第30話 ラストダンスは私に

ああ、そうだ。

イザベラにこそ聞いておきたい。

「このネックレス、友人に借りたんですけど、どう思います?」

ジルのネックレスをここでようやくまじまじと見たイザベラは、満面の笑みで答えた。

「とっても素敵だわ」

あ、好感触?

「あなたによく似合ってるわよ、エミリー」

いや、そういう誉め言葉を求めて言ったんじゃないんだけど。

しかし改めてイザベラの装いを見ると、きわめてシックだ。

身に着けているアクセサリーのほとんどは真珠と見られる物。

イザベラそのものが煌びやかな印象だから、敢えてキラキラした物を着ける必要はないのだろうけど。

「イザベラのネックレスはシンプルなのに素敵ですね」

そんなことを言ってみたら、イザベラが

「あら、これも着けてみる?」

などと自分のネックレスを外しそうになった。

「いや、そうじゃないですそうじゃないです。誉め言葉です」

焦って止めたけど、イザベラは少し残念そうな様子だった。


室内に戻ると、リチャード王子がヘンリーから離れていくのが見えた。

何か話していたらしい。

あたし達に気付いたヘンリーが先ほどのお酒の件を謝りながら、またグラスを差し出してくれた。

レイチェルにたっぷり叱られたと言って。

ちなみに差し出されたグラスの中身は紫色。

ぶどうの香りがする。

さっきの今でまさかお酒ということはないと思うけど、つい警戒してしまう。

するとそんなあたしに、イザベラもグラスを差し出してきた。

「あら。エミリーはこういった物の方が好きなのよ」

こちらは澄んだ黄金こがね色の液体。

りんごかな?

ちょっと口に含んでみると、美味しくてスルスルと喉を通っていき、あっという間に全部飲んでしまった。

「美味しい」

思わず声に出てしまったの聞いたイザベラが

「ほらね」

と何故か勝ち誇った顔をしていた。


そうだ。

パトリックの作ったお菓子を食べてみたい。

と思い立ったものの、時すでに遅し。

デザート系の物はもう何も残ってはいなかった。


もうすぐダンス・パーティも終わり。

イザベラは、ラスト・ダンスはアラン王子と踊らなくてはならないからと、名残惜しそうに戻っていった。

「ラスト・ダンスのパートナーは、予め決まっているものなんです」

レイチェルの言葉どおり、それぞれが約束していたパートナーの元へ歩んでいく姿が見える。

あたしはもう充分楽しませてもらったし、後はのんびり眺めていようかなと思ったけど、レイチェルは結局あたしの面倒を見てくれて、楽しくなかったよね。

申し訳ない気持ちで、あたしの隣のレイチェルとヘンリーの様子を見た。

ん?ヘンリー?

なにゆえそこに?

