トワイライトガール
七夕ねむり
トワイライトガール
好き、という言葉だけしか知らなかった。
それは確かに「好き」だけではなく、もっと醜い何かが混ざっていたのだと今ならわかる気がする。
「好きなの、サチが」
挑むような告白だったと思う。眉根を寄せて、唇を引き結んで。実際勝負のようなものだったのだ。私の人生を賭けての。
「好き、じゃない」
結果は三秒で惨敗。私は悲しいより悔しいような気持になって、来た時と同じように闘志に溢れた顔つきのままずんずん帰路を辿った。
自室に入ってからはティッシュペーパーを一箱で済まないほど使い切るまで泣いて、ご飯も食べずにただただ眠った。大好きなハンバーグより好きだった人に振られたのだ。
私を好きじゃないといったくせに、不思議そうにその大きな瞳をぴかぴかと光らせていた彼女が鮮やかに甦る。
卒業式は一緒に写真に写ったけれど、私は小さな目がこれまでにないほど腫れあがってそっぽを向いていて、彼女は相変わらず大きな瞳が見えなくなるくらい目尻を目いっぱい下げて収まっていた。古ぼけた写真を彼女に渡して席に着く。彼女の腕はやっぱり白くすべすべとしていて、まるで上等な一輪挿しのようだった。紅く彩られた唇と桃が浮いた頬は驚くほど少女の頃の面影を残していて、狡いだなんて見当違いなことを考える。
私だけおばさんになったみたいじゃない。
アナウンスが静かに流れて、ざわざわと周りが動き出す。彼女が出ていくのを外まで見送って、私も鞄を肩に掛けた。頭の中で最寄り駅のスーパーに立ち寄る算段を整え出口へ足を進めた。帰りに夕飯の材料を買わなくてはならない。戸口まで来た所で歩を止めて振り向く。迷惑そうな顔を隠しもしない大人達が足早に出ていくのとぶつかり、舌打ちをされた。
最後にもう一度だけ見ておきたかったのだ。
黒で縁取られた四角の中で佇む彼女は私の好きだったあの笑みを浮かべていた。
「下手くそ」
騒がしい室内にぽつりと落ちた言葉は、私自身の耳を僅かに弾いて掻き消された。今度こそ足早に外に出る。窮屈を強いられている両足と、着慣れない洋服から早く解放されたくて携帯電話の画面をなぞる。やがてやって来た一台の軽自動車に乗り込み、私は小さく息を吐いた。
トワイライトガール 七夕ねむり @yuki_kotatu1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます