第12話
「それでは玲菜くん、先ほど捕捉した二機目の通信妨害装置について、説明を頼む」
「かしこまりました」
猪瀬の声に、そばに控えていた玲菜が一歩、前に出る。手には小さなリモコンのようなものを握っていて、それを僕たちの前にあるテーブルに向けた。
ヴン、という鈍い音と共に、テーブル上に映像が展開された。モニターだったのか、これ。
そこに映されたのは、この町の地図だ。だが、やや北部に寄っているように見える。中央にあるのは遊園地だ。
「二機目の装置は、どうやらこの遊園地に配されている模様です」
淡々と述べる玲菜。
「最も有力なのは、一般客の入ることのできないスタッフ専用通路です。狭い範囲ですが、そこに行くまでの間に、何某かの妨害・トラップが仕掛けられている恐れがあります。いえ、確実に待ち伏せされていると見た方がいいでしょう」
「具体的には、どんな妨害工作が為されていると考えられるのかね?」
長い足を組み替えながら尋ねる実咲を前に、玲菜はゆるゆるとかぶりを振った。
「申し訳ありませんが、そこまでは」
「了解」
特に落胆した様子もなく、実咲は僕たちの方へ振り返る。
「と、いうわけだ。我輩の疑問はこれだけだが、他に訊いておきたいことがある者は?」
「はい! はーい!」
威勢よく手を挙げたのは、梅子。ソファの上で、座ったまま跳ね回るという高等テクを披露している。そのスタミナを、一割でもいいから僕に分けてほしいものだ。
「今日その装置が見つかった、ってことは、明日出動するんだよね? 誰が行くの?」
聞けば、梅子は明日、空手の練習試合があるとか。
「我輩も、出身中学校の剣道部にアドバイザーとして呼ばれている。と、いうことは」
皆の視線が、僕と香澄の下へと集まった。
今度は舌打ちではなく、ため息で応じる香澄。どうやら僕は、明日、香澄と一緒に遊園地へ行かねばならないらしい。
ひとまず僕は、『分かりました』とだけ述べておく。
「香澄くん、いかがかな?」
猪瀬の声に、香澄はソファにふんぞり返って『はぁい』とだらしなく答えた。精一杯の反抗心を表したというところだろう。自分に特殊な力があることを自覚し、やむを得ず、とも思っているのかもしれない。
ん? 待てよ。
「あ、あの、玲菜さん」
「何かありますか、拓海くん?」
すっと玲菜に視線を向けられ、僕はごくりと唾を飲んだ。
「えーっと、あれだ。その、どうして梅子や香澄さんや実咲先輩たちには、特別な力があるんだい? 異能の力、みたいな」
ふと、室内に緊張が張り詰めたのを感じた。僕は何か、マズいことを訊いてしまったのだろうか?
そんな中、場を治めたのは、戦闘要員の中で最年長者である実咲だ。
「ああ、それね。まあ、皆いろいろあるもんだよ。生きていれば」
再び静まり返る室内。あの梅子すら、俯いて言葉を発せずにいる。
「今ので答えになったかね? 拓海」
「え? あ、はい! バッチリ分かりましたよ、実咲先輩! もう何も質問はございませんです、はい!」
僕は慌てて言い繕った。何か地雷を踏んでしまったらしい。
この場のギクシャクした空気は、解散の合図が出されるまで変わらなかった。
※
翌日、土曜日。
学校は休みだ。そもそも、ローゼンガールズの一員である以上、任務があれば、平日でも休みとはカウントされないのだが。
昨日LINEで送られてきたところによると、どうやら僕と香澄は遊園地ではなく駅前で合流した方がいいらしい。
直接現場に向かえばいいのに、どうしたことだろう? まあ、いいか。
僕は機能性を重視し、服装を選んだ。半袖のTシャツに伸縮性の高いスラックス。リュックサックには、やはり水分補給用の清涼飲料水が搭載されている。
愛用武器がない以上、僕が準備できるのは、ざっとこんなものだ。
駅前での集合時間は、午前九時。遊園地の開館時刻が九時だから、やはり現場集合でよかったような気がする。しかし、何やら香澄には都合があるようだ。実際に遊園地に乗り込むのは、午後になるという。
「にしても暑いよなあ……」
一昨日のスライム退治による疲労感は残っていない。だが、それでも日光やらアスファルトの照り返しやらで、体力をごっそり奪われるのは釈然としない。
太陽め、僕たちに邪魔立てする気か。
そんなことを考えているうちに、僕は集合場所である駅前のマクドナルドに到着した。このあたりはアーケードになっており、日差しをやや遮ってくれる。スマホを見ると、九時二十分前だった。
「ふう」
流石に早すぎたかな、と思いつつ、一息ついた。そこまではいい。だが、度肝を抜かれたのは次の瞬間だった。
横断歩道の反対側に、奇抜なファッションの人物がいる。肩までしかないジャケットに、ズタボロになったダメージジーンズ。耳にはピアスまで装備している。
それを見た僕は、一歩引き下がった。いかにも香澄らしい、ファンキーな服装だ。っていうか、いつの間にピアスなんかしたのだろう?
