第14話
※
遊園地はやや閑散としていた。週末であるにも関わらず、だ。どうやら経営状態は、あまりよろしくないのだろう。僕もここに来たのは、小学校の遠足以来だ。
「そこで待ってろ」
香澄の言葉を受けて、僕は木陰のベンチに腰を下ろした。
香澄は何やら、受付で話をしている。すると、女性の係員と入れ替わりに、責任者と思しき男性がチケット販売口に立った。ガラス越しに、香澄は自分の学生手帳を見せ、さらに警察手帳のようなものまでチラつかせる。
しかし、男性が慌てる様子はなかった。既に猪瀬が根回しをしておいたのだろう。香澄に告げられた言葉に対し、了承の意を示すように頷いている。彼女が僕の下に戻ってきたのは、それから間もなくのことだ。
「一番怪しいスタッフ専用通路は、中央広場を挟んで反対側だ。行くぞ」
「お、おう」
香澄に続く僕。その時、気づいてしまった。いつの間にか、彼女が背中に拳銃を挟んでいることに。
どれほどの殺傷力があるかは分からないが、大の男を昏倒させるのに十分な威力を有する火器。それに、その使い手である香澄の腕前が一級であることは、先日のテロリスト乱入騒ぎで立証済みだ。
「なあ香澄、あの……」
「可能な限り発砲は避ける。これでいいか?」
何だ、分かってるじゃないか。そう言おうとした、まさに次の瞬間だった。
目にも留まらぬ速さで、香澄は拳銃を抜いた。引き金に指を掛ける。しかし発砲には至らない。
「おい、発砲は……!」
「だから避けたんだろ。チッ、殺気は感じたのにな」
僕を見向きもせずに、拳銃を引っ込める香澄。
僕は恐る恐る、周囲を見回した。だが、客の視線は僕たちから逸らされている。どうやら、これからパレードが行われるらしい。道理で騒ぎにならないわけだ。
しかし、異変が起こったのは、まさにパレードが始まったのと同時だった。
華やかな衣装やキャラクターの着ぐるみに身を包んだスタッフが、有名なファンタジー映画のメインテーマと共に、中央広場に入ってくる。
それと同時に、短い悲鳴が上がったのだ。
はっとして振り返る香澄と僕。視線の先には、一組の親子がいた。
父親が、倒れている。母親が慌てて支えに入ったお陰で、頭部を地面に打ち付けることはなかったようだ。そばで子供が一人、ぼんやり突っ立っている。
「あれ? パパ、パパ?」
「ちょっと、あなた! 急にどうしたのよ!」
白目をむいて、仰向けに横たわる父親。僕を置き去りにするように、香澄は一瞬で親子の下に駆け寄った。
呆気に取られる母親と子供。二人を無視して、父親の首筋に手を遣る香澄。
僕が追いついた時には、腕で額の汗を拭っていた。
「麻酔銃だ」
「麻酔?」
「ああ。敵さんはどうやら、人殺しをする気はないらしいな」
僕を振り返りもせずに、香澄は立ち上がる。
「あのっ! 主人は? 主人は無事なんですか⁉」
「気を失ってるだけ。あと二時間は目覚めない」
素っ気なく答えてから、香澄はすっと立ち上がり、スラックスのポケットからスマホを取り出した。四桁の番号を打ち込む。その指捌きに、僕は内心『速っ!』とツッコんだ。
まあ、日頃から火器を扱う者にとっては、当然のスキルなのかもしれないが。
「こちら香澄。玲菜、件の遊園地に救護班を頼む。それから、報道管制を敷くように理事長に伝えろ」
それだけ言って、再びスマホを引っ込める。
今度は僕の背後でどさり、と音がした。
「うわっ!」
そこにいたのは、海賊風のコスプレをした男性だ。パレードの一員だったのだろう、うつ伏せにぶっ倒れている。鼻血が出ているようだが、命に別状はなさそうだ。
問題は次の瞬間である。振り返り、男性を目にした香澄は、突然僕に跳びかかってきたのだ。
「どわ! なっ、何を……!」
「頭を下げろ! 早く!」
うずくまる格好の僕に、上半身を載せてくる香澄。ふっと甘い香りがしたが、同時にその身体が柔らかくないことに気づかされる。胸を押し付けられているはずなのに。
横柄な態度に目が行って気づかなかったが、こいつ、いわゆる『つるぺた』なのか?
