不思議部

水原緋色

不思議部の一日

 この高校には、奇妙な名前の部活が一つある。

『不思議部』である。

 部活勧誘もなければ、活動内容も不明。実際その部活があるのかすら分からないが、行事となれば協力者の中に生徒会の次にその名前が挙がっているのであった。

 ちなみに、私は『不思議部』の所属である。『不思議部』には、超能力者、魔法使いなど私を含めて4人いる。

 一年の私、神野涼かんのりょう

 三年生の鍵井海人かぎいかいと先輩。

 同じく三年生の飛龍天ひりゅうそら先輩。

 二年生の神薙大地かんなぎだいち先輩。


 カイト先輩は「鍵使い」。ソラ先輩は「飛行者」と呼ばれる空を飛べる人。ダイチ先輩と私は魔法使い。


 今日もいつもの日常が過ぎていく。


 今日は能力検査の日。月に一度行われるこの日が私には憂鬱でならない。一番元気なのはソラ先輩だ。いつもは高くまで飛ぶことを許されていないけれど、この日は検査のため、高くまで飛ぶことを許されているのだ。


「あらリョウちゃん、元気ないけどどうしたの~? 」


 いつものゆるふわの空気をまとい、いつもよりテンション高めのソラ先輩がカイト先輩とともに隣に来て楽しそうに笑う。


「だって今日、検査の日じゃないですか~! 」


 今にも泣きそうになりながら、ソラ先輩の腕に抱き付く。カイト先輩がちょっとムスッとしたけど、いつものように気にしない。


「お前、ひどいもんな……」


 当てつけのようにつぶやき、ちらりとこちらを見るカイト先輩を睨みながらとポコポコ背中をたたく。微笑ましげに見ているソラ先輩はお姉ちゃんのようだ。

 授業をそっちのけで、魔法の練習をする。クラスメイトもいるのであまり派手なことはできない。しかし、窓側の一番後ろの席という好ポジション。誰にも見られていないということをいいことに、シャーペンや消しゴムを持ち上げる。今日はいつもより調子がいいな、なんてニヤニヤしているとうっかり力加減を間違えてシャーペンが校庭で体育の授業中だった誰かに一直線に飛んで行った。幸い芯が出る方は人に向いていない。だが、思わず声をあげそうになり手で口を押える。誰にあたったのか分からない。


「いってー! 」


 小さく声が聞こえたが、その声の主を気にしないようにした。


「リョウ、今日こそは逃さねぇぞ! 毎回探すの面倒なんだよ……ったく」


 ガラリ、とドアを開けて入ってきたのは、ダイチ先輩。まだ、HRが終わったばかりだというのにこの人は……。ため息を1つつき立ち上がる。ダイチ先輩が来たことで、女子がピンクのオーラを放っている。まとわりつく視線を無視しながら、おとなしく捕まることにした。

 ぶつぶつと今日会った出来事の文句を言いながら、ダイチ先輩は目の前を歩く。背の高い先輩は私に歩調を合わしてくれているようで、離れることはない。無駄に優しい人であった。

 突然こちらを振り向き「今日の体育でさ」と話し始めた先輩はニヤリとした笑みを口元に浮かべる。私は背中から冷や汗を垂らし、それでも平静を装って尋ねる。


「シャーペンが俺に向かって飛んできたんだよなー」


 この人は絶対に私が焦る姿を見て楽しんでいると、確信したのは私の顔を覗き込んできた時だった。目が笑っていない。疑いを通り越して確信している。


「不思議なこともあるんですねー」


 多少棒読みになったが、それ以上深く追及されることがなかったのは、校長室についたからだろう。今日は運がいい、と胸をなでおろす。


「今日は早いね~。逃げずにきたの? リョウちゃん」


 項垂れながら「はい」と力なく返事をする。毎度おなじみのその姿に、苦笑しながらも校長先生はいつものように検査をスタートさせた。

 最初はカイト先輩。難なくさまざまな鍵を開ける。前までは、鍵に触れないとできなかったそれが、鍵に手をかざすだけで、解錠できるようになっていた。


「鍵井君は力の制御がうまくいっているみたいだね」

「さすがカイ君だね〜」


 校長先生の言葉に賛同するようにソラ先輩が嬉しそうにぱちぱち拍手をする。

 二番手のソラ先輩は窓から外へ飛び出す。校長先生の能力『認識阻害』を使い、ほかの人たちには気づかれないようにしているらしい。鳥のように自由に空を飛ぶソラ先輩は相変わらず綺麗だった。


「いい調子だね。でも、はしゃぎすぎちゃだめだよ」

「はーい」


 ニコニコと楽しそうに笑いながら、飛び続けるソラ先輩はしばらくそのまま好きにさせてあげる。

 そして三番手のダイチ先輩。魔法使いの検査は、いくつかの項目を行う。大地先輩はいつものように、完璧にすべてをこなす。むしろ、以前よりも力が上がっているのかもしれない。


「ダイチはやっぱりすごいな」


 感心したようにつぶやき、こちらに視線を向けるカイト先輩はやはり意地悪である。

 最後の四番手は私。下校までにはまだ十分に時間がある。今回こそはと、前回の失敗を思い出し深呼吸する。最初の宙に浮かぶことや、火を蝋燭に灯したりということはダイチ先輩に劣るが、以前よりはよくできていた。


「最後は物体移動ですが、大丈夫ですか?」


 先月、消しゴムを移動させたとき、部屋にあった高価な花瓶を割ってしまったのだ。それは修復の魔法ですぐにダイチ先輩に直してもらい大事には至らなかった。……が、今回も同じ消しゴム。今日はハプニングもあったが、気を抜かなければいいこと。

 消しゴムを移動させる。ゆっくりと、でも確実に。自分の手のひらから五メートル離れた校長先生のもとへ。四人とも息をひそめながら、消しゴムを凝視する。ポトリ、校長先生の手のひらに落ちたそれを見て、安心してその場にしゃがみ込んだ。

「成功ですね! 合格です」


 校長先生は自分のことのように喜び、先輩たちも笑っていた。ダイチ先輩は近くまで来るとしゃがみ込み、私の頭をクシャリと撫でた。


「やればできるじゃん」


 先輩の笑顔がさらに私に安心感を与えた。やっぱり無駄に優しい人だ。


「今日のことはチャラにしといてやるよ」


 耳元でささやかれ、思わず背筋が伸びる。先輩は気にせず立ち上がり座っていたソファに戻っていく。私も何事もなかったかのように立ち上がり、校長先生の手にある消しゴムを自分のところまで移動させようとした。

 だが、消しゴムは私の思ってもいない方向へと飛んでいく。それはダイチ先輩の後頭部に直撃した。くるりと踵を返し、ゆっくりと歩いてくる。後ずさりする私は壁に体をぶつけ、逃げ場はない。

 目の前にはダイチ先輩。大変怒っていらっしゃるようで、笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。周りに助けを求めるが、もともと期待していないカイト先輩は「ざまぁ」というように嗤っており助けてくれない。ほかの二人は苦笑して首を横に振った。


「リョウ、お前ってやつは……」



 今月もお説教のようだ。













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