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日本の南、グアムの方で発生した台風は、少しずつこっちに近づいているらしくて、なんだかワクワクしてしまう。けれどそんな興奮なんか以上に、毎朝、僕は学校に行くのが憂鬱でしかたがない。それは高校三年生になった今でも変わらない。
別に進路に悩んでいたわけでも、人間関係で困っていたわけでもなく、ただ、面倒で仕方がなかった。朝七時には起きて、七時四十五分には家を出て、八時には学校に着くように自転車を漕ぐ。天気が良かろうが悪かろうが、それだけのことをするのが、億劫でどうしようもなかった。
いっそ台風が直撃して家の近くの川が氾濫でもして、学校を流してくれればいいのにと、割と本気で思ったりしている。
マンションの最上階から一階におりるまでのエレベータの中、僕は何度もため息を漏らした。
面倒臭い。体がだるい。気分がのらない。
そんな不健康な気持ちが胃の底の方に溜まっている気がして、全部吐き出したくて、何度も何度もため息をつく。
ふと、それが行き場をなくして狭いエレベータの室内に漂い続けているような気がして、思わず息を止めてしまった。古いエレベータは、ゆっくりと、下降していく。僕の気分と同じように。
不快だ。今誰かがこの中に入ってきたら、人によってはマイナスのオーラにあてられて、体調を崩すんじゃないだろうか。吐き出した気持ちが、べっとりと学生服の生地に張り付いていくような気がして、身をよじらせた。
息がもちそうにない。でも、ここで思いっきり空気を吸ったら、死んでしまう。正確には、死にたくなってしまう。そんな気がする黄ばんだ階数表示は六階を通過したことを示していて、このまま、息を止めたまま死ぬか、吐き出したばかりの新鮮な腐った空気を吸って死にたくなるか。真剣に迷ってしまう。
いよいよ限界だというところで、エレベータが一階に着いた。
ドアが開くなり、転がるように外に飛び出して、ちょっと距離をとってから、やっと僕は息をすえた。息の荒い僕を不思議そうに見て、若い女の人が空気の腐った不快な箱の中に入ると、何でもなさそうに上へと運ばれていった。
どうにか気分を変えなきゃいけない。
僕は毎朝そうするように、学生服のポケットからiPodを取りだしてイヤホンを耳にはめた。今日は特別気分が乗らない気がして、僕はとっておきの一曲をリピートで流し始めた。音楽が耳に届いて、僕はやっと歩き出すことができる。燃料みたいだ、なんて思いながら、玄関を出た時よりも幾分軽い足取りでマンションの駐輪場へと向かった。
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