第26話 ダンスパートナー

アラン王子とイザベラが踊りはじめると、続けて身分の高い方々がフロアへ出て踊りはじめた。

ヘンリーも、予約していたと思しき色っぽい女性と踊っている。

最初のダンスは、この国の伝統的な曲『白い小鳩』。

曲名を聞いた時はピンとこなかったけど、確かに耳にしたことがある。

町の酒場辺りで、酔っ払いがよく口ずさんでいるのがこれだった。

耳に残りやすくてノリのいい曲だ。

しかし伝統的というだけあって、現代と違う独特のリズムのため、あたしがレイチェルから教わったダンスとは少し違った古いステップが入っていた。

これは身分云々抜きにしても、慣れている人にしか踊れないだろう。

ちなみに身分の高くない出席者というのは、あたし以外では主に騎士や剣士といった人達。

そもそもダンス・パーティは男性が不足することが多いらしく、彼らは時折人数合わせに呼ばれているとかで、それなりに慣れているようではあった。

剣士といえば、5年前の村祭りで会ったあの男性がいるのでは…と思って辺りを見回したけど、彼の姿はなかったので、ほっとした。


「王后陛下は踊られないんですね」

最初の曲は王后陛下かアラン王子が踊られるという話だったけれど、王后陛下は椅子にお座りになったまま楽しそうにリズムを取っているだけで、フロアへ出られる様子はない。

王后陛下主催のパーティということだけど、国王陛下はいらっしゃらないのかな。

「王后陛下は少し前に足を痛められたので、大事を取っていらっしゃるのだと思います。こういった賑やかな場がお好きな方ですから、踊られなくとも、気晴らしになるのでしょうね」

王后陛下はこういったパーティをよく催されるらしい。

国王陛下はというと、パーティの類いには、よっぽど正式な場でない限り姿を見せないのだそうだ。


そうしてあたしたちは、1曲目は皆が踊っている姿を眺めながら雑談して過ごした。

曲が終わると、ヘンリーがあたしたちの所へ戻ってきた。

「じゃ、エミリーちゃん行こうか?」

「え?」

ヘンリーがあたしに手を伸ばす。

「せっかくのダンス・パーティなんだから踊らなきゃね。ね、レイチェル」

レイチェルの方へウインクをして、許可を求めると

「そうですね。初めてのダンスパートナーとしては、無難ですね」

と、彼女は容赦なく失礼なことを言って頷いた。

しかしヘンリーは

「だよね。俺ならちゃんとリードしてあげられるから安心して身を任せてよ」

と、レイチェルの言葉に全くダメージを受けていない様子で自分の胸を叩いた。

せっかくだしお願いしよう、と思ってヘンリーの手を取ろうした時、横からもうひとつ腕が差し出された。


「俺にもお前と踊る権利があるだろう」

白い肌に紅い唇。

少女のようなその顔で、彼は偉そうにそう言った。

「ディラン?なんで?」

不思議そうなヘンリーに、ディランがキッと睨みつけるように答えた。

「この女に招待状を持って行ったのは俺だ。だから俺が最初に踊るのが筋だろう」

この女――この言葉からも、ディランがあたしに好意があるから踊りたいというわけでないことが分かる。

ヘンリーへの敵対心からだ。

ヘンリーはというと、ディランに対してそんな敵対心のような感情は持ち得てない。

困った弟を見る目だ。

ディランは16歳。

ヘンリーは20歳だ。


ここからは前世のゲームでの情報になるが、幼少期の2人はよく一緒に過ごしていて、ディランはヘンリーを慕っていた。

けれど成長するにつれて生まれた、2人の距離。

文武に長け、誰に対しても友好的なヘンリーは、伯爵家の長男でありながら、自身もレイズ子爵の称号を持っていた。

対してディランは、ヘンリーと比較されることが多いものの、男らしい体格に恵まれなかったことからもあまり剣術の類いは得意とせず、コンプレックスから周囲への接し方も不器用なものになってしまったのだった。

かつてそんな微笑ましい2人の関係を描いた薄い本が人気だったことを、伊月は知っていた。

この現実でもそのとおりかどうかは知らないけれど、その知識があるから、あたしが当て馬的な存在になるのは仕方ないよね、という気分だった。


「んー。エミリーちゃん、どうする?」

困ったように頭を掻いて、ヘンリーがあたしに振ってきた。

え。あたしが決めていいの?

焦ってディランの方を見ると、彼の気持ちは揺るがない様子。

ヘンリーはそんなディランを確認すると、

「じゃあ、エミリーちゃん、最初が俺じゃなくて残念だけど、ディランをよろしくね」

と、あたし達を送り出した。

あたしがよろしく言われる側なんだ。

憮然と差し出された手に、おずおずと手を重ねた。

見た目は少女のように見えるけど、触れると、ジルや村の友人たちとは違う。

やっぱり男の人の手だと思った。

ゲームの中でも、パーティで最初に踊ってくれた相手だった。

それはダンスを教えてくれたからというのがあったのだけども、現実にもそうなるなんて、不思議な感じ。

でも、生身の人間として手を触れるのはこれが初めてだ。


エスコートしてくれるディランに、慣れないヒールでやっと付いていく。

ディランはあたしをチラッと見た。

「ヘンリーやイザベラが気にしているようだからどんな娘かと思って招待状を持って行ったが、ただの田舎娘にしか見えないな」

呟いたディランの言葉に、なんであの時ヘンリーではなくディランが招待状を持ってきたのかが分かった。

イザベラはともかく、ヘンリーはあたしのことそんなに気にしてないと思うけど、それでもディランは気になるのか。

ディランがつまらなそうに息を吐きだした時、指揮棒が上がるのが見えて曲が始まった。

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