの南京錠タイプ、えっと…。45番です。公安調査庁、特務課の梶浦が待機します。尚、白いBMWの持ち主と思われる男性と、その仲間2人も発見。こちらに向かって、歩いて来ております。職務質問に応答の無い場合は…。めんどくせ…。ブタ箱開けといてくれ!」




  ◇ ◇ ◇




「これが、お母さんが、夜中にプールに入ったお話。」


「へー。それで? その男たちはどうなったの?」


「お父さんが、やっつけてくれたんだよ。」


「お父さんが? 嘘くさい…。」


「本当よ。だって、その後ね。やりすぎだって言われて、2ヶ月間の40%減給だったの。」


「マジか!? ワロチじゃん。でも、すごいね、お父さん。」


「そうよね。でも、もっとすごいんだよ。」


「なにが?」


「だって、ママを夢中にさせたんだもん!」


「あっ…。そういうのはいい…。」

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