……こんな時に何を考えてるんだ。最低だな、僕。
しかし、後ろ襟を香澄に引っ張られて、僕の意識も現実に引き戻された。
「拓海、お前、梅子を援護したんだよな?」
「え? ああ、スライムの弱点に察しをつけて、あと囮役を」
「だったら今回も俺を援護しろ!」
再び拳銃を抜きながら、香澄は怒鳴った。
「おっさん二人の転倒位置からして、俺たちは包囲されている! 問題は、敵の規模と狙撃場所だ! お前は一旦避難して、周囲を見張れ!」
驚いた。まさか香澄に、そこまで当てにされるとは。
「で、でも僕は――」
と弱音を吐きかけて、はっとした。ついさっき、香澄の手助けをしたい、守りたいと思ったのは僕自身じゃないか。そんな僕が、弱気になってどうする。
教会で、孤児たちに笑顔を振りまいていた香澄の姿を思い出す。
彼女だって、両親に祝福され、幸せを享受する権利はあったはずなのだ。それが叶わなかったが故に、荒んだ性格になってしまった。
だが、今ならまだ、彼女の人間不信を解消できる。何故なら、僕が今頼りにされているからだ。
「わ、分かった! 任せろ!」
僕はダッシュでメリーゴーランドに向かった。最寄の物陰といったら、ここしかない。
背後から銃声がする。香澄が、僕が無事物陰に辿り着くまで、援護してくれているのだ。
幸い、パレードを見る観客たちの間に混乱は起きていない。この発砲も、パレードの一環だと勘違いされているようだ。
僕はスライディングの要領で、無事メリーゴーランドの陰に走り込んだ。周囲を見渡す。だが、視界の低さも相まって、麻酔銃を構える人間の姿は見当たらない。
取り敢えず、先日のテロリストが持っていた自動小銃を想像してみる。しかし小銃はおろか、高いところに人影を見出すこともできない。
麻酔銃で銃撃をしているのは、一体何者なんだ?
そうこう考えているうちに、三人目の被害者が出た。香澄のそばにあったベンチに腰を下ろし、スマホでパレードを撮ろうとしていた若者だ。
銃声がしなかったり、出血がなかったりするところを見るに、これもまた麻酔銃で撃たれたらしい。
「畜生、一体どこから狙ってるんだ?」
僕はそっと頭を上げ、入り口の方に顔を向けた。そこには、鳩に餌遣りをしている白髪の男性がいた。こんな事件が発生していることに頓着せず、パンを千切ってはベンチ前に集まった鳩の群れに放り込んでいる。このおっさんは無関係か。
しかし、僕は何故か、そのおっさんのことが気になった。この遊園地、何故かパレードには随分経費を裂いているらしく、なかなかの見物である。
にも関わらずおっさんは、こちらを見向きもせずに、鳩への餌遣りに勤しんでいる。
人影を感じさせずに、あらゆる包囲から麻酔銃を撃ってくる相手。それに、この敷地上を気持ちよさそうに、何の憚りもなく飛び回る鳩たち。
「まさか!」
僕は一つの仮説に至った。だが、確証がない。
「ぐぬぬぬ……」
じっと、おっさんと鳩たちの方を見つめ続ける。その時、何かが鳩の足元で光った。
「ん?」
何だ、あれは? 僕は、こっそりリュックサックに装備していた双眼鏡を取り出した。顔に押しつけ、鳩たちの足元をクローズアップ。そして、そこに驚くべきものがあることを認識した。
光学センサーだ。レンズの直径二ミリほどの、超小型カメラ。あれを鳩たちに装着し、映像を俯瞰してるようだ。
問題は、麻酔銃がどこにあるか、だが――。
「なるほどな」
更に観察すると、鳩たちには二種類の、異なる任務が与えられていた。
あるグループの鳩たちは、カメラによる撮影を担当。別なグループの鳩たちには、これまた小型の、単発式の筒状の物体が取り付けられている。あれで、麻酔銃を地上に撃ち込んできていたのか。
拳銃を抜き、上方を警戒し続ける香澄の下へ、僕は駆け戻った。
「おい馬鹿! 隠れてろ!」
「違うんだ香澄! 奴らの行動が分かった!」
自分の観察結果を伝えなければ。僕は香澄の手を引っ張って、今度は観覧車の陰に入った。
香澄が難癖をつけ始める前に、僕は自分の観察結果、それに伴う推論を述べた。
「なるほど、考えたな」
「い、いやあ、それほどでも……」
「お前じゃねえ。犯人だ」
「いやー、照れるなあ……はい?」
僕が呆気に取られていると、香澄は拳銃の弾倉を交換した。すかさず初弾を装填する。
「ま、待ってくれ香澄! 鳩たちに罪はない!」
「分かってるよ、んなこたぁ! カメラと単発式の麻酔銃だけ潰せばいいんだろ?」
俺を舐めんな。そう言い捨てて、今度こそ香澄は本領を発揮した。
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