あたしと目が合ったヘンリーは、意味ありげに笑う。


「何やってるんだ。さっさと行くぞ」

ヘンリーに気を取られていると、反対方向から声がした。

偉そうな口調。

しかし、その顔は少女のように愛らしい。

「おー、ディラン。リベンジ?」

ヘンリーが軽口を叩く。

「うるさい。お前は黙ってろ。――何やってるんだ。早くしないと終わるだろう」

差し出された手におそるおそる手を乗せると、ぐいぐいとフロアへ連れていかれた。

「お前は何もしなくていいから」

そう言って。


ラスト・ダンスの曲は『長き冬の終わり』。

ディランは初めて一緒に踊った時と違い、ぐっとあたしに体を寄せてきた。

その密着度にドキッとしていると、曲が始まり、あたし達は足を踏み出し…て……。

何、この曲。

今までの3拍子とは全く違う。

これ、ワルツじゃない。

隣で踊っている女性を見ると、男性と片手だけを繋いでくるっと回ったり、そのまま複雑なステップを踏んだりしている。

反対側の女性はというと、男性と近づいたり離れたりと、また何か違うステップで踊っている。

その様子を茫然と眺めているあたしは、当然そんな動きが出来るはずもなく、ディランに振り回されるがままになっていた。

だけどイザベラと踊った時と同様、ディランの動きが伝わってくるため足を踏むこともなく、本当に踊らされている状態だった。

「最初からそうやって力を抜いていれば余計な恥をかかなくて済んだんだ」

怒ったような声が耳の近くで聞こえる。

ああ、あたしが最初力み過ぎていたからディランは上手くリードできなかったんだ。

それなのに、聞こえていないとは思うけど、イザベラに「下手くそ」とまで言わせてしまった。

「すみません」

申し訳なさいっぱいで謝罪すると、さらに怒ったような声を出した。

「は?お前が下手くそな程度で俺の評価が下がるわけがないだろう。恥をかいたのはお前だけだ」

ええっと、それって、あたしを心配してくれたってことでいいのかな。

何それ。

嬉しい。

「ありがとうございます」

顔がほころぶのを止めることなど出来ず、心からお礼を言うと、

「ふん」

とだけ返された。

ツンデレか。

少しだけ余裕が出来てフロア全体の様子を見ると、どうやらこのダンスは型にはまったものではなく、銘々が好きに踊ってよいものらしい。

ゆえに、ダンスに自信のあるカップルはより難易度の高いステップを踏む傾向にあるようだ。

ラスト・ダンスのパートナーが決まっているというのもそういうことか。

あ。イザベラとアラン王子の姿が見えた。

アラン王子がイザベラをうっとりと見つめている。

しかし当のイザベラは、うっかりあたしと目が合ってこちらにウインクを飛ばしてきた。

うすうす感じていたんだけど、ゲームとは真逆で、アラン王子がイザベラに片思いしてない?

大丈夫なの、これ。

それから、ヘンリーもいた。

パートナーは、レイチェル。

もしかしてリチャード王子と話していたのはこのことだったのかな。

2人とも優しい顔をしている。

ヘンリーがレイチェルの耳元に顔を寄せて何か囁いたらしく、レイチェルの頬が一瞬で赤く染まった。

えっ!?何、何。

すごく気になったけど、ディランが方向を変えたためその先の様子は確認できず、ダンスは終了してしまった。


ディランに改めてお礼を言いたかったけど、すでにヘンリーしか目に入っていないらしく喧嘩腰で話しかけに言ったので、それは敵わなかった。

音楽が終わればダンス・パーティは終了。

皆それぞれに広間を出ていく。

イザベラとは今日はもう話は出来そうもないけど、レイチェルには本当にお世話になったから、手袋を返す際にとにかく感謝を伝えた。

「お役に立てて光栄です。でもそんなにお気になさる必要はありません。明日からイザベラ様がお世話になるようですし」

もしかしてテラスで話した件?

もう伝わってるってことは本気なのね。

「困った御方でしょう」

レイチェルは、全然困っていない笑顔でそう言った。


「じゃあ、エミリーちゃん。おやすみ」

ヘンリーが別れ際に声を掛けてくれたので、彼にも礼を言う。

「はい、おやすみなさい。今夜はありがとうございました」

「いやいや。こちらこそ楽しかったよ。――ところでそのネックレスは、ジルのかな」

「はい、貸してくれたんです」

「そうか、やっぱり。ジルの実家は、昔からうちが利用している店なんだよ。彼女のお父さんのことは聞いてる?」

亡くなったというお父さんの件かな。

「はい」

「彼が亡くなった時に、ジルがお城で働けるよう紹介状を書いたのが、うちの親父だったんだ」

もしかしてジルにやたら構うのは、ただ女好きというだけじゃなくて気に掛けていたのかな。

「いい商品を扱ってる店だけど、そのネックレスはその中でもかなりランクが上じゃない?それを君に貸したんだ。本当に仲が良いんだね」

まるで保護者のような目だ。

「エミリーちゃんがずっとお城にいられないのは分かってるけど、でもその間だけでも仲良くしてね」

それだけ言って、彼は去っていった。


レイチェルは、あたし達のやり取りを邪魔しないよう気を遣ってくれていたらしい。

ヘンリーがいなくなるのを確認して声を掛けられ、部屋まで送ってくれた。

そういえばさっき、2人で何を話していたんだろう。

訊いてもいいかな、と思っていると部屋に着いた。

彼女にお礼とおやすみの言葉を告げ、部屋へ入るとすぐにネックレスを外そうとした。

こんなに高価な物を着け続けるのはなんだか恐れおおくって。

だけど髪に引っ掛かって、思わず

「痛いっ!」

と声を上げてしまったのが廊下のレイチェルまで聞こえたらしい。

すぐに「どうしました?」と戻ってきてくれた。

そしてあたしを見て察してくれて、髪に絡んだネックレスを丁寧に外すと、元の宝石箱に戻すところまでしてくれた。

結局ダンス・パーティでは最後までレイチェルにお世話になっちゃったな。

またお菓子を作って差し入れよう。

そう思って、また改めて挨拶して彼女を見送った。

今夜はずっと落ち着かなくて、こんなにちゃんと見たのはこれが初めてだったかもしれない。

それで気が付いた。


レイチェルの髪飾りって、ジルのネックレスによく似てるなって。

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