第5話 変身

英一たちは、アーキタイプ・メカニクス社のアームヘッド工場の見学に来ていた。


「エッグス部隊の皆さん初めまして、私はARM社・エッグスシステム開発チームの薬師寺 涼子と申します」


(何で工場見学なんてしなきゃいけねーのかなー...)


「敵を知る前に己を知ること。そして己を知るには、自分が乗る機体のことについても知らなければならない」とは、財前副指令の談だ。


「それでは、早速ご案内しますね」





アームヘッドのこととなれば、気掛かりなのは宝のことだった。


英一が見た彼は、いつもよりもどこか生き生きしている気がしないでもなかった。


しばらく歩くと、ガラス越しに壁一面に輝く丸い石が並んでいる空間が見えた。


「こちらが、アームヘッドの機能を司る"アームコア"です」


宝はその様子を必死にレポート用紙にメモしていた。


そういえば見学のレポートが課題だった、と思い出した英一もペンを手に取るが、書くことは浮かばない。


「最近では、コアを加工しない状態でエネルギー源として利用する研究も行われています。皆さんが乗ってる"エッグパッケージ"も、そのシステムが用いられているんですよ」





「ここから工場棟になります。あそこに並んでるのはアームホーンを接続する"バイオニクルフレーム"です」


巨大な人型がいくつも吊り下げられている光景はいささか奇怪に見えた。


英一たちが2階に上がってしばらく歩くと、アームヘッドを組み立てている最中だった。


吊り下げられていたフレームに、ロボットアームで装甲が装着されていく。


「今製造しているのは、陸軍用アームヘッド"マーチングバード"です。現在政府と連携して軍用アームヘッドを製造しているのは、うちを含め2社だけなんですよ」





それから彼らは、アームコアや装甲を加工する鋳造所、工場の設備をコントロールする管制室、軍用機の開発会議の様子などを見学した。


「私が案内できるのはここまでです。自由時間の前に、何か質問などあれば...」


「はい!あの...」


由利が手を挙げた。


「ここの隣にもう一つラボがあるみたいなんですが...」


「ああ、そちらは今回はご覧頂けないんです...あまり外部に出したくないプロジェクトですので」


「そう、なんですか...」





彼らはしばらく、先ほど見て回った範囲であれば自由に見学してもよいということになった。


「...あ!朔間くん」


「班長...何?」


「いや、レポートのこともあるし、一緒に回らないかな...って。ダメかな?」


「別に、いいけど」


「本当!?宿題なんて軍に入ってからやらないからやり方忘れちゃって...ちょっと見てもいい?」


英一が由利のレポート用紙に目をやると、すでにメモ書きがずらっと並んでいた。


一方英一はというと、依然白紙。


「あ、いやその、これは...」


「あはは........」


((気まずい........))





疾都は勿論誰とも行動することはなかった。


彼はレポートの心配はしていなかった。彼の力ならどうにでもなるからだ。


既にレポートは書きあがっていたし、それより彼は工場に並ぶアームヘッドを見て物思いにふける方が先決だった。


(アームヘッド、軍、そしてARM社...


俺をどう利用するつもりか分からんが、いずれ俺が昇りつめ、潰す...)





疾都の反対側。


宝がおり、そして2,3m離れたところに帆霞もいた。


迫る時間の中、帆霞はいかにも焦った表情でアームヘッドたちを見上げていた。


柵に身を乗りあげていた帆霞だったが、その時、ペンを落としてしまった!


「あっ!...ちゃ~」


少し時間をおいて、軽い音が鳴り響いた。


思わず帆霞に振り向く宝。


目が合い、帆霞は「何見てんの?」とでも言いたげな顔で宝を見る。


「あっ...ああ」


慌てた宝は、口をパクパクさせながら下へ駆け下りていった。


「...何なのあいつ?」





後を追って下に降りる帆霞の前に、ペンを持った宝が現れた。


「これ.......」


しばしペンを見つめる帆霞。


(こいつ...)


