ベンチおじさん

大福

幸せは探すもの

「夏は暑いから嫌い」


 日差しが強く。公園一帯を照らしている。ただ居るだけで空気と地面からの二重攻撃で僕はもうヘトヘトだ。なんで外に遊びに来てしまったのだろうか。と後悔を挟みつつ、公園に一つしかないベンチに座った。


「おいおい、小せぇ時からそんなこと言ってたら、将来きついぜ?」


 ベンチは一人で占領すること・・・は叶わなかった。一つしかないベンチは最近設置された手すりによって2つに隔てられている。だから片っぽ側が占領されていても僕は特に遠慮することなく座った。

 ベンチは大きな木の下にあり、日差しから僕を守ってくれた。

隔てた向こう側には髪はボサボサ顎には無精髭。茶色い薄手の長ズボンに灰色の半袖シャツ。そして極め付けにはサンダルを履いたおじさんらしいおじさんがいた。

 そして僕は今そのおじさんらしいおじさんに「なぜ遊んでこないのか」と声を掛けられた。


「おじさんもこうして日陰で涼んでいるではないですか」

「だから、大人はすぐ疲れちゃうんだよ。元気な内にはしゃいだ方がいいぞ?」


 「だから」の理由をツッコムということを中学生ながら国語に秀でた僕は思いついたが、初めて喋った人にいきなりツッコムという勇気を残念ながら持ち合わせていなかった。


「暑いから夏は嫌いです」


 もう一度言う。


「じゃあなんで遊びに来たんだ?」

「友達に誘われたから」

「ふぁぁ・・・昨日も一昨日もこうやって一人途中で抜け出して日陰で涼んで楽しいのか?」


 おじさんは欠伸をしながら言葉を続けた。

 話すのは初めて、といってもこのおじさんを僕は何回か公園で見かけていた。日課のように僕らが公園に遊びに来る時間帯にはここにいる。ベンチの手すりができるまではベンチで寝転がっていたのだが、最近はその手すりのせいかベンチに座っている時よく欠伸しているのを見かけた。最初に手すりを見たおじさんのしかめっ面はとても印象に残っていた。

 ちなみに僕たちの間では「ベンチおじさん」と呼ばれている。もちろん僕たちも全てのおじさんにあだ名を付けている訳ではない。この公園が僕たちの溜まり場であり、僕たちの目によく入るおじさんに固有名称をあげようとなっただけなのだ。


「楽しくはないです。でもそれ以外することがないから」


「することなんていっぱいあるだろ?ボウズ。時間は有限だぜ。気づいたら俺みたいに髭はやしてるかもしれないからな」


 おじさんは顎に手を伸ばし「ジョリジョリ」と音を鳴らしながらこちらを見る。

「おじさんも僕になったら分かるよ。ほんとに何もないから。つまんない上に夏はただ居るだけで辛いんだよ?」


 おじさんは「えっらそうに・・・」と苦笑いしながら僕を見てきた。


「まぁ、こんなベンチでただ涼んでるおじさんが言えることはあんま無いけどな」

 おじさんはまた無精髭を「ジョリジョリ」と鳴らして空を見る。そしてまた僕を見た。

「楽しいことは自分で探してみろ。他人から与えられるのを期待するんじゃなくてな。幸せはもらうんじゃなくて探すんだよ。いろんなところに幸せは隠れてんだから」


 そう言うとおじさんはベンチから腰を上げ、俺の頭に手をのせて「じゃーな。ボーズ」とだけ言い残して去っていった。

 ちょっとだけ恥ずかしそうなおじさんの顔はとてもよく記憶できた。

 

『楽しいことは自分で探してみろ。他人から与えられるのを期待するんじゃなくてな。幸せはもらうんじゃなくて探すんだよ いろんなところに幸せは隠れてんだから』

 僕にはよくわからなかった。怒られるのも褒められるのもそれは他人から得るものだと思った。



 学校は1学期最後の日となり、夏休みが控えていることから全員が全員気分が上がっているのか騒がしかった。

 中には夏休みどこに行こうか相談する者。中には夏休みの予定を自慢する者。そして中には僕の前に立ち塞がっている者もいた。


「あ、あの・・・わ、私と夏祭り行かない?」


 明らかに落ち着きのない様子の女の子はこの日差しの強い時期だと珍しく見えそうな真っ白な肌だった。長い黒髪を両方のサイドでまとめ、丸いメガネをかけている。


「僕と? な、なんで?」


 何を言われるのかと思いきや・・・であったので思わず動揺してしまった。


「そ、それは・・・分かってよ。で、いいの?」


 顔を少し赤らめながら言われると僕も顔に血が集まっている感覚がした。


「べ、別にいいけど」

「じゃ、じゃあ連絡先交換しない?」


 僕と夏祭りに行けるとなった彼女は次に連絡先の交換を求めてきた。とても妥当なことではあったが、女の子と連絡先を交換するなんて初めてのことだったのでとても緊張してしまう。


「い、いいよ」


 そう言って、メモを千切って自分のメールアドレスを書き、彼女に渡した。

 そうすると彼女は嬉しそうに自分の席に戻っていった。

 それから数日、毎日のように彼女からメールが来るようになった。メールアドレスを教えたら、そのメールアドレスに彼女のチャットアプリのIDが送られてきたので、最近はずっと彼女とチャットしている。

