第11話 LOOPHOLE

 武田 優美ゆうみ25歳。中学教諭として、東京から九州の佐賀県へと引っ越してきた。

 社会人として、何をするのも初めてとなる生活の中、ある事件に巻き込まれる優美。




      🦇




 社会人としての第一歩。意気揚々いきようようと九州まで来たのはいいけど、早くも折れかけている。


 中学生ってキツイ…。


 きっと私もそうだったに違いない。若い先生だと、てかかっていた。

 当たり前だ。拘束された生活の中で、新任教師の言う事なんて、私だって聞く耳を持たなかったものだ。


「はぁ。お腹すいたな…。」


 あぁ…。考え事をしながら歩いていたから、コンビニに寄るのを忘れた。

 

「めんどうだけど、行くか。」


 最近、独り言が増えた気がする。彼氏どころか、こっちには友達もいないからな。


 

 私はアパートを出て、近くのコンビニへと向かう。時間は20:18。最近は中間試験の問題を作成しているので、帰宅時間も1時間ほど遅い。


 さすがに毎日、コンビニのお弁当じゃ飽きるし、ファミレスとかに行こうかな。


 携帯でマップを開き、ファミレスを検索する。


とおっ!」


 無理だぁ。それじゃラーメン屋だ。


「あった!」


 トントン?

 あぁ、豚骨ラーメンって意味のトントンかな? ここにしよう。美味しかったら、ラッキーだし。


 マップのナビで、トントンに向かう私。 お? もうすぐだ! トントン拍子に向かっているな。トントンだけに…。なんちゃって。


 角を曲がり、少し歩くと、看板が見えてきた。


 『トントン』発見!


 暖簾をくぐると、自動ドアが開く。店内に充満する豚骨特有の出汁の匂い…。

 匂いきっつ! 

 私はカウンターに座り、メニューを見た。


 うへー。すべてニンニク入りか…。


「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたらお呼びください。あと、ニンニク抜きもできます。安心して下さいね、武田先生。」


 先生?

 店員さんを見ると、私が受け持つクラスの生徒、赤城あかぎ君。


「赤城君! 君の家なの?」

 私が驚いたように彼に聞くと、赤城君は、少し照れたように答えた。

「このお店って、父さんの実家でして。今週は両親とも東京に行っているので、爺ちゃんの家に泊まっているんですよ。なので爺ちゃんの手伝いです。」

「そうなの、赤城君は偉いのね。」


 私が赤城君にそう言うと、彼は先ほどよりも照れた様子で、奥にきえて行った。


 そして私が注文をしたのは普通の豚骨ラーメン。もちろんニンニク抜き。生徒から「先生、臭ーい!」と言われたら、この先『ニンニク先生』と呼ばれかねないからだ。

 マジでそんな事になったら、生きていけない。などと考えていると。


「お待ちどうさまでした。」

 そう言って顔を出したのはこのお店の店主で、赤城君の祖父。ラーメンを頼んだはずが、なぜか瓶ビールと餃子を持ってきた。

 

「すみません、他のお客さんの注文ではないでしょうか?」

「純がお世話になっている先生ですから。今回だけのサービスなので、お気になさらず。」


 てか、餃子…。


「明日も学校でしょ? ニンニク抜きの餃子です。」

「いや、でも…。」

 ニンニクは関係なく、食べきれないっす!


 私の心の声を察してか、赤城君が私の隣に座り、祖父に言った。

「ジイちゃん、先生は女性だよー。こんなに食えんってー。だから半分くださいね、武田先生。」

 笑顔で言う赤城君。


 キャー! 赤城君、可愛いんだけど! ショタか!? 私はショタに目覚めたか!?


「ジイちゃん。あとはバアちゃんと2人で大丈夫でしょ? ワシ、先生に聞きたいことがあるから。」


 赤城君はそう言って、私にビールを注いでくれた。


 ヤバいヤバい! ここはホストか!? ショタホスト『トントン』か!?

 あぁ、赤城君ありがとう。先生は只今、癒されモードに入りました。

 うふ。


「先生、時間外なのにごめんなさい。ここがわからんとよ…。」

 

 な、なまりがカワユスだぞ。赤城君。


「どこかな?」

 へ? 二次関数って、今日の授業の? 私の教え方が下手なのかな…。


「ごめんね。先生の教え方が悪かったのかな…。」


「違う! 今日、小沢が屁ぇこいたでしょ? あれで授業どころじゃなくなったでしょー。」

 そうだ! 言われてみれば! あんのクソガキ! 


「そ、そうだったわね…。」


 確かに、あの時、赤城君ともう1人、女子の誰かが「お前ら騒ぐなー!」と言っていたわね。


 



 その後、私は食事をしながら、赤城君がわからないところを教えてあげた。


 そう言えば赤城君。東京の高校を受験するって言っていたわね。もしかして、親の転勤かしら?


