第1章 俺達、街へ行く

第6話 プロな服屋

 昨日はサリナ達の部屋にベッドをもう一つ持ち込んで一緒の部屋で寝た。

 邪な意図があったわけでは無い、本当だ。

 寝顔を見てニヤニヤしたのは事実だがそれ以上は何もしていない。

 急にお父さんを亡くした2人が心配だったからだ。

 暫くの間は悲しさがぶり返す暇がない程度に忙しくなって貰った方がいいかな。

 そんな事を考える。

 そういう意味では明日、街に出ると言ってくれたのは良かったかもしれない。

 

 そんな訳で翌日、俺達は予定通りシデリアの街へ。

 街の入口の木戸には一応衛兵が立っていたけれど、

「フィアンの村から来ました」

と言っただけで簡単に入れた。

 いいのだろうか、こんなに簡単で。

 そう思ったが今回はこの方が助かるので良しとする。


 さて、街に入ったのはいいが何か通行人が全員俺の方をちらちら見ている。

 気になるのだが理由はわかっている。

 何故なら俺は例の水色のコスチュームを着ているのだ。

 別に好きで着ているわけではない。

 サリナとカタリナを連れて飛行移動する為にはこのコスチュームの力が必要だったからだ。

 仕方無いのだがやはり恥ずかしい。

 とりあえずさっさと服を買って宿屋で部屋を取って着替えよう。


「サリナはこの街に来た事はある?」

「何度か。お父さんに連れられて」

 あ、お父さんの事を思い出させてしまった。

 ちょっと反省。

「じゃあ服屋さんは何処にあるか知ってるかな」

「ええ。でも私なんかが使うような服屋さんでいいんですか」

「その方がいいの」

 とりあえず普通の服が欲しいのだ。

 こんな怪しい目立つ服じゃなくて。


「こっちです」

 サリナが案内してくれる。

 商店街の端の方に『アメリア服店』という看板をかかげた店があった。

 店そのものは古く見えるが手入れは行き届いている。

「いらっしゃいませ」

 一見人の良さそうな壮年の婦人が出迎えてくれた。

 俺を見て一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、それでもすぐそんな表情を引っ込めたのは流石だと思う。

 確かに怪しい格好をしているのは事実だけれどさ。


「すみません。私のサイズでこの子達と同じような服はありますか」

「おや、普通の服でいいのかい。その服は魔法素材のように見えるのけれども」

 おっと気づかれたか。

「わかりますか」

「汚れとしわの付き方でね」

 流石服のプロだ。

 ただのおばさんのように見えて油断ならない。


「ごく普通の服がいいんです。この辺に来たばかりであまり目立ちたくないものですから」

「わかりました。それじゃ素材はその子達の服と同じ亜麻と羊毛でいいね」

 そう言っておばさんは奥へ一度引っ込んで、少ししてから服を一式持ってくる。

「これが一番近いかね。それじゃあて布の大きさを測るからこっちに来ておくれ」

 言われた通り立って持ってきた服をあてがって貰う。

 服は前後が出来ていて、サイズによって脇の布地の長さを変えて縫う方式らしい。

 確かにこれなら布地も無駄にならないし短時間で客にあったサイズが作れる。

 デザインがある程度似たようなものになるのは仕方無いけれど。


「どれどれ、細いね。これならあて布が最小限で済むから安くあがるね」

 どうせ胸部分が貧弱ですよ。

 そう勝手に解釈して勝手に落ち込む俺を前に、彼女はささっと紙で計算する。

「値段は上下あわせて正銀貨14枚になるけれど大丈夫かい」

 新品の服ならかなり安い方だ。

 以前の俺が着ていた服は正金貨2枚と正銀貨15枚という記憶が何故かある。

 それに比べると10分の1以下の値段だ。


「お願いします。あと今着ている服が目立たないように、この上にかぶる形で着られる服もお願いしていいですか。素材とデザインはやはり同じような感じで」

「それなら長い袖付きのショールでいいね。ならちょっとまけて併せて小金貨2枚にしておこう。他にこの子達の分はどうかね」

 なかなか商売上手だな。

 少しだけまけたからもっと買えということか。

 まあいいだろう。

 2人の服も確かに欲しいし。


「ならこの2人の服もお願いします。デザインや素材はそう、この街の中規模の商家の子供程度の品質で」

「ならお姉さんのもそうしておくかい」

 また値段が上がった。

 してやられたなと思うがまあいいだろう。

 2人ともこの街にあった程度の服は買っておいた方がいいと思うし。

 だから俺は頷く。


「なら3人分上下、さらにお姉さんの長いショール、どれも色つきウールと亜麻でいいかね。まとめてくれると少しは安くするよ」

「お値段はどれくらいになりますか」

「ちょっとサイズを測るから待っておくれ」

 俺の時と同じようにおばさんは奥から服を2着持ってきて、それぞれサリナとカタリナにあわせる。


「小さい方のお嬢ちゃんはすぐ大きくなるだろうからちょっと大きめに作っておこうかね。そうすれば2年くらいは大丈夫だろう。それじゃ3人分の亜麻の下着に襟付き色ありの羊毛ワンピース、それにお姉さんの羊毛の長いショールをあわせて正金貨1枚と小金貨2枚でどうだい。色はこの中から選べるけれど、今のお勧めは赤色だよ」

