第25話 そしてついにダンス・パーティ

開始時刻の夜7時より少し前に会場となる大広間の前へ着くと、そこにはすでにレイチェルが待ち構えていた。

「こんばんは、エミリー。これを」

会うや否や、挨拶もそこそこに白い手袋を目の前に差し出された。

相変わらずのあまり変わらない表情。口調も淡々としている。

あたしもレイチェルもあまり目立つ出で立ちではないというのに、ここにいる人たちが、あからさまではないものの、2人のやり取りに注目しているのが分かった。

そしてそれが、あまりいい感情ではないということも。

「ありがとうございます」

受け取った手袋をはめてみると、それはあたしの淡い色のドレスにあつらえたようにしっくりと合っていた。

柔らかで滑らかな感触。

これは絶対かなりの高級品と見た。

「よかった。イザベラ様のお見立てどおり、ぴったりですね」

イザベラがわざわざ見立ててくれたんだ。

あたしのドレスのデザインとか、レイチェルから聞いていたのかな。

「ドレスではサイズが合いませんが、手袋ならご自分のをお貸しできると、楽しそうに昨夜遅くまで選んでおいででした」

――ということは、これは、イザベラの手袋?

やっぱり超高級品だ。

「そんな。あの。あたしにはもったいないですよ。あの、畏れ多いっていうか」

これにあたしの汗が染みこむとか、まずいって。

しかも白。

食事する時は絶対外さないと。

汚したら簡単に弁償とかできる金額じゃないでしょ。

手袋をしないわけにはいかないけど、この手袋をするわけにはいかない。

粘れば何か他にいい方法が出てくるかもしれないと思って、とにかく頑張って遠慮することにした。

しかしレイチェルは首を横に振り、この手袋をするしかない台詞を口にした。

「遠慮でしたら不要です。エミリーと友達になりたいとおっしゃっていたこと、お伝えしましたでしょう?イザベラ様のお気持ちです。どうかお受け取り願います」

「ハイ」

そんな風に言われると、断れるわけない。

それも他に大勢いる場で、イザベラ様のお気持ちを踏みにじるような真似など出来ようはずがない。

「イザベラ様は、昨日エミリーのダンスの練習に参加できなかったことを、非常に悔しがっ…残念がっておいででしたので、せめて手袋をお貸しすることで協力なさりたかったのでしょう」

んん?

今「悔しがって」って言いかけた?

イザベラってそういうお人柄だっけ?

まだどうにも掴み切れない。

「それはあの、えーと。光栄です」

という返しでいいのかしら。

失礼ではないよね。

最初訝しげに様子を伺っていた周囲の人々は、イザベラ様の名前が出たあたりから、なんとなく勝手に何かを察してくれたようだった。

何しろあたしはどう見ても貴族でないって分かるからね。

優しいイザベラ様が心配して気を回されているのだろう、とか、そんな感じかな。


誘導されて大広間の中へ入ると、そこは想像以上に煌びやかな場所だった。

絢爛豪華という言葉しか思い浮かばない。

大きなシャンデリアがキラキラと瞬き、随所に細工の施された壁や柱を照らしている。

そして天井に描かれている、昼と夜を象徴するような絵画もその光を受け、室内を一段と異空間のように見せていた。

あたしは上を見上げてぽかんと口を開けたままにしていたようで、通り過ぎる人達がクスクスと笑う声でそれに気づいた。

恥ずかしい。

田舎者丸出しだよ。

しかしレイチェルはそんなあたしを笑うことなく、壁側の方へ案内してくれた。

「もっと正式な宮廷舞踏会などでは各々の立ち位置も決まっているのですが、本日は気になさらず、踊っていない時は壁側に控えていれば問題ありません」


大広間の中央がダンスフロアというのはすぐに見てとれた。

上座と思しき場所に、如何にも偉い人が座るような大きな椅子がある。

その近くにオーケストラピット。

そしてあたしのいる所を含め、上座以外の壁側には食事やゲームのコーナーがある。

みんなずっと踊り続けているわけではないので、休憩したくなったらそこで他の方々と交流して過ごすのだそうだ。

上流階級のパーティは、なんてったって社交の要らしいから。

あたしはまあ、そういうのは関係ないから、今日を問題なく乗り切れればいいんだけど。

ちなみにテラスにも出られるようになっている。

ゲームではこっそりアラン王子とテラスで落ち合うんだけどね。

そういうのがないというのはもう充分身に染みてるから、期待は全然してないよ。


「あ、エミリーちゃん」

聞き覚えのある声がしてそちらを見ると、ヘンリーが長い前髪を揺らしながらこちらへやって来ていた。

「可愛いね。ドレス似合ってるよ。…あれ。そのネックレス」

ヘンリーがあたしのネックレスに気付いて何かを言いかけた時、間を遮るようにスッとレイチェルが歩み出た。

「ヘンリー様」

「へっ?レイチェル!?なんで」

ヘンリーは一瞬慌てた様子だったけど、すぐに顔をきゅっと引き締めていつになく真面目な表情を作った。

「エミリーの付き添いです。こういったパーティには慣れていないようですから」

「あっ、もしかしてイザベラになんか言われてる?」

キョロキョロと周囲を見渡すヘンリーに、レイチェルが淡々と告げる。

「はい。うら若き女性を弄ぶような下心のある男性をエミリーに近づかせないよう、仰せつかっております」

「ううっ」

ヘンリーは返す言葉がないようだったけど、レイチェルに対して悪い感情を持っている風ではなかった。

「ですが、ダンスのお相手とあれば別です」

「エミリーちゃんは誰かと踊る約束してるの?」

「いいいえ。全然。相手なんていなくて。…全然」

傍観者でいたらいきなりこっちに話を振られて焦ってしまった。

そうか、踊る相手…。

せっかく練習したけど、誰か踊ってくれるのかな、あたし。


その時、大広間がわっと盛り上がった。

アラン王子がイザベラをエスコートしつつ室内に入ってきたのだ。

イザベラはを笑顔向けながら会場内を見渡して、あたしたちを見つけて視線をとめた。

そしてあたしの手袋を確認すると、さっきまでのが形だけの笑顔だったと分かるくらい、キラキラとした嬉しそうな笑顔をあたしに向けた。


その直後、場内の雰囲気が明らかに変わり、王后陛下が御臨席なさったのが分かった。

そして簡単にパーティ開始の言葉を述べて、オーケストラの指揮者に合図を送られた。

指揮者が指揮棒を振ると音楽が始まり、アラン王子とイザベラがダンスフロアの中央で踊りはじめた。

そうして、ダンス・パーティが始まった。

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