第2章 軽井沢と初めての情事


 翌朝は8時半のスマートスピーカーの目覚ましで目覚めた。まず熱いシャワーを浴び、肌の上に直接ディオールのプワゾンをつけて、カジュアルなパンツルックに着替えた。上はアンダーアーマーの赤色のシャツを着て、その上に一枚羽織るためのダナ・キャランの黒のブルゾンを用意した。昨夜ゆっくり眠れたおかげで、疲れはだいぶ取れていた。それで今朝は昨日コンビニで買った食パンを2枚焼いて、F&Mのオレンジ・ペコで朝食にした。そうこうしているうちに、もう9時半になっていた。裕美子は慌てて化粧をして、ロエベの週末用のショルダーバッグの中に、財布と免許証と車のキーと化粧ポーチを入れた。それが終わった瞬間に、来訪者を告げる電話が鳴った。

 裕美子はインターフォンの画面で透であることを確認すると、すぐ一階に降りていくことを告げた。それから茶色のスウェードの靴を履くと、荷物を抱えて急いで部屋を出た。マンションの入り口には、透がトリコロールの長袖シャツを着て、首にグリーンのトレーナーを巻いて立っていた。裕美子は透が結構身長が高いのに初めて気づいた。自分も165センチあったが、透は175センチ以上はあるようだった。

 「駐車場は地下なのよ。こっちから行けるわ。」裕美子は透を駐車場へと案内した。そして電子キーで車のキーを開けた。

 「え!!レクサスなんですか。凄いですね。大学の同じクラスのドラ息子が一人乗ってますけど、それよりもサイズが大きいですね。カッコイイ車だなあ。」透は驚きながらそう言った。

 「兄の車だから。私のじゃないのよ。」

 「こんなにいい車に乗れるなんて嬉しいなあ。ところで今日はどこに出掛けるんですか。」透は助手席に座りながらそう言った。

 「満開の桜が見たいのよ。そうすると、軽井沢がいいかなと思って。それとも箱根かな。」裕美子はエンジンをかけて、車を動かしながらそう言った。

 「さすがに軽井沢はまだ満開ではないんじゃないですか。箱根のほうがまだ可能性が高いと思いますけど。」透はちょっと考えた顔をしながらそう言った。

 「箱根ねえ。どうもそういう気分じゃないわ。ねえ、やっぱり軽井沢にしましようよ。東名よりも関越のほうがすいてるだろうし。」裕美子はそう言った。実際彼女の実家は軽井沢に別荘があり、両親は毎年夏には必ず避暑に行っていた。実家にいたころは、裕美子は毎年軽井沢に行っていた。小学生の頃の宿題も、中学・高校・大学の勉強も軽井沢の別荘でやっていた、とても思い出深い土地だった。だから軽井沢に愛着があるのは当然のことだったといえよう。

 「ええ、伊藤さんがそう言うならいいですよ。」透はそう言った。車は四面道から青梅街道に入り、環八の裏道を通っていた。こうして車を走らせてみると、昨日の強風で葉桜になってしまった桜の木々が連なっていた。裕美子は昨日とは違ってそれに気づいただけで何だか嬉しさが込み上げてきた。

 「中村君は就活でどういう会社とか職種を希望しているの?」裕美子は運転しながらそう言った。

 「そうですね。できれば大企業のメーカーなんですげと、本当はミュージシャンになりたいんですよ。でも現実は甘くなくて・・・・・・。まあ最悪の場合は、故郷でUターン就職することになるかもしれないですね。」透はちょっと暗い声でそう言った。

 「ミュージシャンって、どんなジャンルなの?バンドでもやってるの?」裕美子はそう聞いた。

 「ええ、まあバンドというよりは一人で演奏することが多いんです。ジャズなんですよ。」透は言った。

 裕美子はクラシックも好きだったが、ジャズも大好きだった。ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルド、ダイナ・ワシントン、マイルス・デイビス、ソニー・ロリンズ、チェット・ベイカー、ビル・エバンス・・・・・・彼らのCDは100枚以上は持っていた。