「...ありがと」


乱暴にペンをもぎ取ると、帆霞は宝に背を向けて歩き去った。


宝は、その後姿をぼーっと見つめていた。





ARM社にはアームヘッド博物館なるものが併設されていた。


アームヘッドやARM社の歩みを年代順に追って見れる、というものだ。


帆霞はそこに入ると、資料や展示物を興味深そうに眺める宝を見つけた。


「ねえ、ちょっと」


「.......」


「聞いてんの!?」


「!は、はい...?」


「あんたこういうの好きなんでしょっ。見せてよ」


「えっ?...どうぞ」


宝から手渡されたレポート用紙には、乱雑な文字が所狭しと書かれていた。


「???...なんて書いてあんの、これっ?」


「あ、えーと、これは....」


宝は、書かれていることを展示物と照らし合わせながら、1つ1つ説明していった。


帆霞には理解不可能なことばかりであったが、宝の顔は先ほどとは比べ物にならないほどにこやかであり、眼は彼の眼鏡越しでも解るほど輝いていた。


「それでこっちはこれで~...」


ふと、2人の目が合った。


「...あ、すみません.........」


「...別にっ」


帆霞は目を逸らして続けた。


「...あんたって、なんでこういうの好きなの?」


「いや、僕も、こんな風に、なってみたくって...」


「...」


「アームヘッドはとても大きくて、僕たちを守ってくれる...


僕、弱いから、ずっと憧れてて。


でも、こんな風に、変わってみたいなって、それで軍に...」


「...ふーん」


"エッグス部隊の皆様にお知らせです。1階正門前にお集まりください"


「じゃあさ、もっとしゃっきりしなよっ!」


「えっ!?」


「もっと自信を持てってこと。あんた自分のこと鏡で見てみ?誰があんたに守ってもらいたいの?」


「...」


「俯かないっ!私の目を見て!」


「!?」


帆霞は宝のか細い肩を揺らした。


「...あんたなら、できる」


「えっ?」


"エッグス部隊の皆様は1階正門前に..."


「じゃっ。...レポート、あんがと」


「..............」


"繰り返します、エッグス部隊の..."


宝は何故か、胸の高鳴りを抑えられずにいた。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「........」


宝は洗面所の、鏡の前に立っていた。


鏡に映る自分の姿を、顔を、眼をまじまじと見る。


肩をいからせ、胸を張る。


それでもどこか、オーラが足りない。頼りないわけだ、と自分でも思う。


すると、扉を開けて英一が入ってきた。


「...何してんの?」


「あっ!いやその......」


「?.......まあいいけど、トイレ借りるわ」


ばたん、とトイレの扉が閉まる。


宝はすっかり赤面し冷や汗をかいていた。


その時、建物中にサイレンが鳴り響き、ランプが赤に切り替わった!


英一もすかさずトイレを飛び出す。


「何だよ!?」


"エッグス部隊各員、至急エッグパッケージに集合されたし。"





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「いきなりだが、早速出動してもらう。


危険区域の外、仮設市街地に鳥類型アームビーストが現れたと通報があった。


付近の基地からマーチングバードが数機出撃し迎え撃っているが、性能的に正直持ちそうもない。


そこで第一小隊に避難活動の支援、第二小隊にはエリア境界付近の敵の迎撃を頼みたい」


「了解!」





更衣室で、宝はパイロットスーツに着替えていた。


他の皆は先に出撃準備に入った。


宝は着替え終わってもベンチに座り込み、帆霞の言葉を反芻していた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「じゃあさ、もっとしゃっきりしなよっ!」



「もっと自信を持てってこと。あんた自分のこと鏡で見てみ?誰があんたに守ってもらいたいの?」






「...あんたなら、できる」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(僕なら、できる)


