第31話 本当の目的
昨夜のダンス・パーティで、ゲーム『恋するパンプキン・パイ』の攻略対象は出揃った。
本命のアラン王子
アラン王子の弟リチャード王子
アラン王子の側近エドワード
伯爵家長男ヘンリー
ヘンリーのライバル?男爵家三男ディラン
菓子職人パトリック
しかし。
この中の!誰とも!フラグが立ってない!!
ダンス・パーティって攻略対象とぐっと距離が縮まる重要なイベントなんだよ。
なのにそこで初めて知り合うとかって何?
距離が縮まった相手もいないことはないけど、その一番近づいた相手っていうのが…
「ねえ、これはなあに?」
「それはナツメグです。お菓子のスパイスとして使うんです」
「へえー。ハンバーグに使うのは知ってたけど、お菓子作りにも使うのねえ。じゃあこれは?」
「――イザベラ様。椅子をお持ちいたしました。よろしければお掛けくださいませ」
昨夜の言葉どおり厨房へやって来たイザベラは、物珍し気にあたしへ色々と質問を投げかけてくる。
現在、それを周りで見ている人達の方が仕事になっていない状況となっている。
あたしの背中に張り付いているイザベラ様に気を遣って、出来るだけ上等な椅子を運んでくる人も案の定現れた。
「ありがとう。でも私のことは空気だと思って気にしないでちょうだい」
そうはいっても憧れのイザベラ様ですから、どうしても視線が集まってしまう。
こんな時こそ怒ってくれるはずのパトリックは、もう存在そのものを意識から外しているかのように華麗にスルーを決めていた。
彼女がここにいる理由については、入ってきた時に自分で周りに説明してくれた。
「でもそれならパトリックがやるべきなんじゃないのかい?だってパトリックはイザベラ様と」
「あら。せっかくだから女の子同士の方がいいじゃない。ね?」
ジェニーさんの言葉を遮ってイザベラがぐいぐい来る。
だから、胸が大きいって、イザベラ。
「あの、ここは暖かいので地下へ行って作業しますね」
普段から地下の貯蔵庫で作業することが多いから、必要な道具はだいたい地下に揃っている。
グレッグさんに伝えて、使用する材料だけ持って移動することにした。
グレッグさんはイザベラに腰を低く挨拶したけど、あたしにはいつもの調子で背中をポンと叩いて送り出してくれた。
「寒くないですか?」
「大丈夫よ。こんな所があるのね」
貯蔵庫に入りイザベラに訊ねると、興味深そうに氷を眺めながらそう答えられた。
「厨房はお菓子作りには暖かすぎたので、料理長のグレッグさんがこちらを使っていいって言ってくださったんです」
「さっきの人?」
「はい。親戚のおじさんみたいな感じで、いつも気に掛けてくれているんです」
「…ふーん。ここ色々揃っているのね。全部エミリーの?お花も飾ってあるのね」
「グレッグさんがくださったんです。殺風景だから寂しいだろうって」
それから、ここは寒いからとショールも用意してくれている。
あたしはここで作業することを想定して厚めの服を着ているけれど、イザベラのドレス(普段着?)は大きく胸が開いて見ていて寒そうだ。
「大丈夫よ。お気遣いなく。それより、支援用のお菓子を作る話をしましょう」
確かにあたしにぐいぐいと来る体温は高い。
なので、気にせず本題に入った。
イザベラの要望を聞くと、日持ちしてビタミンや鉄分が豊富な物がいいということか。
遠くへ運ぶことが前提だし、水分を少なくして…となると乾パンみたいな感じかな。
でも乾パンて金平糖と一緒じゃないと、口の中の水分取られて食べられなかったな。
それに乾パンだと結局炭水化物がメインだから、これまでの支援物資と変わりないか。
ドライフルーツやナッツを入れるとか?
「パンプキン・パイは日持ちしないのよね」
「かぼちゃは、そうですね。でも、かぼちゃの種なら日持ちしますよ。栄養もたっぷりだし。パイを作った後、残しておきましょうか」
そんなことを話し合いながら、取り敢えずよく作るドライフルーツとナッツのパウンドケーキを作ってみた。
水分少なめを意識するといつもよりも硬めでパサパサした感じになってしまったけど、
「でもこれでも充分美味しいわ。普段お菓子なんて食べられないこどもばかりだからきっと喜ぶわ」
と、イザベラは嬉しそうに味見していた。
ゲームには隣国の内戦に触れているところはあったけど、イザベラがそこで支援しているという話はなかった。
実はゲーム内でも表に出なかっただけでやってたとか?
