宇宙便利屋シグレニ
ユーカン
1-1.害虫駆除
窓から見える星の光は、星系間航行の速度によって引き延ばされ、無数の線になって通り過ぎて行く。
今回の依頼の目的地は、ディスファイセン星系ナヒャベ。屋根裏に害虫が出たから駆除してほしいとのことだ。
運転席の時雨は、紙の星図と黒い画面に緑の点で表示されるレーダーとをにらめっこしながら自分達のいる現在地と、目的の方向とをなんとか割り出す。……。よし、順調に進んでいるようだ。
「レニさん。そろそろこの船買い替えましょうよ。今どき恒星帆船なんて流行りませんよ」
時雨が後ろのレニに問いかける。
船内も運転席、助手席、それと荷台兼後部座席だけと手狭。カーナビもついていなければ、オーディオもCDとMDしか聞けない。速く走ると揺れるし、椅子は硬いし、碌なことはない。
トイレやキッチンもないので、サービスエリアには毎回停まる。加減速も悪いので、そのたびにさらに時間がとられる。
はっきり言ってかなり困る。
「ダーメ」
後部座席に寝転がるレニが気だるげに答えた。
「まだまだ走ってくれるじゃない。最近何かと物入りで懐も寒いし」
「そんなこと言ったって、こんな船運転できるの僕くらいですよ。出先で俺に何かあったらどうするんですか」
「そん時はタクシー呼ぶから大丈夫」
「その方が不経済だろ!」
時雨のツッコミが宇宙空間に空しくこだまする。
船は無事にナヒャベ衛星軌道に到着した。この星には軌道エレベーターが設置されているので、着陸にはそれを用いる。
「今回の仕事は害虫退治ってことですけど、どんな虫なんですか?」
エレベーターの降下中、手持無沙汰を埋めるためにレニに質問を投げる。
「ん~。それは見てのお楽しみ、ってことで」
「……」
不安だ。レニがこういうはぐらかすようなことを言う時は、大抵時雨にとって悪い条件を隠している。と言うか、依頼を遂行するのはほとんど時雨なのに、本人に依頼の内容を見せないのはどういう了見なのだろうか。
「ま、道具は用意しといたから。心配なさんな」
レニは笑って背中の大荷物を叩く。
……。なお不安だ。
軌道エレベーターが地面に到着。絶海の孤島に建てられた地上駅からは、四方八方に伸びる海上列車を用いて移動する。そして、電車を乗り継ぎ、乗り継ぎ……。
「次は~、タモラ、タモラ。降り口は右側です」
音質の悪い車内放送が電車が目的の駅に着いたことを知らせる。隣で寝こけるレニをひっぱたいて、急いで車両から降りる。
「何も叩くことないじゃないの」
そう言いながらレニは時雨の頭に潰さんとする強さでアイアンクローをかける。どの口が言うのか。
「いたた。しょうがないじゃないですか。口で言っても起きないし。で、どっちに向かえばいいんですか」
レニは懐からメモを取り出すと、そこに書かれた案内に沿って歩き始めた。
背の低い雑居ビルが数件建つロータリー。バスを待つ人もまばら。そう栄えた街でもなさそう。十分も歩くと閑静な住宅街に入った。
「ええと。タバコ屋さんの角を曲がって三軒目……。ここだ」
着いたのは、どこにでもありそうな平屋建ての一軒家。レニが表札を確認して、咳ばらいを一つ挟んでドアホンを鳴らす。少々の間をおいて、返事が聞こえてきた。
「どちら様ですか」
「便利屋組合から来ました『宇宙便利屋シグレニ』でございま~す」
レニがなるべく上品な声で名乗る。
それがどうしても時雨にはおかしくてたまらない。しかし、うっかり吹き出そうものなら瞬く間もなく鉄拳制裁が飛んでくるので、絶対に顔に出ないように努めるのだった。
玄関の扉がすぐに開き、依頼者の女性が出迎えてくれた。
前に立って最初の挨拶をするのは時雨の役目。別にレニがそういうことを苦手としているわけではないのだが、どうにも彼女のキツイ目つきはいらない印象を与えやすい。第一印象というのは大事だ。……。内面がキツくないかと言われればそれは別の話だが。
その点、時雨は物腰が柔らかければ、顔立ちも柔らかい。男らしくないと言われることもあるが、それはそれで役に立つ。
そんな時雨がにこやかに微笑んで挨拶をすれば、依頼者の緊張もほぐれるというもの。彼女は少し物珍し気に二人を眺めると、中に入るように促した。
「随分とお若いのに宇宙便利屋さんなんて大変ですね」
依頼者は特に感情を込めるでなく、ある種の挨拶代わりとして言葉を発する。
実際、宇宙便利屋と言えば危険・危険・危険の3Kでおなじみ。二人のように二十そこそこ、それにレニは女、そんな宇宙便利屋はそうそういない。
だからこそ、そういう風に言われるのも日常茶飯事。
「ええ。ですが、だからこそ、腕には自信がありますよ」
レニは出された茶を啜りながら答えた。
「それでは早速、現場を見せてもらっても?」
「あ、はい。ちょうどこの部屋の天井裏です」
「ふむ。じゃあ、時雨君頼んだよ」
「ういっす。失礼します」
優雅に茶を啜るレニの後ろで作業用のつなぎに着替えていた時雨が、天井の一部を外して上に登る。
中は当然真っ暗。下から漏れる光だけでは全容を把握することはできない。それをレニに伝えようとすると、間もなくランタンが投げ込まれた。
明かりをつけるとようやく全貌が見えてくる。構造の木材がむき出しになっており、あちらこちらには蜘蛛の巣が張っている。一歩踏み出すと、溜まっていたほこりが舞った。
予想よりずっと広く、天井も高い。時雨が立ち上がってもまだ余裕がある。さて、害虫とやらはどこにいるのか……。
ガサガサッ
どこからか物音。虫の物かとも思ったが、それよりも随分重量感のある音だった。レニでも登ってきたのだろうか。
「レニさん、まだ虫は見つかってませんよ」
「キシャー」
「怒らないでくださいよ。まだ入ったばかりです」
「キシャー」
レニのことを温厚な人物だと思ったことはないが、今日の彼女はいつにも増して気性が荒い。発する声が言葉にすらなっていない。
「何独り言してんの。時雨君」
そのレニがたった今、穴から顔を出した。
「へ。レニさん? さっき上がって来たんじゃ」
「何言ってんの。今の今までお茶飲んでたのに、一人で騒がしいから様子見に来たんじゃない」
呆れ顔でそう言うレニは、嘘をついているようには見えない。であれば。
「キシャー」
であれば。この敵意に満ちた鳴き声はどこから発せられているというのか。いや、予想と言うか、予感と言うか。想像はついている。
時雨はギシギシとぎこちなく首を回して後ろを振り返った。
そこにいたのは、お目当ての害虫。ただ、そいつは虫けらと言うにはあまりにも……。
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