決意を新たにし、更衣室を後にした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





6年前に起きた大災害は、今もなお爪痕を色濃く残している。


この仮設住宅が並ぶ街もその一部だ。


生まれ育った地から離れても、なお力強く生きていた人々だったが、彼らをまたも理不尽が襲う。


エッグス部隊・第一小隊は、今そこに降り立った。


「エッグス部隊ただいま到着しました!」


「お待ちしていました。避難活動はだいぶ進んではいますが、我々の力ではこれ以上....ビーストのスキャンデータを送ります」


英一たちのモニターに映し出された、羽毛を全てもぎ取られたかのような、グロテスクな見た目の鳥。


どうやら翼を広げた全長は2~3mもあるらしく、比較的サイズの小さいマーチングバードでは迎撃が難しいのも頷けた。


「では我々はほかに逃げ遅れた人がいないか確認しますので、皆様にはその後方支援を」


「了解!」





少し進むと、大きなマンションに囲まれた広場のようなところに出た。


周りにはアームヘッドの残骸やビーストの肉片が散らばり、白い建物はところどころ赤い飛沫が飛び散っていた。


警戒する彼ら、するとスピーカーから鳥の鳴き声が!


「KYAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」


上空には数羽のアームビースト!


1羽が急降下、すかさずヤイバは刀を出していなす!


「ぐっ...!」


比較的大きい部類に入るエッグス部隊のアームヘッドに後ずさりさせる、突進の威力!


上空で翻るビーストは、再び向かってくる!


「どこから来るか、よく見てて!」


今度は疾都の方に!


「くっ!」


腕で受け止めるハイド・シーク、そして左腕のクローを展開し、ビーストの首に食い込ませる!


「GYAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」


悲鳴を上げて上空に戻るビースト。


「(1羽ずつ襲ってきてる...?としたら、)今がチャンス!」


由利の号令とともに、ヤイバの火炎斬撃、ハイド・シークの手裏剣、サクラフブキの弓矢攻撃が宙を舞う!


しっかりロックオンされた攻撃が、ビーストに命中!爆音とともに地に墜ちた!


「さすが噂に聞くエッグス部隊...これほどとは」


「いえいえ、恐縮です」





「あっ、人が!」


マンションの1室から女性が飛び出した。


軍の機体がマイクを切替え、誘導する。


「我々は軍の者です。救助に来ました、こちらへ!」


マーチングバードは女性を手で包むと、地面におろし、女性は走り去った。





「まだ他にもいる可能性が、先を急ぎましょう。


ここから先は二手に分かれた方がよろしいかと」


「わかりました。


私たちと狩矢くんは隣のエリアに、朔間くん・一ノ宮くん・帆霞ちゃんは海辺の方に!」


「了解」





「う、嘘だろ...?」


海辺に出た英一たちの前には、先ほどとは比べ物にならない数のビーストが空を羽ばたいていた!


「あ...ありったけぶち込むしかない!」


ヤイバはヒナワブラスターの火炎放射をビーストに浴びせる。


しかしビーストはそれをものともせず突進してくる!


慌てて防御を忘れたヤイバの胴体に燃え盛る嘴が!


「うぐっ!」


ヤイバが尻もちをつく!


もろに衝撃を受け、うろたえる英一。





一方、帆霞も交戦していた。


帆霞の機体・ワイルドスタイルはハイド・シークに似た高機動型のアームヘッド。


肩と太腿についたバルカンでビーストを狙う。


「当たれ~っ!」


発砲音に反応して数羽のビーストが反応、向かってくる!


命中して何羽かよろけて逸れるが、1羽がそのまま突進!


「えいっ!」


爪で跳ねのけるが、先のビーストが反撃!


「きゃあっ!」


追い打ちを食らったワイルドスタイルは地に伏す格好となった。





「うわっ!?」


宝の機体・フルスキャナーもビーストの攻撃を受けていたが、その重量と地面をがっしり捉える特殊な足で何とかしのいでいた。


(こういうときこそ冷静に.......)


"スキャニングタンク 稼働中"


フルスキャナーに搭載されたAIが、戦闘記録を分析して効果的な弾丸を生成、それをライフルに込める。


作られたのは神経断裂弾。恐らくは突き刺すような痛みを与える攻撃が効き目があると踏んだのだ。


カメラを狙撃モードに切り替え、向かってくるビーストを狙う。


発射!