 「へえ。私もジャズが大好きなのよ。演奏するって、何するの?ピアノ、トランペット、サックス、それともベースかしら。」裕美子は楽しそうにそう聞いた。

 「サックスなんですが、いつか本場のアメリカで演奏してみたいというのが高校からの夢なんです。」透は声を弾ませながらそう言った。

 「いいねえ。夢があって。今度是非演奏を聴かせてよ。」裕美子は言った。

 「ええ。喜んで。しかしこの辺懐かしいなあ。大学一年の時にこの辺のアパートに下宿していたんですよ。」透は言った。

 「エ!!私も大学3-4年生の時に下宿していたわ。公園近くのマンションに。奇遇ねえ。」裕美子は偶然に驚きながらそう言った。

 「そうですね。ところでこの辺に下宿していたってことは、早稲田ですか?」

 「いえ、早稲田じゃないわ。」

 「それじゃあ上智とか。学習院とか。」透は聞いた。

 「違うわ。あまり言いたくはないけど、東大なのよ。」裕美子は少し浮かない顔をしながらそう言った。

 「え!!それはまたすごいですね。僕は初めて東大卒の女性を生で見ましたよ。本当にすごいなあ。僕なんかと比較にならないな。」透は驚嘆しながらそう言った。

 「別にそんなに珍しくはないわよ。私はたまたま勉強が少しできて、好きだったから東大に入れただけなのよ。」裕美子は自分の出身大学を伝えると、必ず言われる類いの言葉に、少しうんざりしていた。特異な目で見られることにももうだいぶ慣れてはいたが、気分はあまりよくなかった。言った途端にその人と距離ができてしまうからだ。

 そうこうしているうちに、車は関越に入っていた。裕美子は仕事で見せるように、運転も結構スピードを出して飛ばすほうだった。違反であることは承知していたが、常に追い越し車線でパッシングでほかの車を追い抜いて行った。

 「伊藤さんも飛ばし屋ですね。」透は少し怖くなりながらそういった。

 「運転は性格が出るっていうから・・・・・・。私は基本的に他人に負けるのが嫌いなのよ。」裕美子は言った。

 「だから女性であんなマンション買えるまで稼いでいるんですね。凄いですね。」

 「いくら東大卒とはいえ、男の中で女がのし上がっていくには、男以上の能力と努力と野心が必要なのよ。まああなたも就職すれば社会の厳しさってものがわかるでしょうけど・・・・・・。」裕美子は言った。

 「僕もいろいろなバイトをしてますが、それだけでもかなり社会の厳しさってものがわかったつもりになってますけど、伊藤さんのように一流商社のような厳しい職場でかなりの経験をしていると全然違うんでしょうね。」

 「まあ、社会人になって10年以上も経つんだから、かなりの修羅場を経験しているわ。」

 「ところで伊藤さんは英語のほかに外国語って話せるんですか。」

 「不自由なく話せるのはスペイン語ね。あと広東語も問題ないかな。スペイン語は学生時代にスペインに短期留学してたし、社会人になってからも勉強続けてたわ。広東語は5年前に香港に2年半赴任していた時に覚えたわ。」裕美子は相変わらず追い越し車線を飛ばしながらそう言った。

 「すごいですね。」透は感心しながらそう言った。

 「あなたも就活には気持ちが大切よ。何より自分をアピールできなくちゃ駄目よ。」裕美子は透を励ますようにそう言った。すでに車は藤岡JCまで来ていた。裕美子は軽井沢方面へとさらにアクセルを強く踏み込んで車を走らせた。

 「飛ばしますねえ。130キロですか。でもこのレクサスは高速でもさすが安定してますね。」透は裕美子がグングンスピードを出すのに多少呆れながらもそう言った。

 「そうなのよ。100キロ超えてからがこの車の真価が発揮される時だと思うの。疲れてるときはクルーズコントロールも使うけど、やっぱりハンドルとアクセルで自分で運転するほうがいいわね。」裕美子は言った。

 練馬のインターから、もう既に何十台の車を追い越していることだろうか。裕美子の気分はとても爽快だった。車の外はもう大分前から新緑に囲まれていた。その中を颯爽と青色のレクサスが突っ走っていた。警察がいれば当然捕まっていただろうが、今の裕美子の頭の中にはそんなことは全く浮かびもしなかった。ただ思い切りスピードを出して、突っ走っていくことが裕美子が今一番したいことだった。透はそんな裕美子の姿を見て、こうして人を追い抜いていくことがこの人はこの上なく好きなんだなと感じていた。

 裕美子が飛ばしたおかげで、12時過ぎには旧軽井沢に着いた。二人は町内駐車場に車を止めると、軽井沢銀座に向かった。二人はそこでミカサのソフトクリームを買って、ぶらぶらとその辺の土産物屋を見たりしながら歩いた。そこで裕美子は自分のIphoneでお互いの写真を撮ったり、道行く人に二人の写真を撮ってもらったりした。そうして一軒のおしゃれなカフェに入った。

 「ねえ、私達ってどんなカップルに見えるかな?やっぱり姉弟かな。それとも主婦と学生の不倫カップルかな。」裕美子は透の反応を楽しみにしながらそう言った。

 「伊藤さんは主婦には見えないですよ。姉弟ってところが妥当なんじゃないですか。」透はそう言った。裕美子は主婦に見えないと言われてお世辞でも嬉しかった。

 「でも中村君の彼女に悪いわね。こんな写真私がSNSとかにアップして見つかったら、ただじゃ済まないわよ。」裕美子は少しからかいながらそう言った。

 「今は彼女はいませんよ。1年ぐらい前にはいたんですけど、浮気というか別の男に取られちゃって・・・・・・。それから少し女性不信なんです。」透は少し暗くなりながらそう言った。

 「そう。そんなことがあったんだ・・・・・・。」裕美子は少し同情しながらそう言った。だが何故か心のどこかで嬉しさを感じていた。

 透は昔のことを少し思い出していた。音楽をやるだけあって、感受性が豊かなため、恋愛についてはことのほかロマンチストであった。その彼女とは同じ大学で2年近く付き合っていたが、別の大学の男と浮気して、その男に心奪われて別れを告げられた。付き合っていた時は、あんなに優しくて楽しく陽気だった彼女が、自分に対して興味がなくなると、一変して冷淡で憎しみすら抱いているような態度になってしまった。それは男には理解できない女の本性であると透は思っていた。そのためその後女性不信に陥ってしまい、誰とも付き合わなくなっていた。

 二人はそれから旧軽の裕美子の別荘の近くの桜の木があるところへと移動した。軽井沢は少しまだ肌寒いとは言え、それでももう春だという空気がしていた。木々は緑に覆われていて、浅間山の雪も山頂付近だけのようだった。

 桜の花は5分から6分咲きというところだった。まだたくさんのつぼみが自分の出番を待ちながら膨らんでいるところであった。ただそれでも十分に美しかった。日本人はどうしてこんなに桜が好きなんだろうと裕美子は考えていた。だが理由はどうあれ、好きなものは好きなのだ。この目の前の桜を見ていると、日ごろ仕事に追わている自分を忘れさせてくれるような不思議な力があるように感じられた。周りの緑と高原の爽やかな風、桜の花を引き立てている可愛らしい野の花・・・・・・そうしたものが、東京とはまた違ってずっと美しく感じられた。

 「まだ見ごろには早いですけど、きれいですね。」透は桜を見上げながらそう言った。

 「そう、とてもきれいだわ。だけど、私はこれぐらいの桜の時が一番好きかもしれないわ。満開になったら、後は散るだけだもの・・・・・・。あなたは桜に例えればまだ蕾の状態ね。自分次第でこれからいかようにも花を咲かせることができるわ。でも私はもう八分咲きで、これから満開になったとしても、すぐに散る運命なのよ。」裕美子は言った。

 「何言ってるんですか!!天下の東大出のバリバリのキャリア・ウーマンがそんなこと言ったら、他の人は咲かずに枯れるだけですよ。」透は驚いたようにそう言った。

 「今は分からないでしょうけど、あなたも後10年、20年と歳を取ってくればわかってくるわ。例えどんなに努力しても、どんなに成功しても、時間は残酷にやってきて、心も身体も若かった頃には戻れやしないのよ。私の場合、今まで自分の思い通りに生きてきて、桜の花を咲かせることができたから後悔はしてないけど、歳だけは元に戻すことはできないわ。私のような人間にとっては、神様から与えられた最も残酷な宿命は時間の経過だと思うわ。でもこれは始皇帝もチンギスハーンも避けることができなかったんだからしょうがないけど、時々やるせなくなるわ。」

