人外の居る日常
ペテロ
Introduction
ドラゴン?エルフ?悪魔?
───そんなものはただの空想で妄想だ。馬鹿馬鹿しい。
かつての人類史において存在したこともない、そして誕生することもないであろう想像の産物。科学が発展する以前の無知で臆病な人間が、時に憧れ、時に恐れ、時に責任転嫁するために創りだされた概念。
そんな都合の良い『モノ』がいるわけないと、どこか諦めながらも人間は彼らの安穏な日々を送っていた。
二〇二五年、そんな常識は『扉』の出現と共に崩れ去った。
いつものように人々が犇めき合う渋谷スクランブル交差点。突如としてその上空に、空間が歪むように一つの穴がぽっかりと開いた。ふと上空を見上げた歩行者があっと声をあげると同時に、ずるり、と黒い何かが現れ何人かを巻き込んで落下した。
地面に伏せたまま動かなくなったそれはすぐに駆けつけた警察によって、極力その姿を隠そうとしながら保護、輸送されていった。
その場に居合わせたある青年はこう語った。
運ばれるときは布で覆われていたが、その体から何か尻尾のようなものが揺らめいていた、と───。
その日のうちに調査と安全確認のためと銘打って、渋谷全域は政府の命令によって厳重封鎖されることになった。その期間は三週間にも及び、その間様々な著名人、学者やオカルト好きな一般人などによる推論が飛び交った。
異星人の来訪か?映画の撮影か?悪質な悪戯か?某国の新兵器なのではないか?
平凡な日常に波紋を起こした不思議な現象の解明に全世界までもが目を向けていた。
穴の出現から三週間後、首相が緊急会見を開いた。
カメラの向こうにはしきりに汗を拭う首相と共に、真黒なローブを身に纏いフードを目深に被った誰かが椅子に腰かけていた。
ついに明かされる真実に胸を膨らませながら会見を見ていた人々は謎の人物の登場に戸惑いと期待に包まれる。それを見越してか首相は、今から話すことはすべて真実です、と前置きしてから、
「先日渋谷上空に発生した穴、あれは私たちの住む地球、そして銀河系とも異なる遠い世界に繋がるものだということが分かりました。そしてそこには私たちとは全く異なる生態系、環境、そして文化が形成されていることも分かりました。そして、こちらの方は」
そう言って首相が隣に座る人物に目を向けると、その人物はおもむろに立ち上がり、身を包むローブを脱いだ。
布の下から現れたのは人間離れしたほど見目麗しい少女だった。放送コードに引っかかる最小限の部分のみを隠したいやに扇情的な服を着ているが、誰もの目を引いたのはそこではない。
額に何かが刺さっていた。いや、刺さっているのではない。光に照らされ純白に輝くのは額から伸びる一本の角だった。
それだけではない。背後には鱗に覆われた爬虫類じみた太い尻尾が揺らめいていた。更によく見ると肌のように見えていたものは実際には肌ではなく小さな白い鱗だった。
彼女は大衆の目に晒されているのを知ってか知らでか、自らの身体を恥じる様子もなく凛と仁王立ちしていた。
誰もが目を疑った。その姿はまるでゲームの中のキャラクターか、そうでなければ伝説の中に出てくるドラゴンと類似する特徴を持っていたからだ。
「彼女は穴の向こうから訪れた”ドラゴニュート”という種族の一員───つまりは異世界人です。私たちは彼女を通して向こうの世界との交流をはかり、そして”ドラゴニュート族”と国交を結ぶことに成功しました。そう、私たちの世界は新たなるステージに到達しました。私はこれからも両世界の良好な関係作りに邁進していく所存であります」
会見は以上です、と言い残して首相は汗でぐしょぐしょになったハンカチをしまいつつ退出した。少女は着ていたローブを再び身に纏い、何も言うことなく首相の後を追っていった。
そんな衝撃のカミングアウトから早十年。様々な困難や問題に直面しながらも、共通言語の開発をはじめとして現行の政権による多岐にわたる努力により両世界の関係は急速に発展してゆき、新たな種族との邂逅、ついには気軽にお互いの世界を行き来できるようになったのだ。
始めは好奇や差別の目で見られていた異世界人もありふれてしまえばそんなこともなくなり、日常の一部として溶け込むようになっていった。隣人、同僚、級友に教師、あらゆるところに異世界人が生活している世界。彼らと共に笑い、泣き、感動を分かち合う世界。
そんな世界の片隅の、平和で暖かな日常の一ページの話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます