最重要特別任務は『王国騎士団総長に酒を飲ませるな!』

ゑ門介 玖

第1話 新人歓迎と酒宴

 「いいか、新人騎士見習いども。その耳の穴かっぽじってよ~~く聞け!お前たちの今日の役目は総長に酒を飲ませないことだ。いいな。くれぐれも、くれぐれ~~~~もっ、飲ませるなよ!一滴もだ!!」


 一列に並んだ十五名の若者たちに鬼気迫る表情で語り掛けるのは強面の新人教官。

 任務内容とは温度差を感じる真剣な眼差しに自分の耳と目を疑ったが、そう思ったのは他にもいたようで一名の若者は確認するため一歩前に出た。


 「一滴もですか。……総長はそんなにお酒に弱いんですか?」


 「余計なことは聞くな。これは毎回、新人に課せられる最・重・要・特・別・任・務・だっ!もしも、もしも一滴でも酒を飲んだら明日の自分はないものと思え!!そして総長に渡された物はありがたく全て口にしろ!!!わかったらすぐに総長の背後に待機し任務にあたれ。」


 僕は言われるがまま敬礼しその場を後にした。

 同じ団の担当指導騎士は鬼気迫る勢いで唾を飛ばししゃべっていたが聞く側からすればせっかくの酒宴の席なのだから先輩も楽しめばいいのにと呑気に思ったことは黙っておく。空気は読める人間であると自負している。


 総長が全騎士に憧れ敬われているのは生きる伝説の数々によるものも大きい。

 愛剣一本を掲げ300人いても倒せない天災級の魔物に単身で挑み討伐したその男らしい行いは十歳の時の出来事だという。何でも隣にあった友好国を焼き払われたことに怒りを覚え、討伐隊を編制する間にその問題を解決してきたという。当時、騎士団に入っていなかった一人の子どもが自己判断で動いても大丈夫だろうと思っての行動というのは後日談である。


 実際は問題ありまくりだったのは、その御身がこのエーゼスト竜王国の第一王女であることが大きい。ただ、その行いにより多くの命が救われのは事実であり討伐後は英雄扱いされた。

 代々王国騎士団のトップである総長は王族が就任すると決まっている。故に実力と血統により彼女は十三歳という若さで異例の最年少総長となった。


 今年で二十三歳となる総長ははっきり言って美人だ。我が国の女人の結婚適齢期は十八歳。王族であれば更に早い段階で相手がいることが普通である。にもかかわらず未だに独身でいられるのはきっと予想以上の思惑や陰謀があるからなのだろう。

 今まで遠目で数回しか見かけたことがないが任務で近くに寄り改めて深窓の姫君とはこの人のための言葉のように思えた。だが、それは同時に騎士団総長という肩書きが無骨すぎて似つかわしくないと感じてしまう。


 数々の武勲も凄いがこんな男所帯のトップって色々大変だろうな~と考えていたら総長は後ろに控えていた新人たちに様々なアルコールを勧めてきた。

 凄い方なのに酒宴の席で下っ端を気遣ってくれるなんてさすがだ。


 だが、一杯、二杯と飲んでいくうちに同じ任務を担っていた新人は一人二人と倒れていく。任務遂行中にあるまじき失態だが周囲にいる他の上官は何も言わないどころか生暖かい目や涙目で見ては頷いていたりしている。ただ、そんな彼らは揃って両手を合わせ物凄く祈っている。

 依然として進められる酒を片手に任務失敗で怒られない理由を推理した結果。新人歓迎の一環で総長自ら酒を勧め誰が最後まで残るのか賭けをしているという結論に至った。

 どの位の量を飲んだかはっきりとは分からないが横目には空になった樽と先程まで一緒にいた新人たちの山が見えた。


 さすがに水分だけではきついなと思っていると察してくれたのか桃を渡された。

差し出されたものはどれもおいしくとても庶民の口にできるものではないだろう。こんな嬉しすぎる任務ならいつでも歓迎だと三つ目の桃を食べながら思っていると周りのざわめきが気になった。

 「バカな」「そんなっ」「金が」とかよくわからないことを言っている。

 周囲を見回せば青い顔をする者。驚いている者。皆そんな顔をしこちらを見ていた。

 四つ目を勧められまた口に運ぶと先程よりも大きい更なるざわめきが広がった。

 皆、自分たちのお酒そっちのけで何故かこちらに目が釘づけになっている。


 総長はといえば極めてご機嫌らしくニコニコしてまた桃を渡してくれる。甘いもの好きな自分にとっては嬉しいことだ。何も言われないなら問題はないだろうと周りはスルーするし言われた通り渡されたものは素直に全て腹に収めた。