裕美子は心の中に思ったことをありのままに言った。

 「そういうものですか。でも僕も時々昔に戻りたいと思うことがありますよ。」

透は裕美子の言った言葉の全てが分かりはしなかったが、それでも別れた彼女と過ごした楽しかった日々に戻りたいと思うことがあった。

 しばらくの間、二人はそこで桜の花を見て時を過ごした。そうしてそこでも写真を撮った。それから裕美子の気まぐれから、テニスをすることにした。プルンスホテルでコートを借り、ウェアとシューズも借りた。ラケットは車のトランクの中にいつも3本入れっぱなしにしてあったので、その内の1本を透に貸した。ボールはホテルで買った。裕美子は学生時代にテニスサークルに入っていたし、また中学・高校と桜䕃でテニス部に所属していたのでかなりの腕前だった。透はテニスはそんなにやったことはなかったが、運動神経がかなり良かったので、大抵のスポーツは難なくこなせることができた。

 裕美子はボールを打ちながら、自分が段々と楽しくなって何だか若返っていくような気がした。透は未経験のわりに結構うまかった。乱打を少しした後で、1セットマッチの試合をすることにした。裕美子が勝ったら、明日の午後に透のサックスを聴かせてもらうことにした。透が勝った場合は、今晩の夕食を裕美子がおごることにした。試合はブランクと年齢の差があっても、やはり経験者の裕美子が6-4で勝った。

 「ああ、こんなに走ったのは久しぶりよ。でも楽しかったわ。明日の午後を楽しみにしてるわ。私の部屋なら防音だから思いっきり吹いても安心よ。」裕美子は息を荒くしながらそう言った。

 「僕も楽しかったですよ。それにしても伊藤さんに勝ちたかったなあ。悔しいな、おごってもらえなくて。」透は少し悔しそうに汗を流しながらそう言った。

それから二人は着替えに行った。裕美子は化粧ポーチの中から化粧品を出して、化粧をし直してオーデコロンをつけた。しかしさすがに年齢のせいか、大分疲れを感じていた。それで着替え終わって外に出て透と会った時に、帰りの運転を代わってくれるように言った。透は最近車を運転してなかったので、怖いから遠慮したいと言ったが、裕美子が強引に頼み込んで運転させることにしてしまった。裕美子はただ車幅感覚だけ気にしていれば、レクサスには安全装置が備わっているので大丈夫だといった。そうして二人は帰路へついた。もう夕方の4時過ぎになってはいたが、二人とも空腹はそんなに感じていなかった。透は運転しているうちに裕美子の車にすぐに慣れたが、110キロ位で走らせていた。

 「もっと飛ばしなさいよ。こんなに空いてるんだから大丈夫よ。男でしょ。」裕美子はそう言うと、透の右肩を軽く突っついた。

 「いや、これ以上は怖くて無理ですよ。」透はそう言って、ほんの一瞬だけ裕美子の方を振り向いた。その時、透の汗の臭いが裕美子に感じられた。

 それは男の臭いだった。女性の多くは臭いと感じるかもしれないが、裕美子は臭いとは思わなかった。むしろそれとは逆に、透に対して初めて男を感じていた。それは本当に久しぶりの感覚だった。同期の彼と別れてから、初めての感覚だと言っても過言ではなかった。あれからは誰とも寝ていなかった。もちろん裕美子にも女としての性欲はあったので、自慰でここ数年は満たしていた。胸の鼓動が激しくなるのが感じられた。

 そして裕美子は急に透が欲しくなった。そのために裕美子は急に何も話さずに黙り込んでしまった。自分もやはり女なのだと強く感じていた。ただ本能的に透と寝たいと思ったのだった。

 裕美子は理性的にはそういうシチュエーションにもっていくまでの計画を考えなければならないと思った。だがそれ以上に気持ちが高ぶっていたので、とにかく自分の部屋に入れて、酒でも飲ませて透の性欲を煽ればいいと思うだけだった。実際のところ、今の裕美子は女としての本能が感情を支配しており、それ以上のことを考えるのはとても無理な状態だった。