いや、そういうキャラじゃなかったはず。
「自分の領土じゃなくて、隣の国なんですよね。その国の偉い人は最初いい顔してなかったって聞きましたけど、どうしてそんな支援なんてしてるんですか?」
「んー。偶然? 成り行き? かしら。たまたま縁があってそこの人達と知り合ってしまったのよ。そうしたらもう放っとけないでしょ」
あっけらかんとイザベラは笑う。
確かにそうかもしれないけど、そんな簡単なことでもないような…。
ゲームのイザベラなら、きっと放っておいても気にしなさそうなのに。
「これの作り方教えてもらえるかしら?うちの料理人にも作ってもらうわ」
そう言われて、作り方と諸注意を説明した。
この世界には保存料も真空パックもないのだ。
日本より乾燥しているから日持ちはしやすいだろうけど、それでも注意が必要だ。
「とにかく手や道具をよく洗ってその水分をしっかりふき取ってください。なるべく菌が残らないように。あとケーキをしまう時は完全に冷めてからにしてください」
イザベラはふんふんと楽しそうにメモを取っている。
「エミリーは本当にお菓子作りが好きなのね。すごく真摯に向き合ってるのが伝わってくるもの。だからあんなに美味しいのね。私、そんなに夢中になれるものがないから羨ましいわ」
つい熱く語り過ぎたかと思っていたけど、メモを取り終えた後そう言われて、なんだか照れてしまった。
「…イザベラも、内戦で困っている人達に真摯に向き合っているじゃないですか」
あたしがそう言うと、イザベラは
「そう言われると、そうね」
と、なおさら嬉しそうに笑った。
そんな風に乗せられたあたしは、その後もビスコッティやクッキーなどを作ってはレシピを教え、結局今日はパーティ用のお菓子の準備などは出来ずじまいだった。
でもこんなに喜んでもらえると嬉しいし、誰かの役に立てるのならそれでもいいかな。
「本当は毎日でもここに通いたいんだけど、そろそろ他国からの招待客が到着してくるから、私もそのお相手をしないといけないの。残念だけど……。どなた?」
話している途中で、イザベラは後ろを振り返った。
あたしは何も感じなかったけど、つられて後ろを見ると、扉が少し開いていた。
イザベラが様子を見に近くへ行ったものの、そこには誰もいなかった。
「ここはいつも閉まっているのよね」
「はい。冷気が逃げるので」
「…それにしても、随分重い扉ね。窓もなくて灯りがないと真っ暗だし、完全犯罪にはもってこいね」
扉を開け閉めしながらそんな冗談めいたことを最後に言って、それで今日の作業は終えることにした。
貯蔵庫を出て行こうとすると、イザベラが先に進み扉を開けてくれた。
「重くないですか?」
「重いわね。でもコツは掴んだわよ」
その言葉どおりに慣れた感じに扉を閉めて、あたし達は地下を出た。
「どうだい。エミリー、上手くいったかい?」
地上では、グレッグさんがいち早くあたし達に気が付いて声を掛けてくれた。
「じゃあエミリー。またお願いね」
イザベラが手を振って厨房を出ていく。
え? またお願いね?
すっかり今日だけだと思っていたのにまたがあるのか。
それからイザベラは、出ていく際にパトリックを手招きして一緒に出ていった。
その様子を見ていたジェニーさんが、あたしに声を掛けてきた。
「エミリー、イザベラ様にパトリックのこと言ったんだろ?きっと説教してくれてるんだよ」
いや、そんなこと思いもつかなかったからそれは違うと思う。
「そういえば、朝、イザベラ様とパトリックのことで何か言いかけてましたよね」
イザベラの声が被っちゃってよく聞こえなかったけど。
「ああ、パトリックはイザベラ様の遠縁にあたるから、頭が上がらないんだよ」
本家と末端の分家という感じらしい。
グレッグさんの身内にも貴族に嫁いだ人がいるという話だし、使用人といっても、宮廷の厨房を預かる料理人となると、それなりの身分がないとなれないということか。
下働きで食器洗いや掃除などをしている人達には特にそういう後ろ盾はないんだよね。
お湯なんて出ないから、冷たい水回りの仕事は身分の低い人の仕事になる。
イザベラに言ったらお湯くらい何とかしてくれないかな。
時期王妃になるんだろうし。
あたしが作ったお菓子、たくさん持って帰ったけど、アラン王子のお口にも入るのかなあ。
そんなことを考えつつあたしもジルと食べるお菓子を持って厨房を出ると、外ではイザベラとパトリックがまだ話をしていた。
深刻そうに話しているから、邪魔にならないよう、出来るだけ気配を消してそっと通り過ぎる。
2人も小声で話し合っていたので、何を話していたのかまではその時はよく分からなかったけど、こんなことを言っていたのだと気が付いたのは、もういろいろ起こったずっと後のことだった。
「――今日見ていてだいたい分かったわ。これまでどおりしっかり邪魔してちょうだいね」
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