 総長は頃合いをみてご機嫌に退席したが、その際他の者に桃を振舞っていた。

 その後に大勢の騎士が倒れだし酒宴どころではなくなった。



 翌日出勤すると顔を合わせる人々から死人を見るような目で見られた。

別に知り合いという訳でもないので声を掛けるべきか悩んでいると第三騎士団所属の同僚が目に入った。


 「フェーバー!フェーバー・リック!!お前、生きてたのか!?無事なのか!!?」


 「え?リック、いつから僕は死んでると思われてるのかな~。」


 「いや、お前昨日の酒の量を思い返してみろよっ!日頃、誘っても飲まないから弱いんだと思ってたぞ。」


 「いや~、誘われた時は大体飲む気分じゃなかったからね~。でも昨日、口にしたものは全部おいしかったからついついね~。」


 「いやいやいや、ついついで入る量じゃないだろっ!!」


 「まぁ水分が少し多かったけど、総長もそのことがわかってるみたいで後半は桃をくれたよ~。」


 「桃!?お前、あれ桃だと思ってるのか!!?」


 「え?いや、桃以外の何でもないでしょ~。」


 「いや、確かに外見は似ているが……味が違っただろう。」


 「うん。やっぱ王族が口にする物だけあって凄く甘くて美味しかったよ~。あんなに美味しい桃食べたの初めてだな~。」


 「化け物がいる……。」


 「え?どこに~?」


 「……………………。」


 キョロキョロしてもそれらしいものは見つからず尋ねたリックは何とも形容しがたい顔をしていた。


 「…………はぁ~~。そういう奴だよ。」


 「ん?何が~?」


 「あ!?そういえば顔出せるようになったなら執務室に来いってアレク団長が言ってたぞ。」


 「わかった~。ありがとう。」


 返事をし目的地に向かう背後でリックが呟いたのは耳に届かなかった。


 「……まっ、団長もこんなに早く顔を見せられるとは思っていないだろうがな。」



 言付け通り執務室に顔を出したらアレク団長に凄く驚かれた。人がビックリすると目を見開くというのは本当だということを僕は今日真実だったと知ることができた。

 落ち着いてから話を聞くと総長はお酒にすぐ酔うが底がなく飲むと身体を動かしたくなるタイプだそうだ。ちなみに記憶ははっきり残っているらしい。

 それだけ聞くと何かわかる気がした。僕もアルコールを口にするとたまに走りたくなる時があると思ったが、過去の出来事を耳にするとその考えは一変した。


 初めてお酒を飲んだ騎士団交流会ではそのまま総長直伝の訓練が開始され、アルコールが大量に入っていた男たちは吐いては訓練、吐いては訓練という無限ループ地獄を味わい数日使いものにならなかったそうだ。

 酒のせいなのか、それとも運動のせいで吐いているのかわからないのは精神的にも肉体的にも相当きつかったが、それ以上に訓練内容は死を感じるほどのものだったらしい。あんな地獄は二度と体験したくないと皆、口を揃えたという。


 ならば二度と飲酒させるなと前回地獄を味わった各団の団長含めた騎士団員一丸となって相手をしたが飲まない代わりにどんどん勧められるお酒に騎士たちは脱落していった。全滅後、飲んだ貴腐ワインにより身体を動かしたくなった総長は酒宴場に大きな凹んだ地面を残し姿を消したそうだ。

 一国の王女が行方不明になった場に残された理解不明な凹んだ地面は何らかの事件が起きたことを推測させた。

 騎士団総長とはいえ自国の王女が自分たちの目の前でいなくなった。しかも、その場にいた騎士たちは全員酔っ払い倒れていたため目撃者はいない。騎士としてありえない失態であり首を切られてもおかしくないことに皆、総長の姿を見るまでの半日間生きた心地がしなかったそうだ。

 本人の証言により謎の凹みは跳躍により生じたものであることはわかったがそんなもの普通は己の目で見なければ信じられないだろう。

 そして問題は何故その凹みができるほどの跳躍をしたのかということだが、それは持ち上げている火竜を見れば討伐してきたんだとすぐわかったそうだ。

 その後が色々と大変だったのはいうまでもないだろうとアレク団長は疲れた顔で語った。


 こんな出来事が自分たちの楽しみの一つである酒宴を開くたびに発生してしまっては常時ハラハラドキドキし美味しい物も美味しく感じられないと見張りをつけることにした。

 凄く酒が好きな総団長は自分が飲むのを止められると他の者にとめどなく勧めてきて相手をつぶす。

 既に新人以外は被害者となっており、諸々の伝説も生まれているそうだ。

いつからか入団歓迎の登竜門として初最重要特別任務扱いとし新人に任せられるようになったというのは冗談なのかわからなかった。

 だが、新人を歓迎しての酒宴なのにその主役である一部の者たちが任務中というのはいかがなものかと思うのは僕だけだろうか。


 まぁ、全てを知った僕からすれば今まで何の被害もあっていないので結論何も問題はない。

 アレク団長が伝えたかったことも総長からの指名で特別最重要任務が僕に固定になったことでそれは別においしい思いをするだけなので嬉しい話だった。


 ただ、以降道で会う騎士たちが「怪物」や「うわばみ」とよく口にするようになったが近くにいる僕がそんなモンスターを目にしないのが不思議でならない。


 そんな感じで僕のほのぼの騎士ライフは今日も続いている。

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