 さっと魔法で確認したが別にぼっている訳では無い。

 むしろ良心的な価格のようだ。

 思ったより大きい出費だがまあいいだろう。


「それじゃお願いします。色はお勧めで」

「いいんですか、こんなに高いもの」

 サリナが俺の方を見る。

「大丈夫、お姉ちゃんはこれでもそこそこお金を持っているからね」

「高価な魔法素材の服を普通に着ているところからしてそうだろうね」

 店のおばさんに肯定されてしまった。


「それでどれ位かかりますか」

「本当は1週間6日間と言いたい処だけれどね。急ぎのようだからお姉さんのショールだけはこの場で仕上げるよ。あとは明日でどうだね」

 やるなこのおばさん。

 余分に買わせるところといい早さといい見る目といいやはりプロだ。


「それではお願いします。取り敢えずお代です」

 本当は前金で半額、受け取り時に半額なのだが俺はこのおばさんを気に入った。

 なので即金で正金貨1枚と小金貨2枚をポシェットから出す。

「あれあれいいのかい、全額前金で貰って」

「ここまでプロな方なら問題ないと思いましたから」

「若そうな見た目の癖に言うね」

 うわっ、俺の年齢偽装までバレているのだろうか。

 まったくただ者じゃ無い。

 こんな怖い人がこの街には大勢いるのだろうか。

 だったら油断も隙もない。

 まあ常識的に考えてそんな事は無いと思うけれど。


「それじゃ急いでショールを仕上げようかね。ちょっと待っていてくれ」

 おばさんは店の奥に引っ込む。

 シャーシャーと布を切るような音がした後。

 布地と裁縫箱みたいな籠を持っておばさんが現れた。

「それじゃショールの方、仕上げるからね。ちょいと待っておくれ」

 特に細工もせず一発で針に糸を通し、そのまま高速でシャカシャカ縫いはじめる。

 きっちりと縁をかがって縫っているのに凄いスピードだ。

 加速魔法とかは……使っていないな。

 でもよく見ると肩とか腕とかは細いながらも鍛えられた筋肉が確認出来る。

 これってどう見ても服屋の筋肉じゃ無いよな。

 でも深く追及しない方がいいかもしれない。

 微妙にヤバい予感がする。


「あとお姉さんの方はこの街ははじめてかね。もしそうなら少しくらい案内なり質問に答えるなりサービスするけれど」

「この街の人がみなお姉さんのように怖い人ばかりじゃないですよね」

 好奇心に負けて冗談めかしつつつい聞いてしまう。


「あたしは元々ラツィオにいたんだよ。だから魔法使いも魔法素材も見慣れている訳さ。あとうるさい客が多かったからこうやって服を早く仕上げる方法も考えたし縫うのも鍛えられた訳だ。まあラツィオはちょっと疲れる街だから結局ここに逃げてきたけれどね」

 ラツィオという都市には聞き覚えがある。

 スティヴァレ王国の王都で王侯貴族だの上位魔法使いだのが集う街だ。

 更に言うと過去の俺が多分住んでいた街。

 かすかにそんな記憶がある。

 でもこのおばさん、本当に昔から服屋なのか?

 正直怪しい気がぷんぷんするのだけれども。

 確かに縫う腕は超達人級だけれどさ。


 でもそこで俺は思い直す。

 このおばさんが何者であろうと、もう今の俺には関係無いよなと。

 若返る前の俺がどうとかこのおばさんがどうとか関係無い。

 今の俺はのんびり暮らせればそれでいいのだ。

 強いて言えば出来ればいつかは男に戻りたい。

 どうも今の姿形と性別がいまいちあわないから。

 でもそうなるとサリナとカタリナはどうしようかなとも思う。

 まあ2人とも独り立ちしてから戻ればいいか。

 人生は長いしあの機械には若返り機能もあるからな。

 2人が独り立ちしたらこっそりあの森に戻って若返って男になろう。

 今度はイケメンの青年がいいな。

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