 道路が空いていたために、練馬の出口を6時過ぎには通り過ぎることができた。透が空腹を訴えたので、途中のファミレスで食事を取ることにした。しかし裕美子の頭の中には、透との情事しかなかったので、とにかく食事を早く切り上げて家に向かわせた。カーナビの指示で出てくる道路よりも、裕美子が知っている裏道を通って行かせた。が、じれったくてしょうがなかった。ようやくマンションに着くと、駐車場に車を停めて、裕美子は透に自分の部屋に来て、ビールを飲むことをしきりに勧めた。最初は透も辞退していたが、のどが渇いていたのと、裕美子が自分の腕をつかんで離さないので、裕美子の部屋に行くことにした。エレベーターで上がっていくと、裕美子は自分の部屋のドアを開いて、透に中に入るように促した。それから部屋のことを誉める透をテレビの前の背の低いソファに座らせると、缶ビールとグラスを渡した。そして裕美子は高鳴る気持ちを隠しながら、汗を流すためにシャワーを浴びてくると言って、バスルームの中に入った。

 裕美子の心と身体は、これから起こるであろう透との情事のことで燃え上がっていた。裕美子は頭のてっぺんからシャワーを浴びながら、胸や首筋、そして下半身を入念に洗った。ただ透をあまり待たせてはいけないと思って、タオルで全身の水分を拭うと、パンティーだけつけてバスローブを着た。バスタオルで髪の水分を拭き取りながら、嫌でも透に自分を意識させようとしてCカップの胸元をわざと見えるようにバスローブを開けて、透の近くで乳首が見えるように屈み込みながら、透にシャワーを浴びるように言った。

 裕美子はバストの大きさと形を初めとして、自分のスタイルには自信を持っていた。確かに若いころに比べると衰えはあったが、それでもまだ十分通用すると思っていた。その作戦が功を奏したのか、透に完全に自分のことを意識させることに成功しているようだった。

 透は裕美子に促されるままにシャワーを浴びに行ったが、それというのも自分の股間が熱く燃えていたのを感じていたからだった。案の定、パンツを脱ぐと透のペニスは完全に勃起していた。透は今一瞬、垣間見た裕美子の大きく形のいいバストが完全に頭の中にこびりついてしまっていた。シャワーを頭から浴びていると、裕美子がタオルをバスルームの外に置いておくといった声が聞こえた。透はタオルで身体を拭うと、無理やりパンツを履いて服を着た。しかし胸の鼓動はもう抑えようがなかった。透は例の彼女と別れてからは、特定の女性とは付き合ってはいなかったが、一晩限りの付き合いや昔知り合った女性との割り切った付き合いなとで、ときどき欲望を満たしてはいた。

 裕美子も胸の鼓動の高鳴りを抑えることはできなかった。赤ワイン党の裕美子であったが、今日は風呂上りに透を酔わせるために冷えた白ワインとグラスを二つ用意して、透がバスルームから出てくるのを待ちわびていた。透がシャワーを浴びている間に、ベッドの状態のチェックはしておいた。コンドームも久し振りにベッドの枕の上の台に用意しておいた。そしてとうとう透が出てきた。

 「ねえ、ワインでも飲まない?このワインとっても美味しいのよ。」裕美子はすでに栓を抜いたワインを二つのグラスに注ぎながらそう言った。わざと自分の横に透が座るように、グラスを並べた。

 「ええ。いただきます。」透は裕美子の隣に座りながらそう言うと、一気に飲み干した。アルコールで胃の中から身体がさらに熱くなるのを感じた。

 「なかなかいい飲みっぷりじゃない。どんどん飲んでよ。」裕美子はそう言うと、またわざと透に胸の中が見えるような姿勢を取りながらそう言ってワインを注いだ。そして自分もグラスを一気に開けた。

 透はこれまでに年上の女性ときちんとした付き合いをしたことはなかった。同年代か年下ばかりとしか付き合ったことはなかったので、年上との情事は本能的に楽しみだったが、裕美子とはなぜか今晩限りになるとは思えなかった。今晩は久しぶりにした車の運転で疲れているところに、シャワーと冷たいビールとワインであった。そんなに酒には弱くはなかったが、今日はなんだか酔いが回るのが早いような気がしていた。そして隣では完全に誘っている女がいた。もはや透の衝動は抑えられなくなっていた。