 自分でも驚いたことに知らぬ間に溜まっていく通知数は不快なものではなかった。

 そしてさらに驚いたことに、知らぬ間に自分からもメッセージを送っていた。

 *

 気づけば夏祭り当日となっていた。この日になると、僕の住む街は人が集まる明るいところと、みんな出かけて抜け殻のようになった住宅街の2つに分かれる。

 待ち合わせをして会った彼女は浴衣を着ていた。驚くべきことに僕も着ていた。去年までは友達と半袖半ズボンで着ていたのに、急な心変わりか僕は浴衣を着ている。


「に、似合ってるよ?浴衣」


 携帯上じゃ緊張しなくなったが、僕も彼女もまだ直接会うと緊張してしまう。何て声をかければいいか分からなくなっていると、おそらく男性がいうべきことなのだろう浴衣に対する指摘は彼女が先に言ってしまった。


「き、君も。か、可愛いよ」


 僕も彼女の浴衣についてコメントした。僕も彼女も顔を赤くして俯いてしまった。


「「・・・」」


 やっとお互いに顔を上げたが、またお互いを見つめあって無言になってしまう。


「じゃ、じゃあ行こうか」


 今度は僕から口を開いた。流石にまだ手を握れなかったが、たくさんある屋台のどこから回るかなど彼女と歩きながら話す。

 右手にわたあめ、左手には水風船、知らぬ間に頭にはお面をかぶっている。いつの間にか増えていた手荷物に困惑しつつも彼女と遊ぶ時間を楽しく過ごした。

 僕と彼女はお互いに一生懸命たくさん喋ったと思う。彼女との空間はやはり僕にとって好ましいものだった。だから・・・だろうか、この空気を2人だけで味わいたかった。人混みの中ではなく。


「ねぇ、ちょっと人混みから外れない? もうすぐ花火始まるから」


 彼女はとても嬉しそうな顔で反応した。考えてみればこれが僕の初めて彼女に与えた提案だったかもしれない。


 屋台が立ち並ぶ通りを横に抜けると、樹木が立ち並ぶ林に入る。林の中は今の僕たちのように人混みから抜け出した人の通った跡がこの夏祭りの回数分残されており、特に迷うことなく道を進んでいくと、少し開けた場所に出ることができた。


―ヒュルルルル・・・パァーン!


 瞬間。花火が始まった。

 初めて、女子と2人きりで見る花火は刺激的で感動的、そして、幻想的なものだった。

 その花火に僕たちはお互い視線を奪われたが、すぐにお互い見つめあった。


「ねぇ、私と付き合っ」


 彼女が唐突に俺に告白しようとしてきた。もちろん答えはOKとするつもりだったし、今日この雰囲気だと、彼女から何か言われるのではないかと予感もしていた。


「いや、」


 だが、僕はそれを遮った。

 その反応に彼女は困惑し、不安な表情を浮かべた。


「そういうことなら、僕からお願いしたい。君との時間は楽しかった。どうか、僕と付き合ってほしい」


 これが僕の本心であり、おじさんの言葉への答えだった。そもそも質問ではないのだが。

彼女がここまで僕との時間を用意してくれた。だから、ここは自分でそのささやかな幸せを掴みたいと思ったのだ。

そして、来年はこの幸せな時間を自分で手に入れたいとも思った。


『楽しいことは自分で探してみろ。他人から与えられるのを期待するんじゃなくてな。幸せはもらうんじゃなくて探すんだよ いろんなところに幸せは隠れてんだから』おじさんの声が不意に蘇った。


 そっか。幸せって訪れるものじゃなくてこっちから探しに行くものなんだね。分かったよ。おじさん。


 夏ってただただ暑くて嫌だったけど、夏祭りは好きになった。寒い時期になんかにこんな外で祭りなんかはできない。これは紛れもなく夏の楽しみだった。 

 彼女のお誘いに乗って本当によかったぁと思う。


 秋は蜂が多くて嫌いだけど、そういえば僕蜂蜜が大好きだ。蜂が一生懸命生きているから僕はささやかな幸せを見つけられるのだと思う。

 冬は雪が降らない中途半端な寒さが嫌いだ。何故って遊べなくてただただ寒いだけってつまらないから。でもだから『こたつ』なんて言う史上最強の道具が生まれた。寒いから暖かいのに幸せを感じられる。

 春は誕生日があるから嫌いじゃない。そういえば僕が誕生した意味って幸せを感じるためだったのかもしれない。強いて嫌いな点をあげるなら・・・クラスが変わってぼっちになっちゃうことかもしれない。でも新しい友達ができるのは楽しい。


 春夏秋冬全部嫌いで、好きになってしまった。


 探そうと思えば全ての季節、全ての日常に幸せは求められる。


『日常も捨てたもんじゃ無いねおじさん。』


 心の中でそう呟く。


『えっらそうに・・・』


 心の中のおじさんがそう僕に苦笑して呟いた。


 あんなに恥ずかしがっていたが、僕と彼女の手は知らぬ間に結ばれていた。

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