「GYAAAAAAAAAAAAAASSSSSSSS!!!!!!!!!!」


鋭い弾丸がビーストの赤い皮膚を貫通!コースを逸れて砂浜に墜落した。


(いける!僕ならできる.....!)


正確な狙撃で次々にビーストを打ち落としていく。





「やるじゃんっ!」


「いいぞ宝!」


しかし、空中でビーストの動きが止まった。


止まったというよりは、翼をはためかせ高度を保っているのだ。


ビーストの喉が、何かを押し上げるように動く。


「おい、なんか来るぞ...!」





「OEEEEEEEEEEAAAAHHHHHHHHH!!!!!!!!」


不快な嘔吐音と共に何かを吐き出す!


それは宝たちや、後ろの民家にも当たった。


民家が崩れるほど強い衝撃。さらに粘性のそれは、英一と帆霞の動きを封じた。


「なにこれーっ、きもっ!」


それはペレットだった。


鳥が食べたもので、消化できない硬い部分を吐き出した物。


しかし体長が違うので、その大きさも、吐き出した時の威力も普通の鳥の比ではない。


宝も足の動きを奪われ、カメラアイまで塞がった宝。


そしてさらに追い打ちをかける出来事が起こる。


「おい、あれ......」


崩れた民家から、小動物を抱えた少女が顔を出した。


おそらく家族とはぐれたのだろう、彼女は泣いていた。


「由利ちゃん助けて!」


「班長!子供が逃げ遅れてる!このままだと奴らに...」


ビーストが格好の餌だと言わんばかりに民家に降り立つ。


少女が瓦礫に隠れるが、それを必死に嘴で掻き出そうとする。どうやら届いていないらしいが。


「ごめん!こっちも交戦中!」


「そんな...」





二人がどうやって少女を助け出すか、動けないながらも策を考えている中、宝は非情にも銃口を崩れた民家に向けた。


「おい宝!」


「何のつもりっ!?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


宝には妙な、湧き上がってくる自信があった。


それは、自分が持っていたもの。


胸のうちに隠してきたもの。


自分でも見つけられなかったもの。


それが今は、はっきりと解る。


見えないながらも、音を頼りに照準を合わせる。


「僕ならできる、僕ならできる、僕なら...





変われる」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


宝は操縦桿のトリガーを引いた!


少し間をおいて、弾け飛ぶ瓦礫とビーストの血潮!


凄まじい爆音とビーストの悲鳴、そして英一と帆霞の狼狽する声が響いた。


「....なんで............」





ガラガラっ。


瓦礫が動いた。


瓦礫を押しのけて出てきたのは、緑のガラスに覆われた機械。


その中には先ほどの少女も無傷でいた。


「その子を連れて安全な場所へ!」


宝の命令を聞いて、その機械は走り去っていった。


「あれは一体!?」


「説明は後!みんな行くよ!」


さっきと性質の違う弾丸でペレットの拘束を解いた。


「3人ともお待たせ!」


由利と疾都も駆けつけてきた。


「よし、反撃の時間だ!」


「「「「おう!!!!」」」」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「諸君の活躍のおかげで、兵士以外の死傷者は0人だった。ご苦労」





「宝、途中から何か人が変わったよな、な?狩矢」


「ふん......」


「先導切ってたもんね、私の立場.....」


「いやいや、まだ由利ちゃんの方が頼りになるよっ~」


「ほんと?...でも一ノ宮くん、何かあったの?あの緑のロボットもだけど...」


「...僕、自分に嘘をついてたのかもしれない」


「?」


「いつからか自分を出すのが怖くて、ふたをしてたんだと思う。


でもそれに気付いたら、あの機械が僕に力をくれたんだ。


それを教えてくれたのは...綾瀬さんだけど」


「「ふ~ん...」」


「ちょっと由利ちゃんたち...別にそういうんじゃないからっ!」


「あはは!」


彼らは宝が胸を張って笑う顔を、初めて見た。





第五話 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る