これでは、僕の立場がない。ヤンキー少女に振り回される気弱な健全男子。そんなポジションになりそうだ。
僕が目をパチクリさせていると、背後から肩を叩かれた。
「うわっ!」
「うわっ、じゃねえよ。行くぞ」
そこに立っていたのは、石切香澄その人である。
「あ、あれ? 香澄、今横断歩道の向こう側に――」
「はあ? 何言ってんの、お前?」
香澄に小突かれ、改めて件のヤンキー少女に目を遣った。髪型と背格好が似ていただけだ。
そうか。僕には香澄に対して、『攻撃性が高い=不良っぽい』という安易な先入観があった。道理で勘違いするわけである。
しかし、本物の香澄に振り返った僕は、再び驚き、また一歩下がってしまった。
「おい、勝手に引くな」
「だ、だってお前、その格好……」
僕は香澄の頭頂部から足元に至るまでを、ジロジロと眺め回した。
白い半袖シャツをきっちり着こみ、ズボンは薄いベージュ色のスラックス。ピアスなんてどこにも着けていない。
「ず、随分とフォーマルな格好なんだな」
「文句あんのか?」
三白眼で睨まれる。ここまでくれば、僕とて『彼女こそが本物の石切香澄である』と認識しなければならない。
すると珍しいことに、香澄の方が口を開いた。
「遊園地に行く前に、寄るところがある。お前も来い、拓海」
「あ、ああ」
寄るところがある。そうあっさり言われても、一体どこへ向かうのか、そして作戦に支障が出やしないか、疑問が次々に湧いてくる。
ややラフではあるが、香澄はきちんとした服装している。そのことが、向かう場所はどこか、というヒントになっているのかもしれない。
既に歩み出している香澄の後を追って、僕も歩いていく。駅を挟んで反対側の、東部新興住宅街へと。
※
歩くこと、およそ二十分。相変わらず日光は容赦なく降り注いでいる。しかし僕は、それよりも香澄の向かう先のことが気になった。
よっぽど尋ねようかとも思ったのだが、今は従順にしていた方が得策だ。そんな気がした。
「着いたぞ」
足を止めた香澄に倣い、僕もハンカチで額の汗を拭いながら、その建物を見上げた。
「これは、教会か?」
「そうだ」
「香澄、用事があるっていうのは、ここのことなのか?」
「まあな」
彼女は相変わらずぶっきら棒な返事を寄越す。だが、舌打ちではなく、睨まれることもなく、意思表示をされているのは悪い気はしない。
アーチ状に組まれた入り口。鉄格子の柵があるが、今は向こう側に開かれている。
香澄は、入り口わきの壁面に向かい、何やら話し込んでいた。インターフォンか、あれ。
「行くぞ、拓海」
「え? でも遊園地は……」
「じゃあ来るな。一人で行ってろ」
ありゃあ、いつもの香澄に戻ってしまったか。まあ、仕方がない。
僕は香澄に同行することに決めて、二、三歩遅れながらアーチ門を潜った。
教会自体は、より奥まったところにある。三角屋根に十字架が煌めき、外壁は白一色で眩しい限りだ。
今度は、教会そのものの木製の扉が開かれた。そこで僕たちを待っていたのは、一人の男性だった。
長身痩躯で、青い瞳をしている。真っ白な口髭を生やし、この暑いのにローブを纏って、にこやかに香澄と相対している。
二人はどんな関係なのか、尋ねようとした時のことだ。小学校低学年くらいの男の子が、ひょっこり顔を出した。
「あーっ! 香澄お姉ちゃんだ!」
「おう、慧。元気そうだな」
「神父様がね、今日は香澄お姉ちゃんが来てくれるからって、だから楽しみに待ってなさいって、そう言ってたんだ!」
香澄……お姉ちゃん?
「待ちなさい、慧。香澄さんは暑いところ、わざわざ来てくださったんですよ。まずは客間にお通ししなさい」
すると、今度は女の子が顔を出し、続けて二人目の男の子。更には、どたどたと喧しい音を立てながら、多くの子供たちが香澄を包囲した。
「皆、元気そうだな! 今日も遊んでやるから!」
そう言って場を治める香澄。
正直、驚いた。香澄がこうも子供たちに慕われ、優しい声で応対しているのが、俄かに信じられなかった。
な、何者なんだ、石切香澄?
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