「赤城君は東京の高校を受験するんでしょ?」

「はい。住まいは多摩センター駅ってところなので、近くの都立高校にしようと思ってます。」

「あぁ。○○高校だったわね。赤城君の今の成績だったら問題はないわよ。」

「ありがとうございます。でも、人生には落とし穴だらけだ! とジイちゃんが言うので、受験が終わるまではしっかりやりたいと思います。」


 もう、本当に良い子なんだから赤城君は…。先生は君を応援しちゃうぞ!


      ⭐︎


 その後、私は赤城君の祖父母も交えて、閉店まで居座ってしまった。

 赤城君の両親の話や、ここら辺にまつわる話。これがけっこう怖かった。

 いわゆる心霊現象の多い地区らしい。マジで怖い…。


 「先生、赤い目をした幼女には気をつけなさい。ありゃ血を吸う化け物だ。」


 赤い目って! 恐いからマジでやめて!

 私が恐怖から青ざめていると、赤城君の祖母が、私を安心させるような口調で話し始めた。


「先生、今は昔と違う。人の血よりも美味いものがたくさんある。安心しなさいねぇ。」


「安心って! やっぱり本当にいるんですか!?」


「あはは! 武田先生、大丈夫ですよ。途中までワシが送りますからぁ!」


 赤城君が? 嬉しいけど…。


「先生。この子には神の御子みこ様がついとるけん。大丈夫じゃ。さあ純、先生を送って行きなー。」

 神の御子って、お爺さま? お爺さまも酔われたのですね。





      🍜




 そして『トントン』を出た帰り道。


「ちょっとプライベートなことを聞いてもいいかな?」

「はい。」

「赤城君は気になる女子はいるのかな?」

「先生〜。酔ってますねぇ?」

「ちょっとね。」


 違うって。君のことが気になっちゃったんだよ…。教師として最低だな…。


「今は受験生ですから、恋愛は高校に入ってからでも遅くないです。と思っています。」

「中学生なのに、年寄りみたいな事を言うのね。」


 ホッとしている自分が情けないな…。


「武田先生は東京の人なんですよね?」

「東京って言っても市だけどね。赤城君が受験する高校の近くよ。」

「東京でも色々ありそうですね。楽しみだなぁ。」


 夜空を見上げながら言う赤城君。

 もう、キュンキュン来るんですけど!


 すると、こんな時間に小学生くらいの女の子が、街灯に照らされ立っているのが見えた。


「また君か。」

 赤城君は立ち尽くす女の子にそう言うと、私をかばうように前に立った。


「赤城君の知り合い?」

 て感じでもないな…。


「その女ちょうだい。血ぃちょうだい。」

 小学生女子が、赤城君に話しかけた。


 ちぃ? 何?


「ちょうだい!」

 小学生女子は大声でそう言うと、夜空に舞い上がった。

 

「はぁ!? 空を飛んでるんだけど!」

 私は叫んでしまった。


 真っ黒な翼を広げ、こちらに突進してくる少女。


「先生、伏せて!」

 赤城君の忠告に微動びどうだにできない自分。

 私たちの頭をスレスレですり抜けて行く少女。


 私は驚きすぎて、その場に座り込んでしまった。


「守護霊様、次が来たよ!」


 しゅごれい様? 何? 赤城君?

 

 夜空を舞う少女は赤城君に向かって飛んで来る。

 すると、赤城君の右手が光だした。


「赤城君! 危ない!」

 情けない…。私は立ち上がれない…。


「いい加減、成仏してね!」


 赤城君は飛んで来る少女に、光る右手でワンパンを喰らわせた。

 同時に地面に叩きつけられる少女。


「やっと成功した!」


 赤城君はそう言うと、小学生少女に向かい右手、手のひらを差し出す。


 青白い光に包まれる少女。

 少女はしだいに黒い霧となり消えていく。


 神の御子? これが神の御子の力なの?


「武田先生、大丈夫ですか? 立てますか?」


 立てない…。


「えっと…。すみません先生。ワシの背中にどうぞ。」

「いや! 無理無理! 重いし!」

「あはは! やった! それなら体力が付きそう。」


 そう言って赤城君は、私の両手を持ち上げ、あっと言う間に私を自分の背中にのせた。

 

 いわゆる、おんぶをされた私…。


「赤城君、今のは何?」

「何て言ったらいいのかな…。」

 

 中学生男子に背負ってもらう25歳、情けなくて、でも嬉しい…。


「武田先生。今いた少女は、今あるこの世界の住人です。幽霊みたいなモノです。」

「なんで赤城君は…。」

「ワシには見えちゃうんですよ。アイツらは自分を確認できる人間を襲ってきます。」

「えっ? ちょっ? 赤城君は、今みたいに幽霊を退治しているの?」

「そんな事しませんよ! 今回は襲ってきたからです。普段は無視しいていれば何もされませんよ。」


 普通!!

 何で普通に言っているの?


「ところで、先生のアパートはここですか?」

「え? う、うん。何で?」

「あぁ。ワシの守護霊様が教えてくれたんです。」


 あぁ。もう無理…。キャパ超えた…。


 でも、赤城君は私を守ってくれたんだ…。


 ありがとう、赤城君。

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