 「私、何だか酔ったみたいだわ・・・・・・。」裕美子は昔から女が誘うときの常套手段の言葉を口にしながら、透に寄り掛かった。裕美子はわざと自分の胸を透に押し付けながら、早く透が抱いてくれるのを待っていた。透はその誘いに完全に負けると、裕美子の方を強く抱き、ソファに裕美子を押し倒してバスローブを脱がして、裕美子の唇から首筋にかけて口づけしながら、胸を荒々しくまさぐった。裕美子は想像していた以上の激しい愛撫に、女としての快感を思い切り感じながら声を立てていた。しかしわずかに残った理性で抑えて、ベッドルームに透を連れて行った。

 裕美子のベッドはタプルだったので、荒々しく透に扱われても問題はなかった。透は首筋から耳にかけて唇を這わせながら、自分の服を脱いでいた。裕美子も久し振りの男に感じ入りながらも透のズボンのベルトを外し、チャックを下ろしていた。しかし透が裕美子の乳首を愛撫しながら、パンティーを下ろし始めると、女としての歓びに久しぶりに浸っていた。

 一方、透の方も裕美子のまだ若々しい形のいいバストを十分に堪能していた。いつしか二人は全裸になっていた。透は裕美子の股間に舌を這わせていた。それは荒々しく官能的ではあったが、まだ十分に技巧的だとは言えなかった。だが裕美子は、性的なブランクのために透のする行為の全てを思い切り感じていた。股間から滴る愛液とともに、裕美子は頭が真っ白になるほどの快感に大きな声を出していた。裕美子は透の短く刈った横髪を荒々しく撫でていた。それからいきり立った透のペニスを強く握った。それは透に早くして欲しいと願っている行為の何物でもなかった。透の方も我慢できなくなっていたので、一気にフィニッシュへと向かった。

 二人は昇りつめて、それから果てたのだった。しばらく裕美子は透のペニスを手で激しく愛撫した後に、口の中に入れて舌で転がして、一瞬のうちに萎えさせた。透は気持ちの入ったセックスは、前の彼女と別れてからはしていなかったからかもしれないが、裕美子のそのテクニックに完全に参ってしまった。

 「ああ、よかったわ・・・・・・。久しぶりに感じまくったっていう感じよ。」

裕美子は透のペニスをまだ触りながらそう言った。

 「僕の方も、すごい良かったです。こんなの初めてです。」透は素直にそう言った。透は友人たちの中でも経験豊富なほうだったが、今まで行きずりの女を入れたも同年代と年下と上といっても2歳上ぐらいとしてしか経験はなかったので、10歳以上上の女性のテクニックはすごいと思っていた。そう思いながら透も裕美子の股間を指でまさぐっていた。

 「ねえ、もう一回しない?もう一度透君を感じたいわ。」裕美子は甘い声で透の耳元でそう言った。

 「透って呼び捨てにしてください。」透はそう言うと、自分ももう一度したかったので、すぐに裕美子の中に入っていった。裕美子は透を下にすると、自分が上になって二人が果てるまで上下運動を激しく繰り返した。

 透は前の彼女ともその体位をしてみたことがあったが、彼女があまり好きじゃなかったため、ほとんどしたことがないと言ってもよかった。だが裕美子はどんなことでもやり遂げたいと思う性格だったので、自分がこの体位ができるということも経験済みだったし、一番感じられることができるということも知っていた。

 裕美子は貪るように透を感じていた。だが感じていたのは、裕美子だけではなく、透もそうだった。透も生まれて初めて感じることができた快感に酔いし入れていた。裕美子は何度も透の名を呼び、背中に爪を立てていた。透も自分の名前が呼び捨てで呼ばれていることに歓びを感じながら、裕美子の名前を繰り返し呼んだ。

 そうして2回目が終わると、裕美子は透の右腕に抱かれながら、透の汗の臭いを嗅いでいた。裕美子は久しぶりに味わった陶酔感と征服感に酔いしいれていたが、疲労のためにいつしか眠りに落ちていた。透もほとんど同時にねむりに落ちていた。

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